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原油需給は危機を脱した ~IEA中期展望より~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

2000年代中盤から後半にかけての原油市場では、中国を筆頭に拡大する需要に、いかにして対応すべきかというのが最大の関心事となっていた。エネルギー効率の低い新興国経済が花開く中、世界の石油需要は加速度的に拡大を続け、産油国が対応し続けることが可能なのか不確実性が高まったためである。

こうした議論がクライマックスを迎えたのが2008年であり、当時のWTI原油先物相場は1バレル=114.83ドルという今なお破られていない過去最高値を達成している。インフレ率などを考慮した実質ベースではオイル・ショック時の方が高値だったとの指摘もあるが、2000年代前半には30ドルを超えた世界経済は対応できないといった指摘が一般的だったことを考慮すれば、ある意味では「静かなオイル・ショック」が発生したと言えるのかもしれない。

08年のリーマン・ショック直後には一時33.55ドルまでの急落も見られたが、11年以降は75~115ドルをコアレンジとした高値圏に早くも回帰しており、依然として原油価格は歴史的な高値圏を推移している。

しかし、国際エネルギー機関(IEA)が5月14日に発表した「中期石油市場報告(Medium-Term Oil Market)」では、少なくとも今後5年間というタイムスパンに限定すれば、原油需給が極度の逼迫状態に陥るリスクはほぼ解消されたようだとの見方が示されている。著名投資家ジム・ロジャーズ氏は、2004年に『Hot Commodities(邦訳:商品の時代)』において「Goodbbye,Cheap Oil(安い原油よ、さようなら)」との見方を示していたが、今回のIEA報告は逆に「Goodbbye,Expensive Oil(高い原油よ、さようなら)」と言えるのかもしれない。

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■2000年代に原油価格急騰で苦しんだ恩恵

IEAのロジックであるが、今後5年間の世界石油需要の増加分は、楽観的な景気見通しを前提にしても、北米のシェールオイルやサンドオイルなどのいわゆる非在来系のタイトオイル増産によって、吸収できるというものだ。

IEAは「供給ショック(supply shock)」という言葉を使っているが、非石油輸出国機構(OPEC)の産油量見通しは12年の日量5,966万バレルに対して、18年には6,630万バレルまで、実に664万バレル(11.1%)もの増加見通しになっている。

しかも、これは主に北米で展開している非伝統的油脈を使った原油増産効果を反映したものであり、仮にロシアや中国などでも米国のシェール技術活用が進めば、非OPECの産油量は更に増加する可能性もある。現在の需要増加見通しは、依然として保守的に過ぎる慎重な見方である可能性も想定しておくべきだろう。

一方、世界石油需要は12年の日量8,978万バレルに対して、18年時点では9,668万バレルが見込まれている。これは当該期間に690万バレルの需要増が想定されていることを意味し、概ね非OPECの増産圧力と拮抗することが予測されている。

今回のIEAの予測では、18年時点の世界経済成長率を前年比+4.44%に設定するなど、比較的楽観的な見通しになっている。しかし、それでも国際原油需給の逼迫リスクは限定されているということが重要である。

過去の経験則に基づけば、仮に新興国の経済成長が加速したとしても、エネルギー効率改善から経済成長率と比較して石油需要の拡大率は低下する可能性が高く、ようやく世界は石油需要の拡大分を吸収できるステージを迎えつつある。

IEAのファンデルフェーフェン事務局長は、「北米の供給ショックが…何年にもわたって比較的逼迫していた市場の緩和に役立っている」との指摘を行っているが、2000年代の原油価格高騰が促した供給増加圧力がここにきて漸く果実を結び始めていると評価したい。2000年代の原油価格高騰は投機的との批判も強かったが、その当時の原油高がなければサンドオイルやシェールオイルの開発は現在のように拡大していなかっただろう。そう考えると、世界は早めに原油高を経験することで、2010年代の危機を回避できたということもできる。原油価格高騰が発した供給不安のシグナルは、やはり正しかったのだろう。

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■OPECはチャレンジの時代を迎える

一方、世界最大の石油カルテルである石油輸出国機構(OPEC)の動向が注目されるが、IEAによるOPEC産原油に対する推定需要は、12年の日量3,012万バレルに対して、18年は3,037万バレルとほぼ横ばい状態が見込まれている。すなわち、世界はOPECの大規模増産なくしても安定した原油需給環境を確保できるステージを迎えたとの見通しになる。IEAは、OPECの産油量が今後5年は現行水準に留まるとの見通しを示しているが、むしろ大規模増産は必要ないと言えるのかもしれない。

OPECの産油能力は、12年の日量3,500万バレルに対して、16年には3,675万バレルまで175万バレルの増強に留まると想定されている。北アフリカやサブサハラ(サハラ砂漠以南)の政治・社会的な変革圧力に直面する中、産油能力の大幅な増強は難しいとの見方である。

ただ、これは仮にOPECが大規模増産に踏み切れば、国際原油需給は一気に緩和状態に向かう可能性があるということである。昨年第4四半期以降は、サウジアラビアが生産調整国(Swing Producer)としての役割を果たす形で大規模な減産に踏み切ったことが、北米の「供給ショック」の吸収に寄与した。その意味では、引き続きOPECの生産動向は原油価格決定において極めて重要な意味を持つことになると考えている。

IEAは消費国サイドの団体のため、今後5年の需要増加に対応できるとの見通しに歓迎ムードを示している。しかし、OPECにとっては競合相手となるシェールオイルやサンドオイルなど非在来系原油の増産基調を壊さないために、増産見送りで原油価格の高値安定を促す必要のある、厳しい時代を迎えることになる。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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