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エアロパーツの真の実力が明らかになる? クルマの空力性能を丸裸にする風洞試験を取材

高根英幸自動車ジャーナリスト
コンパクト風洞試験システムで空力性能を測定する模様。筆者撮影

エアロパーツはクルマのカスタムアイテムとして今やディーラーでも取り扱うほど定番のアイテムと化している。クルマのスタイリングをスポーティに整え、スピード感を高めて、なおかつ車体の安定感を高めてくれるから幅広いオーナーに人気なのだ。

しかし、本当のエアロパーツとはなんだろう。前述のようにスタイリングを改善しつつ、ボディの空力特性を改善するようなエアロパーツなら歓迎だが、実際にはデザインだけの製品であってノーマルの空力性能を低下させてしまう商品も珍しくない。

それはそれでユーザーが満足しているなら問題はないとも言えるが、やはり効果を期待しているユーザーがいる以上、本物のエアロパーツも存在する。

埼玉県和光市にあるガレージ・ベリーは、老舗のエアロパーツメーカーの一つ。国産エアロブランドの生産受託を広く手がけてきたが、20年ほど前から徐々にオリジナルブランドの生産比率を高めている。

とりわけマツダ・ロードスター用のアイテムには力を入れており、ワンメイクレースでも利用されるほど、品質と性能には定評がある。

「昔はボディに糸を貼り付けて、高速道路を走って効果を確認したりもしてましたよ。でも最近は風洞試験施設も利用しています」と語る中根社長。なんとエアロパーツの開発に風洞試験を行っているというのだ。

今回はフロントバンパー形状の違いによる空力性能の変化とGTウイングの効果を検証するために風洞試験にマツダ・ロードスターを持ち込むというので、同行して取材させてもらった。

民間企業が利用できる実車風洞試験

設備が静岡県沼津市にオープン

日本で唯一、民間企業が利用できる風洞試験設備が、静岡県沼津市にある日本風洞試験の富士エアロパフォーマンスセンターだ。昨年開設されたばかりのここには、独自に開発されたコンパクト風洞試験システムが設置されており、民間企業や個人が利用することができる。

クルマ好きが風洞試験施設と言われてイメージするのは回流型と呼ばれるタイプの風洞で、ぐるりとトンネル状の流路が回されている大掛かりなものだろう。これは流速を上げるには効率がいいのだが、なにせ大掛かりすぎて場所も費用もとてつもない。自動車メーカーやF1GPのコンストラクターたちが構える実車用の風洞試験施設は100億円単位の予算が必要だ。

その点、富士エアロパフォーマンスセンターのコンパクト風洞試験システムは時間単位で利用できるため、様々な自動車産業が利用しているそうだ。

車体の前にある四角い機械がコンパクト風洞。車体の下には風洞天秤が備わり、風を受けて車体に発生する力を天秤が検知して空気抵抗などを算出する。筆者撮影
車体の前にある四角い機械がコンパクト風洞。車体の下には風洞天秤が備わり、風を受けて車体に発生する力を天秤が検知して空気抵抗などを算出する。筆者撮影

仕組みとしては、前方の電動ファンをいくつも組み合わせた風洞がクルマに当てる風を作り、台上のクルマが風を受けることで発生する力が空気抵抗やダウンフォースとなる。

そうしたXYZ軸(前後左右上下)に発生する力をそれぞれのタイヤの下に置かれた天秤に組み込まれているロードセルで計測することにより、空気抵抗とダウンフォースを計測し、車体の空力特性を判断することができるといった具合だ。

周囲を覆っていない簡易型のため、本格的な風洞施設と比べると3%程度の誤差があるようだが、同一条件での差分を知るには十分過ぎる性能と言える。

ちなみに日本だけでも風洞試験設備を提供する企業は12社ほど存在する。しかしほとんどは建築模型など自動車産業以外の用途で用いられるものらしい。

風洞試験は前準備と何度もの計測で、

予想以上に手間と時間が費やされる

風洞試験を行うには、まず前準備が必要だ。試験を実施する車両のボディ表面に付着しているホコリやチリを取り除き、車両を風洞施設に搬入する。

最初にノーマルバンパーの状態で測定を行い、その値を基準値として、変更したパーツの影響を空気抵抗と揚力の変化量として判断するのだ。こうすることでCd値の算出に必要な前面投影面積などの詳細な車両データを必要とせず、交換したパーツの空力的な性能を評価することができるのである。

次にフロントバンパーのボトムにスポイラーを装着した。両サイドに空気を跳ね上げる効果を狙ったカナードと呼ばれるフィンが装備されたグライドスポイラーだ。

ノーマルバンパーに追加されたスポイラー。グライドリップスポイラーは両脇のカナードがスピード感を高める人気のデザインだが、空力面でも効果が高いことが証明された。筆者撮影
ノーマルバンパーに追加されたスポイラー。グライドリップスポイラーは両脇のカナードがスピード感を高める人気のデザインだが、空力面でも効果が高いことが証明された。筆者撮影

通常のリップスポイラーはボディの底部を流れる空気を減らし、空気抵抗の増加を抑えながらダウンフォースを高めるものだが、カナードを追加することでより積極的にダウンフォースを高めることを狙っている。このグライドスポイラーはロードスター以外にも様々な車種で展開しており、ガレージ・ベリーの人気商品なのだとか。

