大荒れだった籠池夫妻控訴審判決後に残されたもの。
怒号が響きわたった201号法廷
西田眞基裁判長が3時間にわたって判決文を読み終え、「もう一回主文を言うので被告人は起立してください」と言った直後だった。
「書類全部検察が持ってるんです。こっち証拠出せないんです」
傍聴席から大きな声が放たれた。驚いて振り返ってみると籠池家の次女である。
「ちょっと静かにしといてください」
裁判長が制するも止まらず、重ねて今度は姉の町浪氏が「見られましたか、裁判長?」と参戦してくる。父親のあとを継いで学校法人森友学園の理事長を務めていた人物だ。
言うまでもないことであるが、傍聴席からの不規則発言は禁じられている。
「静かにしなさい」
今度は強めの語調でとがめられるも、姉妹はそれぞれ「なんでですか」「検察が持ってるんです」「返してください」「退場させますか?」となど声を上げた。裁判長が止めるも、さらにふたりの娘が同時に大声で叫び続けたため、なにを言っているのかわからない。
「退廷を命じます」
「証拠返して欲しいんです」
「退廷しなさい」「そこのおふたりです」
映画やドラマのシーンであるように、身体を抱きかかえられ、連れ出されるのかと思いきや、裁判所の職員は呆然と傍観したまま。傍聴席の姉妹にも動く気配がなかったためか、裁判長は被告人ふたりに向き直り、
「主文を言いますから立ち上がってください。最後までやりますから」と諭すと、
「証拠をだしてください」。今度は被告人である諄子氏が叫ぶ。
「ちょっと立ち上がってください」
そこに泰典氏が「かたよりがあります」「検察官みたいな人だ」と憤懣やるかたなき様子で口をはさんできた。
「いいから聞いといてください」。裁判長はこう告げるや、
「原判決中、被告人真美(諄子氏の本名)に関する部分を破棄する。被告人籠池真美を懲役2年6ヵ月に処する。被告人籠池真美に対し原審における未決勾留日数中200日をその刑に算入する。検察官の籠池康博(泰典氏の本名)に対する本件控訴、および被告人の本件控訴はいずれも棄却する。この判決に対して不服がある場合は2週間以内に上告の申し立てをすることができます」
と早口で主文を読み上げた。その最中も法廷内には姉妹の嗚咽が響きわたる。
「執行猶予は? 家内の執行猶予は?」
かなりエキサイトした様子で泰典氏が裁判長に問いかけた。
そう、諄子氏は一審では有罪だったものの執行猶予のついた判決だったのだ。懲役3年から2年6ヵ月に減っているのだが、以前の判決文ではその後に続いていた執行猶予という言葉が消えている。
「主文はいま述べましたからこれで言い渡しは終わります」
「もう一回、もう一回」
「傍聴人退廷させてください」
ここからは籠池家の4人がそれぞれ大声を張り上げたため、法廷内で怒号と叫び声がこだまする。
「ひどい人や」
「22億円の原本はありましたか?」
「とんでもない人間やな」
「アスベストがあったんです」
「検察の主張ばっかり」
かろうじて聞き取れた断片的な言葉をノートに書き留める。
「あなたは家内を逮捕したいのか? 西田さん、西田さん」
泰典氏が裁判長の名前を呼び続けるなか、裁判官たちは奥の扉から消えていく。その後も数分間、籠池家の4人の雄叫びは続いたのだった。
検察は諄子氏の一部無罪破棄に全力を傾けた
籠池夫妻の刑事事件は瑞穂の國記念小學院の校舎建設にかかる国の補助金(サステナブル補助金)の詐取と、森友学園が経営する幼稚園に交付された2種類の補助金(大阪府・大阪市の経常費補助金および特別支援補助金)をだまし取ったとするふたつの事件から成り立っている。
2020年2月19日の大阪地裁判決においては泰典氏に対して懲役5年の実刑、諄子氏に対しては懲役3年、執行猶予5年という判決が下された。
一審の判決においては諄子氏の判決が驚きを持って受けとめられた。求刑は懲役7年。しかし検察の起訴内容のうち、幼稚園の補助金詐欺については無罪とされ、求刑の半分以下でしかも執行猶予付きという結果に終わったのである。7年求刑だと半分にされたとしても、3年半で実刑だ。検察は裁判所に対し、実刑にするよう求めていた。しかるに一審の野口卓志裁判長は検察の起訴自体を問題視するという判断をした。検察庁は赤っ恥をかかされたわけで、雪辱を期すべく臨んだ控訴審だった。
ちなみに籠池夫妻は控訴審で弁護団を代え、東京・紀尾井町法律事務所の丸山輝久弁護士を主任として闘いを開始した。
2021年6月9日に行われた第1回期日は2011年の大阪府の補助金交付の担当者M氏と、塚本幼稚園で将棋を教えていたK氏に対する尋問だった。ともに検察官請求によるもので、一部無罪となった諄子氏の幼稚園補助金詐欺の逆転有罪に狙いを定めているのは明らかだ。
K氏の尋問において諄子氏に対する不利な発言はそれほど見られなかった。あまりよく覚えていないといったニュアンスだった。
