心理学のプロが語る「デキる子」が陥りやすい罠
心理学のエキスパートが考える文武両道
文武両道はあり得るのか、あり得ないのか。
米国在住で学業と新体操を両立し、どちらも高いレベルで行う娘さんを支える篠原ファミリーの取り組みを前回ご紹介したが、今回は心理学のエキスパートに文武両道について解説してもらった。
そこには、デキる子だからこそ陥りやすい罠も・・・。そして罠から救う親だからこそ出来ることは何なのか?!
医学博士で臨床心理士の松村亜里さんは、ニューヨーク郊外で米国人の夫と2人のお子さんを育てるママでもある。
ニューヨークで臨床心理学の修士課程を修了し、日米の高等教育機関でカウンセリングや心理学の講義を担当。その間、親にも先生にも打ち明けられない心の闇を抱えた学生たちを見ていくうちに、心が病む前に予防していく大切さを痛いほど感じ、公衆衛生学やポジティブ心理学の学びを深めた。
2012年に再渡米後は「幸せを科学する」をテーマに最先端の心理学メソッドを一般の人でもわかりやすい言葉で伝えるセミナーを数多く開催。2016年には日本でたった2週間の間に8つのセミナーを開催し、350名が参加するなど日本の心理学界において今最も注目される人物だ。
そんな心理学のエキスパートは、文武両道は「できると思う」という。
子供が選んだ活動であること
文武両道であるために大事なのはまず、これをやると子供が自ら決めることだ。
「文武両道であるためには、本人にそういう意思があること。そこを見過ごして、うちの子を文武両道にしようと親が思って、走りが速そうだから走らせたり、英語ができそうだから勉強させたり、才能を親が勝手に感じてやらせると危ないと思います。そういう文武両道は難しいでしょう。
親がなぜ大事か話し合って、最初の頃にちょっと無理させるのは悪いと思わないんですが」
ーー強制しないが、「ちょっと無理させるのはいい」というのは、かなり難しいのでは?
「うちの例ですが、以前は補習校(注1)で日本語を勉強していたんです。そのうち息子にストレス症状が出てきて辞めました。ストレスというのは、怒りをコントロールできなくなったり、土曜の朝、起きてこなかったり、隠れたり。現地校でも怒ったり、そういうそれまでにないことが起こったら、それはかなり我慢しているなと、これ以上はダメだと思ったの。
そのあとブルックリンの日本語学園に行くと、楽しそうにやっていました。学校のある土曜日にスポーツを始めたので学校は辞めて、今、息子、娘とも永住者向けの日本語塾に通っているのですが、今度は娘の方が最初嫌だ、嫌だっていう。二人とも性格が違うんです。まずは体験に行こうってなったけど、その時、娘となぜ日本語が話せることが大切なのかじっくり話し合いをして、『きっと何回か通ったら好きになると思うよ』と言って連れていったら、どんどん楽しくなってきて、前はやらなかった漢字練習をやったりしています。
うちはわかりやすいタイプですが、息子のように明らかにストレスが出てきたときに無理矢理させるのは逆効果。娘の場合のように、最初は嫌がっても親から見て合いそうだったら、きちんと話をすることが大事。バランスだと思います」
−−ちょっとの無理と言っても、何回くらいまでならオッケー?
「年齢や物事、状況に影響されるので正解はないと思いますが、私の場合2回か3回でしたね。10回はやらせないと思う。あとはどのくらい、本人からサインが出ているか。文武両道をしている時点で、すごいエネルギーを人より必要としているわけですから、嫌だって言うのが身体的に現れているのか、頭では嫌だと思っていても、行って帰って来たら楽しそうにしてるとかでわかると思います」
人のエネルギーは限られている
−−子供が使っているエネルギーをわかりやすく説明すると?
「これ、私はとても大事なコンセプトだと思ってるんです! 心理学者のロイ・バウマイスターが唱えた自我消耗説(Ego-depletion theory、注2)というのがあるのですが、人の意思の力は限られていて、何かに使うと何かに使えなくなるというもの。
イメージではこうです。
朝起きた時はプールの水はいっぱいなのに、毎日の活動の中で漏れていく。穴から出ていく量が多かったり、少なかったりがあり、どんどん水は抜けて減っている。
プールの水は何かというと、頑張る力と我慢する力です。水が減るとこの力も減っているわけですから、頑張ることができなくなったり、我慢ができなくなったりします。
だから、文武両道であるためには、その人のプールの水を漏らさないようにすることと、うまく増やしていくのが大事。増やす方法は4つあるんです」
−−増やす方法は大人も子供も一緒ですか?
「同じなんです。プールの水を増やす4つの要素は、栄養、睡眠、運動、それとポジティブな感情。好きなことをやらせてあげて、甘いものじゃなくてタンパク質やミネラル、良質の油をとらせて、成長ホルモンが出る夜10時にはきちんと寝かせてあげて、そういう風にしていくと、文武両道で使える意思の力を増やすことができると思います。だから、好きなことをやることが大事なわけです。
親は子供に幸せになってもらいたい。その幸せが、成功に付随していると思っているから成功させようと頑張るけど、子供がしたくないことを無理矢理やらせるということは、ポジティブな感情が湧いてこないから、プールの水は出ていくだけ。そういう子達が、今日本で息切れしちゃってるんだと思う。自分がやりたくないことをやらされ続けると、意思の力がなくなくなってしまいます。
楽しいことは、やりながら意思の力が作られていく。だから続くんです。」
デキる子にありがちなと落とし穴
そして最も大事だというのが「子供が練習すればするほど出来るようになるというしなやかマインドセットを持っているか」だと言葉に力を込める。
しなやかマインドセット(Growth mindset)と硬直マインドセット(Fixed mindset)という言葉を聞いたことがあるだろうか?
