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元「異端児」、河野太郎大臣が語る今の外務省、そして日本の舵取り

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
外務省にて(撮影・美濃剛)

外務大臣に就任してこの8月3日で1年が経過した河野太郎氏。

自ら発信するSNSからは、各国大臣と堂々と渡り合う様子や、海外の要人と温もりある交流をしている様子など、精力的に海外に赴く「河野外交」が伝わってくる。その「河野外交」が多くの識者やメディアからも注目されている一方で、あまりメディアでは注目をされていないが、河野大臣が地道に進めていることがある。外務省自体の改革だ。就任直後から、ODAなどの政策面から職員の業務に至るまで次々と改革を打ち出しており、行政改革大臣の経験などもふまえて、外務省のトップとして様々な改革に着手している。

10年前に自民党の無駄撲滅プロジェクトチームが実施した事業仕分けで、筆者が所属する「構想日本」が協力をした際に、責任者を務めていた河野大臣と初めてご一緒した。今回は、外務省の外からと、責任者として中に入って見える外務省の景色の違いや、外務大臣として進めている外務省の改革、そして日本の改革について伺った。

― 河野さんは外務大臣になる前は、どちらかと言えば外務省を叩いている側だったと思いますが(笑)、外から見ていた外務省と、外務大臣になった今見えている外務省との違いをお聞かせください。

河野太郎外務大臣(以下、河野大臣)

「中に入ってみると、それなりに役所は頑張っているところがあると思いました。逆に気を付けなければいけないのは、大臣が迂闊なことを言うと、役所の人たちがその方向へ一気に動いてしまう。省庁の外から発言していた時は100言ってようやく1動くという印象があったけれど、外務大臣になってからは1言うと20ぐらい動いてしまうので、その点は十分に気を付けながらやっています。」

― 外務大臣になった当初はその変化に驚かれましたか?

河野大臣

「内閣府の大臣をしていた時に既に、これは1言うと1にとどまらないな…と感じていたので、そこは最初から割と気を付けていました。」

外務省にて(撮影・美濃剛)
外務省にて(撮影・美濃剛)

― そうですよね。河野さんは内閣府で行政改革担当大臣を2015年から約1年間務められていましたが、行政改革担当大臣と外務大臣の違いはどのような点ですか?

河野大臣

「内閣府は各省庁からの出向職員で組織されているため、ある意味ではまとまりを欠いていたので、何か1つ言っても5ぐらいしか動かない感じでした。同時期に国家公安委員長も務めていましたが、国家公安委員長は国家公安委員会を指揮するほか、そこから各県警本部に分かれているので、印象としては1言うと10ぐらいの動きでした。しかし、現在大臣を務めている外務省は、上から下まで、大使館まで1つの組織になっているので、1言うと20ぐらい、もっと動くかもしれません。ですので、発言一つひとつに気を付けないといけないですね。ただ、最近はだいぶ「忖度」は減ってきているようで、『大臣、それは違います!』と言われることもよくあります(笑)。」

― 河野さんと言えば「行革」というイメージが世間にはあると思います。外務大臣としても、外務大臣出張時のロジの簡素化・合理化を進めるためにロジブックを廃止するなど、業務改革をずっとやられています(詳細はこちら)。これらについてお聞かせください。

河野大臣

外務省にて(撮影・美濃剛)
外務省にて(撮影・美濃剛)

「最近、霞が関に来る人(官僚を目指す人)が少なくなっています。また、霞が関に来る人の中で首都圏の大学出身者の割合が増えていて、さらに、首都圏の大学の入学者の多くは、なぜか首都圏出身の人です。この東京一極集中の構図を改善し、霞が関に良い人材を集めるためには、役所の業務を改革し無駄な仕事を減らさないといけないと思います。ただし、行革大臣のときに在外公館を増やすのであればそこに勤める人員を減らそうということで、定員の上限を4人とする「ミニマムマイナス公館」を導入したのですが、外務大臣就任後にモルディブ大使館に行ったところ、職員が休みを取れないという現実を目の当たりにしまして、早急に軌道修正をして「ミニマムマイナス公館」はやめようということにしました。」