今回の判決のカギとなったのは検事によるK氏の検察官調書の2号書面請求。K氏は事件発覚当時の検察官からの取り調べにおいて、「幼稚園に対し大阪府の監査が行われる日に自らを含め3人で来園するよう諄子さんから頼まれたうえ、『先生が多い方が手厚くしてるみたいでいい』『先生とみられるよう堂々をふるまうように』など、補助金不正受給発覚を防ぐための偽装工作を手伝わされた」と供述していたのである。
本来なら裁判官の前で行われた尋問の方が信憑性が高いはず。ただ刑事訴訟法321条第1項第2号後段には「公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき」は証拠とすることができると書かれている。当然、弁護人は反対の意見書を出したのであるが、裁判官は証拠採用を決めた。法廷で判決を聞くと、控訴審で新たに採用されたこの証拠が諄子氏の逆転実刑に大きな役割を果たしていたことがわかった。
控訴審の途中で弁護人を解任
2回目の期日である2021年6月21日は諄子氏の裁判官による尋問だった。一方、弁護側は国の補助金詐欺(サステナブル補助金)の方で泰典氏の無罪を勝ち取ろうと膨大な証拠を請求していたのだが、この日の公判の最後に、裁判長はほんの一部をのぞくとほとんどの請求を却下してしまった。弁護団は物証だけでなく、小学校の工事業者や設計事務所関係者など多数の尋問を請求していたのだが、泰典氏自身の本人尋問すら認めてもらえなかった。籠池夫妻の側からの控訴は事実上、門前払いだったのである。
21年9月6日には双方弁論を予定していた。しかし、その直前に籠池夫妻が弁護団を電撃解任する。
裁判所は本来の弁論が行われるはずだった日までに新しい弁護人を選任するよう申しつけていたのだが、籠池夫妻側が間に合わなかったところ、国選弁護人が付けられた。
その後、夫妻は森友学園の代理人である南出喜久治氏を新たな刑事弁護人に選任。
むかえた2022年1月17日の期日もなかなかスリリングだった。
202号法廷の傍聴席に入ると、弁護人席に見慣れないふたりが座っている。
開廷直前になって南出弁護士と夫妻が入ってきたが、ふたりの弁護人には一瞥もくれない。
裁判長とのやり取りのなかで、南出氏が主任弁護人であることが理解できた。そして被告人と国選弁護人との間で一切連絡が取られておらず、南出氏と国選弁護人側がそれぞれ弁論を書いて持って来ているという、かなり珍しい展開になっていることがわかってきた。
国選弁護人の方の弁論について、南出弁護士は、
「内容を読ませてもらったけれども、被告人真美の検察官控訴に対する反論だけで、康博には一切触れていない。陳述は控えたい」
と言い切る。
裁判長と南出弁護士とのやり取りの最中、泰典さんが何度か、
「おかしいんじゃないの?」
「国選なんかいらない」
と発言し、その都度、裁判長から、
「被告人は発言できません」
「被告人は黙っててください」
と厳しく注意されていた。
これらのやり取りから、籠池氏は国選弁護人を外したいと思っていたものの、裁判所がそれを認めなかったようであることがわかった。
南出弁護士は別の機会に自身の書いた弁論要旨を読むので、新たな期日を指定してくれと主張して譲らなかったのだが、裁判長はとても冷たく、
「本日、陳述されないのであれば、そのままの状態で結審します」と告げ、
「それはちょっとアンフェアだと思います」
「書面としては出来ているんですか?」
「書面としては持って来てますが……」
「じゃあ裁判所に出して下さい」
「どうして機会を与えてくれないのでしょうか?」
「事実取調はすでに終了しているという理解なので」
「終了しても即、弁論を終えるというルールはないはずです。短くて結構ですので、入るところで弁論の場を与えて頂きたい」
「本日弁論されないのであれば、このまま判決期日を定めます」
「強引な訴訟指揮だと思います。不服です」
というような裁判長との応酬があったのち、南出弁護士はしぶしぶ弁論の書面にペンで日付けを入れて書記官に渡した。
裁判長が、
「15分だけ与えますので、弁論の骨子を話して下さい」
と告げ、南出弁護人が、
「本件はもちろん両被告人とも全部について無罪です」
と弁論の概要を説明。
最後に裁判長が、
「主任弁護人にもう一度伺いますが、横尾弁護人(国選弁護人)らおふたりが弁論を準備されているんですけれども、それについて主任弁護人として陳述するという意思はありませんか?」
と確認するも、南出弁護人が再度、
「まったくありません」
と言い切ったため結審となった。
やり取りを聞いていて、裁判所の「この日に結審させる」という強い意思を感じざるを得なかった。籠池夫妻が遅延行為に及ぶことと想定していたため、裁判所はあえて国選弁護人を外さなかったのだろう。
籠池夫妻は即時上告するとのことなので、舞台は最高裁判所へ移ることとなる。
そしてなにも明らかにはならなかった
