英巨大ファンド日本人創業者が読む世界羅針盤 第4回 中央銀行総裁はスーパースターの時代になった
国際的な資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんに今回は、次期首相に就任することが確実になってきた自民党の安倍晋三総裁のリフレ(緩やかなインフレを起こす)政策について尋ねた。キャプラは運用総額140億ドル(約1兆1700億円)、債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、総預かり資産でもヘッジファンドとしてはロンドンのトップ5に肩を並べる。
・民需で2%のインフレを達成するのは難しい
問い 16日投開票の総選挙で自民党が圧勝しそうだが
「自民党が地滑り的勝利を実現するとみている。公明党を含めると衆院の3分の2近い議席が見込まれる。安倍自民党は現在、日銀に対して強いプレッシャーをかけている。その理由は、今、訴えている国防や国土強靭化計画にしても、民主党の前回のマニフェストと同じですぐに実現するのが難しいものばかりでなので、目先手がつけやすいものが日銀へのプレッシャーだからだろう。来年3、4月の総裁、副総裁2人の人事で、安倍政権は自分に近い人を選んでくる。まず、日銀が取り得る方策は今の枠内で精一杯、緩和を行っていくことだ。現在、91兆円のアセット・パーチェイス・プログラム(APP)を拡充して12月にも101兆円、来年第一四半期にも連続緩和があるでしょうから、最終的には今後1年程度の間に120兆~150兆円程度までのAPPの増強が行われると思う。その過程で緩和の手法の拡大が進み、APPの中で国債の買い取り年限を今の上限3年を5年に延ばしてくる。併せて日銀当座預金の金利ターゲットを現在の0~0・1%から0~0・05%に段階的な利下げを行っていくだろう。新総裁のもとでAPPの中で米連邦準備制度理事会(FRB)のようなツイスト・オペ(長期証券の買いオペと短期証券の売りオペなどを同時に行う公開市場操作)が行われる可能性もある」
問い 外債の購入が取りざたされているが
「次の日銀総裁が市場で噂されているような人であれば、外債購入の手段として、日銀の外に官民挙げての外債ファンドを作って金融安定化に資する、例えば、債務危機に揺れる欧州諸国の国債を購入するとか、そういったものは十分出てくる可能性はある」
問い 事実上の為替介入に国際社会の理解は得られるのか
「現在、財務省がEFSF(欧州金融安定基金)債の購入をやっているが、官民ファンド、財務省が一部出資して日銀が大きくバランスシートを貸すと思うんですが、そういう新たな枠組みの中で外貨のアセットを購入していく目的として、金融安定化という名目をつけると利用がしやすい枠組みになるのではないかと思う」
問い 米国は反対しないか
「日本の貿易収支が赤字に転落する状況下から円安になるであれば米国が注文をつけるべきものではない。安倍政権に対して、金融政策だけでなく、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、防衛問題、対中政策を含めて米国がトータル・パッケージの中で円安を容認してくるということは十分かつ容易に考えられる。大きく外債ファンドを作ったとしても日銀の自己資本を毀損しない程度で、最大使える額というのはおそらく数十兆円。為替はボラティリティ(価格変動率)が高いので国債のようには買えない。いずれにせよ、限度があると思うので、為替の世界が一変してしまうようなほど外債購入については効果がないと思う。ただ、マーケットのセンチメントに与える影響は大きいので、貿易収支が赤字に転換している中で、ドル円の背中を押してやること自体は相場の反転につながる可能性が強いと思っている」
問い 先日、英紙フィナンシャル・タイムズの経済コラムニスト、マーティン・ウルフ氏に質問したとき、「2%のインフレを2年以内に達成できないときは総裁以下、日銀政策委員会の全員をクビにすればいい」と言っていたが
「正直言って、2%のインフレはかなり厳しい数字だと思う。インフレ自体は税金とか公共料金とかを上げてしまえば非常に簡単に達成できる。しかし、一般の民需だけで2%押し上げるのはかなりエネルギーのいることだと思う。2%に達しないとクビかどうかはそれぞれの中央銀行によってマンデート(委任された権限)が違うので、外国人に言われる筋合いはないと私は思う」
問い 2%のインフレ達成が難しい理由は
「やはり高齢化並びに人口減少だと思う。人口が増えて労働人口が増えている新興国では消費も大きく伸びてきている。先進国では少子化と高齢化が進んでいる。日本でも高齢化と人口減少が国内総生産(GDP)という指標に大きな影を差しているのは間違いない」
問い 長期金利の動向をどう見るか
「日本の国債の90%以上を日本人が支えていることが、債務危機に苦しむイタリアやスペインとの大きな違いであるのは間違いない。日本は経常収支も黒字であり、円債、円金利を支えるマーケットが欧州諸国に比べると強固だ。いきなり長期金利が3%を超えるというのは今の環境下ではないと思う」
問い 2014年末のインフレ率をどう予測するか
「消費税上げを除いて考えるとインフレ率が1%に届くのは難しいかもしれない」
問い そんな状況下でも消費税を5%から8%に引き上げられると思うか
「今の日本の債務状況を考えると、消費税を上げることが歳出と歳入のギャップを埋める最大の手段であることは間違いない。仮に消費税を10%に上げて12・5兆円の税収増があったところで赤字国債の発行がストップするわけではない。今回の税と社会保障の一体改革についての3党合意が何らかの形で担保されていくと私は思っているので、消費税上げは自民党政権下でも実現すると思う」
