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トーマスの全米プロゴルフ優勝を支えたキャディの優勝フラッグが明かす「旧ボス」ミケルソンの悲しすぎる話

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 男子ゴルフのメジャー大会、全米プロ(5月19日~22日)で大逆転優勝を挙げたのは、29歳の米国人選手、ジャスティン・トーマスだった。

 トーマスの勝利を支えた相棒キャディ、ジム・“ボーンズ”・マッケイは、ゴルフ界の慣習に倣い、18番グリーン上のピンフラッグを手にして少年のようにうれしそうに笑顔を輝かせていた。

 しかし、その笑顔の背後に、ボーンズの昔の「ボス」だったフィル・ミケルソンのあまりにも悲しく情けない話が潜んでいたことを知ってしまったら、きっと誰もが「開いた口が塞がらない」状態になる。

【優勝キャディのピンフラッグ】

 最終日を首位から7打差でスタートしたトーマスは、厳しいコンディションの下でも着々とスコアを伸ばし、ついには首位に追いつき、3ホールのプレーオフを制して、同大会2勝目、メジャー2勝目、通算15勝目を達成。

 ワナメイカー・トロフィーと名付けられている同大会の優勝トロフィーを掲げると、達成感と満足感に溢れる笑顔で、こう語った。

「優勝できたのはバッグを担いでくれたボーンズのおかげだ。彼が僕の心を静かに保ち、導いてくれたからこそ、勝利を挙げることができた。ボーンズは素晴らしい仕事をしてくれた」

 「ボス」からの最高の賛辞を聞きながら、ボーンズは18番のピンフラッグを幸せいっぱいという表情で眺め、大事そうにポケットにしまった。

 振り返れば、ボーンズがトーマスのバッグを担ぎ始めたのは2021年のライダーカップが終了した直後からだった。

 そもそもボーンズは、ゴルフ界のスーパースター、フィル・ミケルソンの相棒キャディを25年間も務めていたが、2017年に2人は突然決別。以後、ボーンズはキャディー業から離れ、米NBCやゴルフチャンネルのゴルフ中継でマイクを握るレポーターに転身した。

 そんなボーンズにトーマスは「僕のバッグを担いでほしい」と頼み込み、以来、「トーマス&ボーンズ」の新コンビが誕生した。

 この全米プロ優勝は、2人がタッグを組んでから挙げた初めてのメジャー優勝。そして、ボーンズ自身にとってのメジャー優勝は、ミケルソンとともに挙げた勝利を含めると、今回が5度目だから、ボーンズが手にした18番のピンフラッグも今回が5枚目になるはず。

 しかし、驚くなかれ、ボーンズがメジャー優勝のピンフラッグを得たのは、今回が初めて。ミケルソンの相棒キャディを務めていた間は、優勝キャディであるボーンズがもらえるはずのピンフラッグは、メジャー大会でもレギュラー大会でも、すべてミケルソンによって彼の祖父の家へ贈られていたという。

【衝撃の事実】

 今年の全米プロにミケルソンの姿はなかった。昨年大会を史上最年長の50歳で制覇したミケルソンは、今年はディフェンディング・チャンピオンでありながら出場してはいなかった。なぜなら、彼自身が出場を辞退したからだ。

 昨年11月に米国人ゴルフライター、アダム・シプナック氏から受けたインタビューの中でミケルソンが口にした発言が、今年2月に明かされるやいなや、その発言内容と言葉の選び方が問題視され、大騒動と化し、ミケルソンは即座にスポンサー契約をほぼすべて解消された。謝罪声明を出し、公の場から姿を消したミケルソンは、いまなお身を潜めたままだ。

 そんな中、シプナック氏の著書がこの5月に出版され、ピンフラッグにまつわる知られざる話は、その本の中で明かされていた。

 ミケルソンとボーンズが初めて挙げたメジャー優勝は2004年マスターズだった。その4か月前にミケルソンの祖父が他界。ミケルソンはオーガスタ・ナショナルの18番のピンフラッグを亡くなった祖父に捧げたいと言い、心優しいボーンズはミケルソンの申し出に頷いた。

 かくして、本来なら優勝キャディであるボーンズの「勝利の証」となるはずだったピンフラッグは、ミケルソンの祖父の家のキッチンの壁に飾られた。

 その後も、ミケルソンとボーンズが勝利を挙げるたびに、優勝フラッグは、すべてミケルソンの祖父の家へ送られた。2人で挙げた合計19勝のすべてが、そうだったそうだ。

 高額の優勝賞金と眩しいほどの優勝トロフィー、賞賛と注目、「レジェンド」「スーパースター」の呼称、そして数々のスポンサー契約。たくさんのものを得てきたミケルソンが、その上で、勝利を支えてくれた相棒キャディから優勝フラッグまで奪い取っていたことは、あまりにも悲しく、情けなく、感じられた。

 さらに驚かされたのは、2017年にミケルソンとボーンズが決別した翌日の出来事だ。

 ミケルソンは祖父の家に飾っていた優勝フラッグすべてに、わざわざ自分のサインを大きく描いた上で、ボーンズに送りつけてきたという。

 ケンカ別れの形で決別した今、ミケルソンにとって、もはや2人の思い出は「要らない」という意味だったのかもしれないが、ミケルソンはわざわざすべてのフラッグに自分のサインを、まるで悪戯書きのように大きく書き入れて送ってきたという。そんなフラッグであれば、ボーンズが飾りたくなくなることを見越した上で、意図的に書き入れたサインだと、シプナック氏の著書には記されている。

 キャディには「3つのアップ」があると言われる。「ショウアップ(show up=時間通りに現れる)、キープアップ(keep up=きっちり付いていく)、シャットアップ(shut up=余計なことは言わず、黙って仕事をする)」。

 誠実で忠実なボーンズは、「シャットアップ」を守り、ミケルソン時代の優勝フラッグを、ただの1枚も手にしていなかったことを、自らは依然として語っていない。

 だが、トーマスと挙げた全米プロ優勝のピンフラッグをうれしそうに広げ、大事そうにポケットにしまい、再び取り出しては眺めるボーンズの姿を見れば、彼が「メジャー優勝の証」をどれほど欲していたかが自ずと伝わってくる。

「家の中のある場所に飾ろうと思ってるけど、ワイフも、そこでいいって言ってくれるか、わからないなあ」

 そう呟きながら、長年の夢がようやく叶ったことを心の底から喜んでいたボーンズの笑顔を眺めれば眺めるほど、ミケルソンのエゴと強欲が、あまりにも悲しく、情けなくなる。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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