スタンフォード大のキャロル・ドウェック心理学教授が2006年に発表した著書「Mindset」で説いた人の能力は心のあり方次第で伸びるという考え方で、能力は努力次第で伸ばると思っている思考パターンを「しなやかマインドセット」、能力は生まれつき変わらないと考えることを「硬直マインドセット」と呼んでいる。
つまり、「あの人が成功したのは生まれつき頭がいいから」と言うのでなく、努力すればするほど自分は伸びると思うことで、成長していけるのだ。
しかし、人間は生まれた時は皆しなやかマインドセットを持ち合わせている傾向があるが、気づかないうちに危ない落とし穴にはまっていくことがあるという。
「しなやかマインドセットを育てるのは、能力や結果を褒めるパーソンプレイズではなく、過程を認めてあげるプロセスプレイズなんです。
文武両道の子たちのとても危ないところは、スポーツで習得が早かったり、成績が良かったり、何か出来る子は、どんどんパーソンプレイズを受けていくわけです。『You are great.』『 You are talented.』って。
結果や個人の能力を褒められることが増えていくと、最初はなかった失敗に対する恐怖心が出てきちゃう。できているから素晴らしいとなってしまうので、できなかったら素晴らしくないわけです。失敗したら自分には能力がないことになっちゃうから、失敗するのが怖くなる。
最初は楽しくしなやかマインドセットでやっていたものが、能力は生まれつきだと思っちゃうことで『私は出来るんだから、出来ないとダメ』とコチコチなマインドセットが出てきてしまいます。
出来る子達の落とし穴、はこういう所だと思います。
だから、いい結果がで始めた時に、周りがすごい気をつけなきゃいけないのは、プロセスプレイズすること。コーチがYour daughter is great、talentedとかいいだしたら、どうやってプロセスプレイズに出来ると思いますか? ある質問が出来るんです」
落とし穴から子供を救う一言
−−え?!なんでしょう??
「『どこらへんが良かったのですか?』と具体的に聞くことです。
例えば、テニスをやっていて、『あなたのお子さん、すごい才能がある』と言われたら、『どのへんが?』『How exactly she was good? 』とかね。
具体的に聞いていくとどうしてもプロセスプレイズになるから。コーチが子供の前でパーソンプレイズしだしたら、『どこらへんが良かったですか? それがわかったら、次に繰り返せるので教えてください』と」
−−頑張っても結果が出ない時があります。そういう時は親として何ができるでしょうか?
「今やっていることが足りないんだと思って増やさないことが一つです。その代わり違う方法をしてみるといいですね。ちょっと叱ってだめだったらもっと叱る。1時間やってダメだったら3時間やらせる。3時間やってダメだったら6時間じゃなくて、今効果がなければ、何でもいいから違うことをやってみるという、そういう視点が大事だと思います。
先ほどお話ししましたが、子供はそれぞれプールの水の量が決まっているので、それをうまく調整することも大事です」
自主性がない時はどうしたらいい?
−−逆に、うちの子はやりたいものがないのが悩みというのも聞きます。
「生まれた時からずっと、何もやりたいって言わないっていうのは聞いたことがありません。だって、子供は生まれつきしなやかマインドセットを持っている傾向がありますから。
一人で食べたがったり、靴を自分で履こうとしたり、なんでも興味を持っている時に、危ない、時間がないとかでやる気を折り続けちゃうと、やりたいと言ってもダメと言われることを勉強してしまいます。
小学校1年生、2年生になって何かやりたいと言わないかなと望むなら、早いうちからやりたいことをやらせてあげるといいでしょう。靴紐を結びたいけど、早く行かなきゃいけないなら、明日は10分早く準備を始めるとか。毎日は無理でも、急にサッカーやりたい、野球をやりたいと言う前に、お手伝いしたいとか、掃除を手伝いたいとか、虫取りしたいとか(笑)そういう時にチャンスを与えてあげると、やりたいっていう気持ちは伸びると思います」
−−自分でやりたがる時期を過ぎちゃった人はどうすればいいでしょう?
「大丈夫です。いつでもやり直せます。少し大きくなってから自主性が伸びないと親が言っている場合は、生まれつきの性格の場合もありますが、自主性が育つと言われてる4、5歳のころにやりたいことがやらせてもらえなかった場合もあります。自主性を伸ばすためには、『牛乳がいい?ジュースがいい?』と簡単なところから選択肢を与えたり、指示しないでやらせてみたりするといいかもしれません。」
文武両道は可能なのかどうか。それがインタビューの出発点だったが、子供にとっての幸せとは何だろうか?
文武両道を突き進み、奨学金を得て超有名大学進学すること、人よりも勉強が進んでいることが幸せなのだろうか?
子供の幸せを願いつつ、幸せ=目に見える結果を求めていることもあるかもしれないと、親が広く大きな視野を持ち続けることが必要なんだと思う。子供にとって一番の理解者は、側にいる親なのだから。
(注1)外務省のホームページでは「在留邦人がその子供の国語等の学力維持のために設立している施設」とされている。海外にありながら、日本の学習指導要領に沿ったカリキュラムをこなすため、週に1度の授業はハイペース。
(注2)自我消耗説に異論を唱える研究もある。
松村亜里(医学博士、臨床心理士、認定ポジティブ心理学プラックティショナー)
コロンビア大学ティーチャーズカレッジで臨床心理学の修士課程を終了後、国際教養大学とラガーディア短期大学でカウンセリングと心理学の講義を担当。そのうちに心の問題を発症する前の予防と、健康促進の大切さを実感し、秋田大学大学院医学系研究科博士課程で公衆衛生学を学ぶ。2012年に再渡米。ニューヨークライフバランス研究所代表。一般社団法人ウェルビーイング心理教育アカデミー理事。