・中央銀行総裁はスーパースター時代
問い 英中央銀行、イングランド銀行総裁にカナダ銀行(中央銀行)のマーク・カーニー総裁が就任することになったが
「カーニー氏は最も優秀な中央銀行マンとして名前を取りざたされていた。もともと英国の市場はウィンブルドン化(国際競争の自由化が進み、国内企業が外国企業に淘汰されること)している。それが中央銀行でも起きたということだ。なぜ、中央銀行総裁にスーパースターが求められるようになったかというと、中央銀行として打てる手が徐々に狭められてきているからだ。もともと中央銀行の最大の武器は金利の上下にあったわけだが、金利の下げ方が限られてきていて、非伝統的な政策に頼らざるを得なくなった。FRBが不良資産救済プログラム(TARP)、量的緩和(QE1、QE2、QE3)、ツイスト・オペを実施、欧州中央銀行(ECB)も3年物長期供給オペ(LTRO)、国債買い切りプログラム(OMT)をやった。日銀の白川方正総裁もAPPという新しい政策を打ち出したが、ずっと同じ手を出し続けている。非伝統的な金融政策が中央銀行の主流になってくる中で、ショック・アンド・オー(shock & awe、衝撃と畏怖)といいますが、いかにマーケットにインパクトを与えるようにするか、非常に技術が必要になってきた」
問い 安倍政権は日銀法を改正するのか
「安倍さんは自分のしかるべき人を選んだら、後は日銀の仕事で、その人たちが考えることだと思っている。自民党は日銀法改正まではやらないと思う。今、絵を描いている人たちは市場にインパクトを与えて、株高・円安、金利を押さえ込む政策を訴えながら、当選後は補正予算を出してくるという財政と金融のパッケージになっている。市場にショックを与えるようなやり方を安倍さんは日銀、市場に対してやっている」
問い インフレ目標の効果は
「インフレ率が上昇して賃金が上がればインパクトがあるが、今の日本メーカー、多くの従業員を抱えているところで、インフレ率並みに賃金を上げるだけの業績が伴っているかというと私には疑問だ。賃金は上がらず、インフレが進むと国民にとってメリットは少ない。しかし、日本経済の病巣はデフレにあるので、デフレを早く脱却して、緩やかな極めて低いインフレが望まれるところだが、インフレをコントロールできなくなって本当に2%超えて加速するようなことがあったときに実質賃金は増えない、いや、減ってしまうという状況が続くと、それは国民が望むところではないのではないか。インフレ率が2%、家賃の上昇が2%、賃金も2%上がるという社会を今の段階で日本は構築できない。インフレとともに構造改革を実現しなければならない。構造改革を伴わないインフレのメリットは少ないと思う」
問い イングランド銀行がインフレ目標をやめるとも取りざたされているが
「中央銀行の役割が非常に変わってきた。英国は高インフレを抑えるためにインフレ目標を設定した。インフレが下がってしまう状況になってくると今までのロジックと変わって来るので、違うものを政策金利のメジャーにした方が良いのではないかという議論はある。雇用と物価に対して責任を持つFRBは今までは物価にフォーカスしてきたが、失業率が6・5%を下回るまで事実上のゼロ金利政策を続けると表明するなど、メルクマールが雇用になってきた。中央銀行が目標とするターゲットも時代、時代によって変わってきている」
問い 日銀がインフレ目標を設定するのは時代遅れか
「インフレ目標達成の責任をすべて日銀にかぶせても実現できないことは自民党もすでに認識しているが、選挙期間中は言っていないだけだ。もっと大事なのは行政改革とか構造改革で、体質を変換し、デフレ体質からインフレ体質に変わることだ。安倍さんが今やろうとしていることは財政と金融を同時にゆるめることだ。これだけ借金を抱えているのに財政を緩めるのが得策とは私は思いませんが」
問い FRBのバーナンキ議長、ECBのドラギ総裁、そしてイングランド銀行のカーニー総裁に対抗できる日銀総裁候補はいるのか
「今、安倍さんのブレーンとして名前が挙がっている岩田一政・日本経済研究センター理事長。小泉政権で経済ブレーンを務めた慶応大教授の竹中平蔵元総務相。伊藤隆敏東大教授。植田和男東大教授。こうしたところが候補になってくると思う。みなさん、経済政策に通じていて、実際に行政や経済、金融運営をした人が多いので、何はともあれ順調なスタートを切ることができると思う。今回は民間からかなり大物が起用される可能性が非常に高いことだけは間違いない」
(つづく)第5回では「日本売りは始まるのか」について浅井さんに尋ねています。
浅井さんの略歴
浅井将雄(あさい・まさお) 旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、2004年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立、2005年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始めた。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働き、スタッフは140人。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。昨年まで年平均13%という驚異的な配当を実現する。