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高齢者のアトピー性皮膚炎治療 - 生物学的製剤とJAK阻害薬の可能性

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【高齢者アトピー性皮膚炎の特徴と診断の難しさ】

近年、高齢者におけるアトピー性皮膚炎(AD)の罹患率が世界的に上昇しており、大きな関心を集めています。日本でも、高齢化社会の進行に伴い、高齢者のADが増加傾向にあります。高齢者のADは、小児や成人とは異なる独特の臨床的特徴を示すことが知られています。

高齢者のADでは、肘や膝の屈曲部位に皮疹が現れることは少なく、むしろ伸展部位に皮疹が現れる「逆転現象」が特徴的です。これは加齢に伴う発汗量の低下が関係していると考えられています。また、顔面の難治性紅斑、眉毛の外側脱落(Hertoghe徴候)、下眼瞼のしわ(Dennie-Morgan襞)、網状・波状・色素沈着を伴う頸部湿疹など、高齢者特有の皮膚所見も知られています。

高齢者のADは、接触皮膚炎、貨幣状湿疹、慢性そう痒症、疥癬、薬疹、皮膚悪性腫瘍など、他のそう痒性皮膚疾患との鑑別が難しいことが知られています。加えて、高血圧、心血管系疾患、脳血管系疾患、消化器系疾患、糖尿病などの全身性疾患を併発していることが多く、これらの疾患による搔痒や薬剤の副作用が診断をさらに複雑にしています。ADに関与する免疫機構の複雑さや、明確な臨床的、組織学的、診断マーカーの欠如も、診断の難しさに拍車をかけています。

現在、高齢者のADに特化した診断基準はありません。一般的に、Hanifin and Rajka(H&R)の診断基準が広く使用されていますが、高齢者のADの診断には限界があります。Taneiらは、高齢者のADの診断のポイントとして、四肢の屈曲部を除く部位の苔癬化湿疹、アトピー素因の個人・家族歴、血清総IgEやアレルゲン特異的IgEの上昇、6ヶ月以上の経過、他のそう痒性皮膚疾患の除外などを挙げています。

高齢者のADの診断には、詳細な病歴聴取と身体所見の観察に加えて、血清総IgE値やアレルゲン特異的IgE値の測定、皮膚生検などの検査を総合的に判断することが重要だと考えられます。また、高齢者では、アレルギー性鼻炎や気管支喘息などのアトピー性疾患の合併も多いため、これらの疾患の有無も確認する必要があります。

【高齢者アトピー性皮膚炎の治療戦略】

高齢者のADの治療は、悪化因子の特定と回避、保湿剤による皮膚バリア機能の維持、外用ステロイド薬や外用カルシニューリン阻害薬による抗炎症療法、経口抗ヒスタミン薬によるそう痒の緩和などの基本的なアプローチと、全身療法を組み合わせて行われます。

高齢者では、保湿剤の塗布や外用薬の使用、悪化因子の回避などの基本的な治療の遵守率が低いことが知られています。これは、加齢に伴う身体機能の低下や認知機能の低下、社会的孤立などが関係していると考えられます。基本的な治療の遵守率が低いと、症状の遷延化や増悪につながるため、高齢者のADでは全身療法の重要性が指摘されています。

従来の全身療法には、経口ステロイド薬、シクロスポリンなどの経口免疫抑制薬、光線療法などがあります。経口ステロイド薬は中等症から重症の高齢者ADに対して一定の効果がありますが、電解質異常、高血圧、骨粗鬆症などの副作用に注意が必要です。シクロスポリンは重症の高齢者ADに対して有効ですが、長期使用では悪性腫瘍や心血管系、腎臓などの臓器毒性のリスクが高まります。光線療法は補助療法として有用ですが、高齢者では通院の負担が大きく、過剰な紫外線曝露によって湿疹が悪化する可能性もあります。

このように、従来の全身療法には副作用のリスクや治療の継続性などの課題があるため、中等症から重症の高齢者ADに対しては、早期から新しい全身療法を導入することが推奨されています。特に、基本的な治療だけでは症状のコントロールが難しい場合や、全身性疾患を併発している場合は、速やかな全身療法の導入が必要です。

【生物学的製剤とJAK阻害薬の可能性と課題】

近年、中等症から重症のADに対する全身療法として、生物学的製剤とJAK阻害薬が注目されています。生物学的製剤であるデュピルマブは、IL-4およびIL-13のシグナル伝達を阻害するヒトモノクローナルIgG4抗体で、2017年にFDAに承認された初めてのAD治療薬です。デュピルマブは、そう痒と炎症を有意に改善し、副作用も少ないことが示されています。