3度の計測を経て、ノーマルバンパーとの違いが明らかになった。その結果、前輪軸に発生するダウンフォースは大幅に増えており、その影響で後輪軸のダウンフォースは減少していた。

しかしクルマを押さえつけるダウンフォースが高まれば空気抵抗も増えるのが一般的だが、これだけダウンフォースが増えているのに空気抵抗も軽減されていた。これはリップスポイラーとしての形状がよほど優れているということになる。

リップスポイラーはボディ底部を流れる空気を減らし、整流効果も高まると揚力(ボディを持ち上げようとする力=ダウンフォースとは逆のリフトフォース)が減り、ダウンフォースが高まることにつながる。見せかけだけのリップスポイラーもあるが、これは非常に効果があることが証明された。

続いてフロントバンパーを取り外し、ガレージ・ベリーのFCRフロントバンパーを装着する。これは富士スピードウェイで開催されている「富士チャンピオンレース」の1カテゴリーであるマツダ・ロードスターのワンメイクレースで使用可能なバンパースポイラーだ。

特徴は鋭い形状に改められた全体のフォルムと大型化されたアンダーグリル、ブーメラン状の大きなカナードスポイラーを装備していること。カナードの大きさにより2種類の形状を用意しているそうだ。

FCRフロントバンパーは、大きなフロントグリルとカナード、突き出したリップが特徴の戦闘的な印象を与えるエアロ。今回の測定ではグリルカバーとの併用が理想的だと確認できた。筆者撮影
FCRフロントバンパーは、大きなフロントグリルとカナード、突き出したリップが特徴の戦闘的な印象を与えるエアロ。今回の測定ではグリルカバーとの併用が理想的だと確認できた。筆者撮影

ダウンフォースと空気抵抗をバランスさせ、より速く走ることを目指したエアロパーツで、実際に使用しているチームからは、コーナーでの安定感と直線スピードの伸びが報告されている。

まずはカナードが小さいタイプを装着し、計測する。するとノーマルバンパーにグライドリップを装着した状態よりもダウンフォースは減少し、空気抵抗は増えてしまった。これはアンダーグリルの開口が大きく、そこから入った空気がボディ底部に流れクルマを持ち上げてしまっていると思われる。

カナードが大きなタイプに交換しても、その傾向は同じだった。わずかにダウンフォースが増えただけで、空気抵抗は同じ。しかもフロントのダウンフォースはわずかに減少し、リアのダウンフォースが高まっている。カナードによるボルテックスジェネレーター(縦渦発生器)の効果がリアにも影響しているのだろうか。

こちらはカナードがより大きなタイプのFCRフロントバンパー。グリルの3分の2を覆うグリルカバーを装着した状態。これで空気抵抗は減り、ダウンフォースも得られる状態になった。筆者撮影
こちらはカナードがより大きなタイプのFCRフロントバンパー。グリルの3分の2を覆うグリルカバーを装着した状態。これで空気抵抗は減り、ダウンフォースも得られる状態になった。筆者撮影

そこでグリル開口部を上3分2ほど覆うグリルカバーを装着してみる。すると格段に空気抵抗は減り、ダウンフォースが高まった。目的に応じて装着されるグリルカバーが、空気抵抗の軽減に役立つことを証明した格好だ。

そしてリアにGTウイングを装着。途端にダウンフォース、それも後輪軸に発生するダウンフォースが大幅に増加し、前輪軸のダウンフォースが若干減少した。これによって、前後のタイヤが路面に押しつけられる力がバランスされ、走行中の安定感やタイヤのグリップ力は増大するはずだ。

リアにGTウイングを装着。すると当然ながらリアのダウンフォースは高まり、相対的にフロントのダウンフォースは弱まった。4輪全体が路面に押しつけられている状態だ。筆者撮影
リアにGTウイングを装着。すると当然ながらリアのダウンフォースは高まり、相対的にフロントのダウンフォースは弱まった。4輪全体が路面に押しつけられている状態だ。筆者撮影

しかも空気抵抗は、ダウンフォースが増えている割に増加していない。ウイングの形状や角度が絶妙なのだろう。これはエンジンパワーがそれほど大きくないNDロードスターにとって、非常に都合の良い情報だ。

こうした車両の空力性能がしっかりと得られると、パーツの開発だけでなくマシンのセッティングにも役立つことになる。

これだけ精密にデータを追求しているから、数字は誤魔化せない。今回の風洞試験でも、想像していたより数値が良かった悪かったという仕様はある。それでも、それを知ることにより次回に活かせることが、風洞試験を実施した意義があるのだ。

より詳しい風洞試験の結果とレポートはこちら。

自動車ジャーナリスト

日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。芝浦工業大学機械工学部卒。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、様々なクルマの試乗、レース参戦を経験。現在は自動車情報サイトEFFECT(https://www.effectcars.com)を主宰するほか、ベストカー、クラシックミニマガジンのほか、ベストカーWeb、ITmediaビジネスオンラインなどに寄稿中。最新著作は「きちんと知りたい!電気自動車用パワーユニットの必須知識」。

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