― 実際に外務大臣になって実態がわかったから修正をしていく、これはとても勇気のいることですが、すごく良いことだと私は思います。「昔の主張と違うじゃないか」と言われてしまうこともあると思いますが、虚勢を張り続けるよりも謙虚な気持ちで必要があれば変えていくというのが、河野さんの素晴らしい点だといつも感じています。

河野大臣

「やってみてダメだったものは早くやめる(笑)。ダメだとわかったことを続けても意味がない。」

― また河野さんは、業務改革と併せて外務省のODA予算の無駄をなくし、効率的、効果的にするために、「ODAに関する有識者懇談会」を設置しました。私は座長を務めておりますが、この懇談会への河野さんの強い熱意を感じています。この懇談会では最終的に何を目指したいとお考えでしょうか?

河野大臣

「残念ながらもうODA予算が大きく増えないのは、日本の財政状況を見てればわかります。また、中国が経済的にも台頭してきて、かつては日本に頼んでいたインフラなどをむしろ中国に依頼する国が増えています。そうした状況の中で、ODAは外交の一つのツールではあるけれど、それだけに頼っていればよい時代ではないと考えています。だから、ODAに頼らない外交をどうしていくのかということと、ODA予算を一番効果的に使うにはどうしたら良いのかを、両方考えていかなければならないのです。

ODAには何となく既得権益みたいになっている部分があって、技術協力はJICAが実施するとか、NGO連携の予算に最初から枠があるなどは、時代にそぐわないので、それは1度壊さないといけない。だから、ODA有識者懇談会では、ゼロベースでODAを見直せるような議論をしていただけるとありがたいと考えています。」

外務省にて(撮影・美濃剛)
外務省にて(撮影・美濃剛)

― この分野の専門家でもなく委員の中で最年少であろう私を座長に指名したねらいはどこにあるのでしょうか(笑)。

河野大臣

「やはり、外交分野の専門家などだと先入観がどうしても出てきてしまうので、そうではない視点でゼロから見直しをしてもらいたいのです。もう一つは、伊藤さんは住民協議会(※)などでコーディネーターをされているので、いろんな意見が出てきた時にどう取りまとめるかについては、一番経験があると感じています。今回の懇談会は、色々な意見が出てくると思いますが、様々な市民がいる住民協議会に比べれば、議論の幅は狭いのではないでしょうか(笑)。」

(※「住民協議会」:無作為に選ばれた市民が、地域の課題を「自分ごと」として考え、改善策を議論する会議。構想日本が全国の自治体と2014年から実施している。詳細はこちら

― 責任者である河野さんが、今後ODAの全体予算は、そう簡単には増えないという認識に立たれていることが大きいと私は感じています。今までは、財政が厳しいことはわかっていてもODAとしては予算の増額と言い続けてきて、しかし、財務省に認められないということの繰り返しだったように思います。これからは、限られた予算の中でどれだけ良いものができるかを追求したいということでしょうか。

河野大臣

外務省にて(撮影・美濃剛)
外務省にて(撮影・美濃剛)

「小泉政権の最初の頃に、今のODA予算を半分にして、その代わりに、削る分の半分を外務省の一般的な政策予算にしたらどうか? と提案したのですが、その時の外務省は『いやいやいや』と(笑)。

あれから10年以上経って、ODAは半分になってしまいました。今は、各国の外務大臣は利用している専用機の費用など、一般的な政策予算を増やしてほしいと言っていますが、小泉政権の時に1/4でももらっておけば、もう少しスムーズに増やせたかもしれません。飛行機の待ち時間が少しでも短縮されればそれだけ自分の国の業務を進められますから(笑)。」