高齢者のADに対するデュピルマブの有効性と安全性も報告されています。Patrunoらは、65歳以上の高齢者AD患者276例を対象とした多施設後ろ向き観察研究で、デュピルマブ投与16週後にEASIスコア、そう痒、睡眠の質、全般的なQOLの有意な改善を認めたと報告しています。また、デュピルマブの有効性は若年者と同等であり、副作用の発現率は22.51%で、結膜炎が最も多かったものの、多くは投与前から存在していたものでした。副作用による投与中止は1例(0.36%)のみでした。Silverbergらは、4つのデュピルマブのRCTのデータを統合し、60歳以上の高齢者においてもデュピルマブの有効性と安全性が確認されたと報告しています。ただし、60歳以上の患者数が少ないため、これらの知見の一般化には限界があります。

JAK阻害薬は、JAK-STATシグナル伝達経路を阻害することで、IL-4、IL-13、IL-31などのTh2サイトカインの作用を抑制します。バリシチニブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブなどのJAK阻害薬が、中等症から重症のADに対して承認されています。

ウパダシチニブの第III相試験(Measure Up1、Measure Up2、AD Up)の統合解析では、65歳以上75歳以下の高齢者において、ウパダシチニブ15mgおよび30mgを投与した群で、プラセボ群と比較して、52週時点でのEASI 75達成率とvIGA-AD 0/1達成率が同等以上でした。ただし、65歳以上の患者では、30mg群で15mg群や65歳未満の患者と比べて、曝露量で調整した有害事象の発現率が高くなっています。アブロシチニブの第IIb相試験と6つの第III相試験のデータを統合した解析では、65歳以上の患者の割合は全体の約5%で、重篤な有害事象、高度の有害事象、投与中止に至った有害事象の発現率が他の年齢層よりも高くなっていました。また、血小板減少(<7.5万/μL)、リンパ球減少症(<0.5x10^9/L)、日和見感染症(帯状疱疹)の発現率が、年齢および用量とともに増加することが観察されています。

このように、JAK阻害薬は高齢者のADに対する新たな治療選択肢となる可能性がありますが、感染症や心血管系のリスクが高いため、使用には注意が必要です。欧州医薬品庁は、65歳以上の患者、心血管系疾患のリスクが高い患者、悪性腫瘍の既往がある患者、喫煙者に対するJAK阻害薬の使用は、他に適切な治療選択肢がない場合にのみ検討すべきであるとしています。JAK阻害薬の安全性と有効性を確立するためには、高齢者を積極的に組み入れた臨床試験の実施が求められます。

高齢者のADは、今後ますます増加すると予想されます。生物学的製剤やJAK阻害薬などの新しい全身療法は、高齢者のADの治療に大きな可能性を秘めていますが、高齢者を対象とした臨床データがまだ十分ではありません。高齢者のADの診断基準の確立、生物学的製剤やJAK阻害薬の長期的な安全性と有効性の検証、高齢者の特性に応じた治療ガイドラインの作成など、今後の研究の発展が期待されます。

参考文献:

1. Tanei R. Atopic dermatitis in older adults: a review of treatment options. Drugs Aging. 2020;37(3):149-160. doi:10.1007/s40266-020-00750-5

2. Katoh N, Ohya Y, Ikeda M, et al. Clinical practice guidelines for the management of atopic dermatitis 2018. J Dermatol. 2019;46(12):1053-1101. doi:10.1111/1346-8138.15090

3. Patruno C, Napolitano M, Argenziano G, et al. Dupilumab therapy of atopic dermatitis of the elderly: a multicentre, real-life study. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2021;35(4):958-964. doi:10.1111/jdv.17094

4. Silverberg JI, Lynde CW, Abuabara K, et al. Efficacy and safety of dupilumab maintained in adults ≥ 60 years of age with moderate-to-severe atopic dermatitis: analysis of pooled data from four randomized clinical trials. Am J Clin Dermatol. 2023;24(3):469-483. doi:10.1007/s40257-022-00754-4

5. Cork MJ, Geng B. Abrocitinib treatment in patients with moderate-to-severe atopic dermatitis: safety of abrocitinib stratified by age. In: Poster presented at: The 30th Congress of the European Academy of Dermatology and Venereology (EADV); 2021.

6. Clin Interv Aging. 2023 Oct 2:18:1641-1652. doi: 10.2147/CIA.S426044. eCollection 2023.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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