2017年2月8日、豊中市の木村真市議が森友学園をめぐる国有地売買の金額が明らかにされないことをめぐって不開示決定取消訴訟を提起したこと、さらに翌9日の朝日新聞の「学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か」という報道で火がついた森友学園事件。
当初はなぜ8億円もの過大な値引きがなされたのか。そこに政治の介入があったのか、なかったのかという点が問題の核心だった。瑞穂の國記念小學院の名誉校長は時の内閣総理大臣安倍晋三氏の夫人、安倍昭恵氏だったからである。
テレビのワイドショーでは昭恵夫人が塚本幼稚園を訪問して感涙にむせぶ姿や、泰典氏が運動会で園児に「安倍首相ガンバレ! 安倍首相ガンバレ! 安保法制国会通過よかったです」と唱和させる様子が繰り返し放映された。
3月23日には籠池泰典氏の国会両院における証人喚問が行われる。籠池夫妻、昭恵夫人のスリーショット写真を近畿財務局の統括国有財産管理官に見せたところ、それまで難渋を極めていた小学校建設の認可や国有地賃貸借の交渉が前に進めることになる「神風が吹いた」と断言。昭恵夫人付きの秘書である谷査恵子氏による口利きを思わせるファックス文書の存在も明らかになったことにより、報道は一層過熱するに至った。
風向きが変わったのは6月くらいから。
東京地検、および大阪地検の特捜部は国有地の8億円値引きにおける背任容疑や、公文書をめぐる証拠隠滅罪、公用文書等毀棄罪などの複数の告発状を受理していたのだが、どうやら籠池夫妻の詐欺容疑の捜査を急いでいるとの観測が洩れ伝わってきたのである。
第193回国会閉会と同時に塚本幼稚園や籠池氏自宅を家宅捜索。8億円値引きはそっちのけで、森友学園事件報道のメインは籠池家の詐欺事件へと変化した。
2017年7月31日、籠池夫妻が逮捕されると事件をめぐる騒ぎはいったん鎮火したかのように見えた。
しかし翌2018年3月2日、朝日新聞が「森友文書、書き換えの疑い 財務省、問題発覚か 交渉経緯など複数箇所」というタイトルで、公文書が改ざんされた疑いを報道。財務省は8日なっても改ざん後の決裁文書を野党議員に出していたのだが、9日に近畿財務局職員自殺のニュースが流れるや佐川宣寿国税庁長官が辞任を発表。12日なって組織的に公文書の改ざん、および公用文書の破棄を行っていたことを認めるに至る。
8億円値引きと公文書改ざん。ふたつの疑惑の真相は明らかになるのか。ふたたび報道が過熱するなか、佐川宣寿元国税庁長官の証人喚問が行われた。しかし「刑事訴追の恐れがあるため」を50回以上連発して核心に届くことなく終わってしまう。
2018年5月31日、大阪地検特捜部はふたつの疑惑で告発されていた38人全員の不起訴を決定。6月4日、財務省は「改ざん調査報告書」を発表したのだが、その内容はというと、誰がいつ、どこでどう命じて改ざん行為がなされるに至ったのかについて何も書かれていない悪質極まりない代物。国はこれにて森友疑惑はすべて解決したとの態度を今も崩していない。
2020年3月8日、週刊文春が衝撃的なスクープを報ずる。大阪日日新聞の記者だった相澤冬樹氏が、改ざん行為を強要されたことを苦に自殺した赤木俊夫さんの遺書をすっぱ抜いたのだ。そこには「財務省は前代未聞の『虚偽』を貫く」として虚偽答弁の具体的な内容まで記載されていたのだが、国会での追及も核心には及ばない。
残された遺族である赤木雅子氏は国家賠償を請求する訴訟を提起。訴状のなかで、その目的として、
1,なぜ亡俊夫が本件自殺に追い込まれなければならなかったのかの真相究明。
2,このような悲劇が二度と起こらないよう行政内部の問題点を明らかにし、適切な対応が取られるようにすること。
3,亡俊夫の遺志に基づき、誰の指示に基づいてどのような改ざんが行われ、その結果、どのようなウソの答弁が行われたのかについて公的な場で説明させること。
の3点を挙げた。
訴訟は国によるたびかさなる遅延行為によりなかなか前に進まず、訴状にて求釈明していた赤木ファイルの提出も2021年3月8日の文書提出命令申立を経て、6月22日になってからとなる。これだけで1年3ヵ月の時間がかかってしまった。
証人尋問が視野に入ってきた12月15日の進行協議期日のなかでのこと。国は突然、認諾を表明した。請求されていた金額を払うことで裁判を終結させてしまったのである。
すでに記したよう、赤木雅子氏は3つの目的のために訴訟を起こしたわけで、お金をもらうために苦しい裁判を続けていたわけではない。財務省・近畿財務局の当時の担当者が法廷で証言を求められ、真相に近づいてしまう前にフタをしてしまったのは明らかだ。そのための原資はもちろん税金である。
今回、事件の発火点たる籠池夫妻はふたたび裁かれた。
しかし、森友学園事件の本丸において、本来裁かれなければならないはずの人物が残っている。そして、それが誰なのかすらわかっていない。