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欧州新聞社の生き残り策 ―ネット広告会社の買収に活路 (下)

小林恭子ジャーナリスト
ノルウェーのシブステッド社のウェブサイト

今回はノルウェーとオーストリアのメディア企業の取り組みを紹介する。

ノルウェーの新聞業界とシブステッド社

ノルウェーは人口約480万人を擁し、220-230の新聞が発行されている。

メディア企業が会員となるノルウェー・メディアビジネス協会によると、人口の81%が新聞を読み、49%がオンラインで閲覧している。62%が一紙以上の有料購読者だ。ドイツ同様、幅広い層が新聞を購読している国と言える。

新聞の総発行部数は220万部ほどで、12年は前年比3・8%の減少となった。

最大の部数を誇るのがアフテンポステン(朝刊紙、約22万部)、これにビージー(VG=Verdes Gang=ヴェルデス・ガング、約18万部)、アフテン(アフテンポステンの夕刊版、約9万6000部)、ダーグブラデット紙(約8万8000部)が続く。

メディア大手シブステッド社は1839年、クリスチャン・マイケル・シブステッド氏が立ち上げた。1860年に創刊したクリスチーナ・アドレッセブラード紙が、現在のアフテンポステン紙になる。複合メディア企業として7800人の従業員を抱え、29カ国で事業を展開している。

シブステッド社のCEO、ロルフ・エリク・リスダール氏は12年版年次報告書に、「デジタルへの転換」と題した文章を寄せた。

このなかで3つの目標を掲げ、「世界的なデジタルメディア企業になる」、「競争力とイノベーションを実行する」に加え、「クラシファイド広告に大きな重点を置く」と記している。クラシファイド広告戦略は市場制覇を最重視し、参画する市場の数を増やし、あくまでナンバーワンの位置を確保してこそ、意義があると強調する。

戦略の柱となるのがメディアコンテンツの出版(電子版を含む)とオンラインのクラシファイド広告サービスだ。

シブステッド社はノルウェー国内の新聞・出版、ウェブサイト運営のほか、複数の新聞、通信社、オンラインの金融サイトなどを所有・運営する。

スウェーデンでは大手紙アフトンブラーデットやスベンスカ・ダーグブラデットを発行している。また、ノルディック地方最大のテレビ・映画会社メトロノーム社も所有する。「20分で読める」無料紙をフランスでは「20 ミニュット」、スペインでは「20ミヌトス」などの現地に適応した言語で発行する20ミン・ホールディング・エージー社も傘下に置いている。

オンライン・クラシファイド広告分野は8つのサイトを運営中で、そのほか14のサイトについては該当市場で首位になるべく先行投資を続けている。

8つのサイトとは、(1)フィン・ノー(ノルウェー)(2)ブロケット・セとビトビル・セ(両者ともにスウェーデン) (3)ルボノコワン・エフアール(フランス)(4)はアヌンティス(スペイン)(5) インフォジョブズ・ネット(スペイン)(6)ダンディル・アイイー(アイルランド)(7)スビト・アイティー(イタリア)(8)ウィルハーベン・エーティー(オーストリア)。

そのうちのいくつかを詳しく見ると、

(1)のフィン・ノーはノルウェーで首位のクラシファイド広告サイトで、車、不動産、求人などを扱う。携帯電話の利用が増え(利用者の30%を占める)、自動車部門の収入が前年比14%増、不動産部門は12%上昇した。

(2)のブロケット・セはスウェーデンで最大規模のクラシファイド広告サイト。ビトビル・セは同じくスウェーデンのサイトで、車専用のクラシファイドサイトとして知られる。両者を合わせた収入は前年比12%増。

(3)のルボノコワン・エフアールは、日に50万の案件が掲載されるフランスの著名サイト。前年比で収入は52%増加した。06年にスタートしたサイトで、当初シブステッド社は50%の株を所有、10年に全株を取得した。

(4)以降は、市場でトップになるべく成長中のサイトだ。スペインのアヌンティスは複数の専門サイトの総合サイトとなっているが、2%の伸びにとどまった。26%と高率の失業率に悩むスペインで、インフォジョブズ・ネットも苦戦し、収入は12%減少した。

本格運営に向けて投資段階にあるサイトは、欧州各国(ベルギー、ポルトガル、ハンガリー、ルーマニア、フィンランド、スイス、イタリア)、アジア(フィリピン、インドネシア、マレーシア)、ラテンアメリカ(ブラジル、チリ)、アフリカ(モロッコ)に広がっている。

12年のシブステッド社の営業収入を見ると、前年に比べ増加しているのはオンラインのクラシファイド広告だけ。クラシファイド広告の営業収入は全体の四分の一を超えるまでに成長しており、同分野に力を入れる戦略もうなずける。

