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10代女子アスリートの「軽量化戦略」はこんなに危ない !~五輪メダリストの指導者が語る弊害と対策

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 何より体が資本のはずのアスリートたち。ところが、勝利のための努力が災いし、心身をむしばまれる選手がいる。摂食障害になったり、骨折しやすい体になって、思うような活躍をできないまま早い引退を余儀なくされたり、その後の人生にも影響を及ぼすケースも。女子マラソン元日本代表選が、摂食障害に起因する万引きで逮捕された事件は記憶に新しい。摂食障害の啓発と支援活動を世界同時に行う『世界摂食障害アクションデー』の6月2日、「アスリートの摂食障害を考える」をテーマにした催しが、東京・六本木で行われた。

 基調講演を行ったのは、スポーツ科学が専門の山内武・大阪学院大教授。山内教授は、シドニー五輪で金メダルを獲得した女子マラソン高橋尚子選手が大学時代に、その才能を見出して育てたことでも知られる。山内教授は、主に女子長距離走の問題を取り上げ、「陸上競技を行っている中学生、高校生の中には摂食障害の可能性がある女子選手が、潜在的に数多く存在し、そのリスクは高まっている。それには、構造的な原因がある」と指摘した。

「軽量化戦略」はなぜ行われるのか

山内教授の講演
山内教授の講演

 山内教授によれば、リスクが高まっている背景には、高校女子長距離走のレベルアップと高校駅伝の過熱化がある。

 高校女子3000mのタイムは、近年、飛躍的に伸びている。その中で勝ち抜くために重要なのは、有酸素性パワー(持久力)とランニングの効率。とりわけ有酸素性パワーの影響は大きい。その指標となるのが最大酸素摂取量(VO2max)と呼ばれる、1分間に体重1kgあたり取り込むことができる酸素の量(ml/min/kg)だ。取り込む酸素量は、トレーニングによって伸ばすことができるが、ある程度までいくと、頭打ちとなる。さらに、最大酸素摂取量を増やすため、走り込みによって体重を減少させることになる。

「排気量が大きなトラックより、スポーツカーの方が速く走れるのは車体重量を極限まで切り詰めて軽いから、というのと同じ理屈です」と山内教授。

 同じ量の酸素を取り込んでも、体重が減れば最大酸素摂取量は劇的に高まる。たとえば、1分あたり3000mlの酸素を取り込める体重50kgのランナーの最大酸素摂取量は60ml/min/kg。これは、インターハイに出られるかどうか、という選手のレベルだという。それが5kg減量して45kgになると、最大酸素摂取量は66.6ml/min/kgに向上する。これは、国内でかなり活躍できるレベル。もう5kg減量して40kgになった場合、最大酸素摂取量は75.0ml/min/kgとなり、世界の一流選手レベルにまでなり、大幅な記録の向上が期待できる。

 しかし、走り込みだけでは体重の減少にも限界がある。そのため、食事管理を徹底して、体脂肪が少ない体を作る「軽量化戦略」がとられる。

「それがパフォーマンス向上のために、もっとも即効性があるからです。実際に、上位のランナーのほとんどは、体脂肪の少ない引き締まった体つきで、下位にはふっくらした体つきの選手が目立ちます。高校駅伝の上位校は、トップを狙うためにぎりぎりまで体を絞り込んでいく指導をすることになる。ただ、それが後に問題を生む背景になっています」

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人生にも大きな悪影響が…

 後に発生する大きな問題は2つある。

 1つは、思春期以降に伸び悩み、けがが多く、早い引退に追い込まれる選手が多い

 もう1つが、摂食障害によって心身に大きなダメージを受け、長く苦しむリスクが大きいことだ。

 この2つは連関している。走り込みと食事制限や摂食障害によって体のエネルギーが不足する状態が続くと、運動性無月経を引き起こしやすい。そうなると、卵巣から分泌されるエストロゲン(女性ホルモン)が低下する。女性の場合、エストロゲンは骨の再生に関わっているため、低エストロゲン状態は骨の形成に悪影響を及ぼす。

 通常は、20歳頃に最大骨量に達し、その状態が閉経まで続き、その後エストロゲンの減少によって骨密度が急激に下がって、骨粗鬆症のリスクが上がる。ところが、10代に運動性無月経となると、骨量が十分に増えない。それで激しいトレーニングをすると疲労骨折を起こしやすい。疲労骨折をくり返したり、骨折しにくいはずの恥骨を疲労骨折したりするなど、若くして骨粗鬆症に近い状態になっている選手もいる、という。