― 今でも一般的な政策予算は足りていないのでしょうか。

河野大臣

「時々、ODAの橋を1本止めてでも一般的な政策予算に回せないかという話がされることもありますが、ODAに頼らず本来の外交力を強めていこうとすれば、足腰となる一般的な政策予算がなければ話にならないです。外務大臣になって随分海外出張が増えましたねと言われますが、世界レベルで見るとこのぐらいじゃなければ勝負にならない。以前の感覚で外務大臣の旅費を考えてしまうと、周りの国の外務大臣はみんな飛び回っているのに日本の外務大臣だけ東京で座っている、という状況になってしまう。それでは健全な外交という観点では良くないと思っています。このような点から考えると、一般的な政策予算は足りていないと感じています。」

― 河野さんは、いずれは総理大臣になりたいと以前より公言されています。私は是非なってほしいと思っていますが(笑)、もし総理という立場になったときに、目指したい国家像など具体的なことがあれば教えてください。

河野大臣

「1つは社会保障の問題に取り組みたいと思っています。これだけ逆ピラミッド型の人口構造になり超高齢社会が進むときに、今の社会保障制度が持続可能なのか、あるいはその制度に信頼感があるのか。それから、エネルギー政策。持続可能性を考えたときにどうあるべきなのか。そして3点目に、外務大臣をやってみて、昔のようにODA世界一じゃなくても外交の日本と言われるようにするためには、外交力を強くしなければいけないと強く感じています。」

― 最後に、河野さんには事業仕分けや住民協議会などの構想日本の活動にも以前よりたくさんご協力いただいていますが、構想日本に期待することや目指してほしいことを一言お願いします。

河野大臣

「構想日本のようなしがらみのない政策シンクタンクは日本では珍しいと思います。銀行系のシンクタンクとか、業界系シンクタンクなどは、親会社との関係での制約があり、主張に限界があると感じることが何度もありました。しがらみがなく何でも言える独立系シンクタンクの存在は非常に大切です。構想日本にはもう少し大きくなっていただいて、伊藤伸さんの他にもっともっと色々な名前が世の中に出てくるように、力強く活動してもらうのが良いのではないかと思っています。」

― 身の引き締まるお言葉、ありがとうございます。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

河野大臣

「こちらこそ、ありがとうございました。」

【伊藤所感】

以前から河野太郎さんは、「異端児」「変人」などと言われてきた。歯に衣着せぬ物言いがメディアを通して伝わっていたからではないかと思う。霞が関での「河野太郎評」も然りで、私が内閣府で働いていた時に河野さんの話題になると、10人中8人は顔をしかめていた印象がある。

しかし、私は10年前に初めて仕事を一緒にして以来、一度もそのような印象を持ったことがない。「率直」「理路整然」という言葉が当てはまるだろうか。起きている現象をまず正面から見据え、本質は何かを考える。そして、間違いがあれば認めることができる。この「謙虚さ」や「聞く耳」は、権力者になるほど持ちにくいのではないだろうか。しかし、世の中の変化に対応し続けるためにはとても重要な能力だと私は考えており、それを備え持っていることこそが河野さんの最大の魅力だと思っている。

河野さんは2年前に行革担当大臣、そして昨年から外務大臣となり、メディアの捉え方も「政権の中心人物」に変わってきた。

「河野さんもだいぶ丸くなって良い意味で変わったからだよ」

との趣旨の言葉を、記者からも官僚からも聞いたことがあるが、河野さんが変わったのではなくて、メディアや官僚や世の中が変わってきた、河野さんに追い付いてきたのではないだろうかと私は感じている。

外務大臣となった河野太郎さんからじっくりお話をお聞きして、まさに生き生きされていた。引き続き河野さんとともに世の中が変わる活動をしていきたい。

外務省にて(撮影・美濃剛)
外務省にて(撮影・美濃剛)
構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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