オーストリアのラス・メディアも独社を買収

独アクセル・シュプリンガー社やノルウェーのシブステッド社のように、国境を越えてクラシファイド広告サイトを買収する動きは、他の欧州メディア企業にも広がっている。

オーストリア最西部フォアアールベルク地方にある複合メディア企業ラス・メディアは、約1500人の従業員を抱え,2つの日刊地方紙フォアアールベルク・ナヒリヒテン(Vorarlberger Nachrichten 、通称VN、発行部数約7万2000部)、ノイエ・フォアアールベルク・ツァイトゥング(約2万5000部)を発行する。

フォアアールベルクはスイス、ドイツと隣接し約37万人の住人がいるが、この地方のウィーンから西に700キロに位置するシュバルツァッハに本拠を置く。主力はVN紙で、フォアアールベルク州の新聞市場の57%を占め,読者のほとんどが定期購読者だ。

2紙のほか週刊誌、ネットサイト、ラジオ局、ブロードバンドのインターネット・プロバイダー・サービス、携帯電話サービス「テルコ」(Telco)、地上電話通信サービス、ワイファイネットワーク、デジタル広告ネットワーク、保険契約、印刷工場を提供・運営する。ウィーンとザルツバーグに支店を置く。さまざまなメディアを保有しているため、フォアアールベルクの住民のほとんどが、同社のいずれかのサービスに接している。

1945年の創刊以来、ラス家が経営を担当し、現在のユージン・ラス社長も同様だ。オーストリアをはじめ、ドイツ、ハンガリー、ルーマニアでも新聞を発行したり、ポータルサイトを運営しており、従業員の3分の1はデジタル部門で働いている。

デジタル時代を生き抜くため、05年にドイツのクラシファイド広告会社大手クオーカ社を買収し、07年にVMデジタル社を設立した。

クオーカ社はドイツで18の週刊新聞を手がけ、月約60万部を発行する。そのウェブサイトはドイツのクラシファイド広告サイトの最大手とされる。サイト上に掲載される自動車、不動産、美容グッズなど多種多様な広告は500万件を超える。

VMデジタル社は、クラシファイド広告、モバイル、電子商取引の領域にあるオンラインメディア企業への投資や買収に特化する目的で設立された子会社。既に10以上のポータルサイトを手中にしている。

今年6月上旬、タイ・バンコクで開催された世界新聞・ニュース発行者協会による世界新聞大会で、筆者はパネリストの一人として参加していたユージン・ラス社長と話す機会があった。

ラス社長はスマートフォンを指さして、「この存在で、クラシファイド広告の将来像が大きくと変わった」と語った。「若者はわざわざコンピューターを開けて、モノを売買しない。携帯電話でさっと決済を済ませてしまう。ここに未来がある」

「収入源として、クラシファイド広告を非常に重視している」と述べ、今後は利用者の好みにあったクラシファイド広告サイトが増え、合わせて大手企業に買収されるケースが増えるだろうと予測する。

鍵を握るのは「いかに他にはない特徴を出せるか」。その具体例として、ラス・メディアはペット売買専用のウェブサイトをハンガリーで立ち上げ、重機械のクラシファイド広告を専門に扱うサイトをドイツでスタートさせたという。

「紙の新聞業はオーストリアで十分収益を上げられるビジネスだが、これからはデジタル。しかも携帯機器を利用したアクセスの比重が増える」と見て、積極的なデジタル戦略を展開している。

(ラスメディアについては読売オンラインの拙稿もご参考に。)

終わりに

米英のメディア動向を追っていると、「記事にどうやって課金するか」に議論が集中しがちだ。

しかし、欧州大陸のメディア企業は新聞発行で蓄積したブランドと資金力を武器に、消費者同士がネット上で物品やサービスを売買するビジネスオンラインのクラシファイド広告に果敢に進出している。

自分たちが発行する新聞にどのように広告を集めてくるかに頭を悩ませるよりも、利用者もそして広告主も「新聞メディア」という仲介を必要としない未来を察知して、ネット上の売買のためのプラットフォームを提供している。

新聞を広げて求人広告をながめる習慣は今後、廃れていくかもしれないが、生活にかかわる情報の交換、売買はこれからも続く。ネットの普及で、売り手と買い手が直接、物を売買する行為はさらに盛んになるかもしれない。

欧州メディアの試みは、これからの新聞と広告との関係を考えるうえで大いなる刺激となりそうだ。(終)

***

「日経広告研究所報270号(2013年8月号)」に掲載された筆者記事に若干補足した。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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