「今のマラソン選手は、中高生の頃からの軽量化戦略で、骨がボロボロになっている人もいて、早い引退に追い込まれるランナーも少なくありません」

 20歳を過ぎて運動をやめても、それから骨量が増えるわけではないので、思春期の低エストロゲンは、その人の一生に影響を及ぼすことになる。

講演する山内教授
講演する山内教授

 山内教授が指導した女子長距離ランナーの中に、高校時代には国体にも出場した高いレベルの選手がいた。しかし、大学入学当初から体調が悪く、十分にトレーニングができない状態で、体も極端に細かった。本人との面談の結果、運動性無月経であることが分かり、拒食症も疑われたことから、産婦人科医による治療と心理的なカウンセリングを受けさせた。

「残念ながら、このランナーは競技への復帰はできませんでした。でも、治療を優先したことは、彼女のその後の人生にとっては、よかったと思う」

高橋選手が頂点を極めることができたのは…

 それとは逆の例が高橋尚子選手だった。高校時代には800mの選手で、減量もしていなかった。当時は、高校駅伝も今のように競争が過熱していなかった。大学時代の体脂肪率は12.5~14.5%。一流の女子長距離ランナーの多くが10%以下であるのに比べると、かなり余裕がある状態だ。

「高橋選手は、20歳前後まで無理なく体を成熟させたはず。そして、20代中盤で世界レベルのランナーとなり、20代後半で世界の頂点に立った。世界のトップレベルに達するには、本格的なトレーニングを初めてから10年程度はかかる。世界レベルの長距離ランナーの多くは、20代中盤以降に本格的な活躍をしている。高橋選手が頂点を極めることができたのは、選手寿命が長続きしたからです」

 長距離の場合、10代にピークを迎えてしまう選手は、世界ではなかなか勝負できない。山内教授は、近年の女子マラソン低迷の一因には、高校時代の軽量化戦略の弊害があるのではないか、と指摘する。

 20歳を過ぎた後の選手でも、軽量化戦略は重大な影響を与えかねない。中には、1日3回体重を測定するなど、体重管理を徹底する指導者もいて、選手を精神的に追い込む。そうしたストレスに加え、減量すると記録が出るなどの結果が伴うことから、拒食や食べては吐くことをくり返す摂食障害になるリスクが高いからだ。

 世界陸上で入賞し、大阪女子マラソンなどで優勝した元日本代表の原裕美子さんも、万引きで逮捕された後、摂食障害だったことを明かし、「吐くと体重が減って、調子がよく、いい成績が出た。それから(嘔吐を)やめるのが怖くて……やめられなくなった」と語っている。摂食障害の治療には時間もかかる。原さんも、その間にまた逮捕されて、今、再び裁判を受けている。

「彼女は、(そういう指導による)被害者でもあると思います」と山内さん。

どうすればよいのか

アスリートと摂食障害の問題について様々な人が最新の知見を発表した世界アクションデー
アスリートと摂食障害の問題について様々な人が最新の知見を発表した世界アクションデー

 こうした事態を防ぐために、山内さんは主に2つの提案をする。

 第1に、20歳以前の女子選手には、過度に体重・体脂肪を落とす「軽量化戦略」は避けて、しっかり骨の貯金をすること。

「女性のスタッフを活用して、運動性無月経が起きていないかをちゃんと調べることが必要。無月経の場合は、トレーニングより、まずは治療を優先すべきです」

 第2に、20歳以降の選手も、「軽量化戦略」も用いる時期を一時的かつ短期的に限定し、重要なレースの後は、明確にトレーニングを中断し、しっかり食べて体を戻す、ピリオダイゼーション(期分け)を行う

「重要なレースの前には、軽量化戦略をとらざるをえません。しかし、その後オフをしっかり取って体重・体脂肪を元に戻せば、運動性無月経を避けたり、回復したりすることができます。かつての高橋選手も、狙ったレースの後は、しっかり食べて体もふっくらさせていました」

まずは周囲の大人たちがリスクをよく知るべき

 

講演する百枝幹雄医師
講演する百枝幹雄医師

この日の催しでは、山内教授の基調講演のあと、様々な専門家が自身の立場から発表を行った。その1人、産婦人科医で女性アスリート健康支援委員会理事の百枝幹雄氏は、「無月経の治療は、ホルモン療法で無理やり月経を起こさせることではなく、食事量を増やすか運動量を減らしてエネルギー不足の改善を行うことが大事」と強調した。

 中高年の女性にはエストロゲンを投与すれば骨粗鬆症を防止できることは分かっているが、思春期の女性にエストロゲン投与で骨量が増加するかどうかはエビデンスがない。

「あくまでも体重を増やすのが第一選択。中高年に使う骨を強化する薬も、若年女性には安全性が確立されていなかったり、ドーピングに引っかかったりするので使えません。大事なのは、ジュニア期間の(摂食障害や運動性無月経の)予防です」と百枝医師。

 先の山内教授も、次のように呼びかける。

「摂食障害と無月経のリスクを、中学高校の指導者はもちろん、学校関係者や親御さんはよく知って欲しい。その子の一生の問題なのだから

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ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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