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辛すぎて自殺する人も。ハリウッドの撮影クルーが過酷な労働状況を告白

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 撮影現場の仕事がきついのは、当たり前。でも、残業代をがっぽりもらえるから、文句は言わない。

 ハリウッドの映画やテレビの現場で働くクルーにとってのそんな常識が、今、崩れつつある。スタジオやプロデューサーらがパンデミックのロックダウンで遅れを取った分を取り戻そうと、現場にさらなるプレッシャーをかける中、「黙ってこの状態を受け止めていいのか」と、クルーらが疑問を持ち始めたのだ。折しも、彼らの多くが所属する組合IATSE(International Alliance of Theatrical Stage Employees & Moving Picture Operators of U.S. and Canada)がスタジオや配信大手の代表との間に結ぶ契約が、切れたところ。組合のメンバーは、更新において納得がいく改善がなされなければストライキも辞さない構えを見せている。

 彼らが声を上げるきっかけを作ったのは、27歳の照明テクニシャンだ。パンデミックですべての現場がシャットダウンしていた間、失業保険でしのいでいた彼は、ようやく撮影が再開すると、喜んで仕事に復帰した。しかし、労働時間はどんどん長くなり、ひどい時には1日19時間も働かされるように。自分たちの置かれた状況について考えた彼は、インスタグラムに「プロダクションアシスタントとして仕事をしていた時、24時間働かされたことがある。ラッシュアワーに帰宅する途中、フリーウェイを運転していて寝てしまいそうになった。お金がなかったから残業代は嬉しかったけれど、まともな給料をもらうために命を危険にさらしてもいいものか」と投稿したのだ。

「#ReasonableRest」(まともな休憩)というハッシュタグがついたその投稿は仲間たちの共感を呼び、彼が立ち上げた「IATSE STORIES」というアカウントには、続々と体験談が寄せられた。彼同様、疲れて運転中に寝てしまいそうになったという話はたくさんあり、中には実際に車をぶつけて怪我をしてしまったという人もいる。「無茶な締め切りの中でいろいろなことをやらされ、本気で死んでしまおうと思った」「知り合いがふたり自殺をした。もうひとりは自殺未遂をした」という投稿もあった。家に帰っても寝るだけなので、家族関係に支障が出る、子供を持てないといった不満も多数見られる。

 また、クルーは現場での地位が低いことからしばしば欲求不満の捌け口にされ、パワハラを受ける実態も明かされた。「27時間仕事をしたけれども、後でプロデューサーからいろいろ言われるのが面倒だったから24時間としか報告しなかった」という投稿もある。一番近いトイレまで車で10分かかる場所でロケをした時、現場が人手不足なこともあり、生理中にもかかわらず16時間もトイレに行かせてもらえなかったという女性の話もあった。本来ならばルールであるはずのランチ休憩ももらえないことが多いようで、「撮影が始まって8日目に初めてもらえた」という体験談もある。

 そんな彼らはまた、簡単に使い捨てされる存在でもあるのだ。ある人は、事故で怪我をした時、「2週間は有給休暇をあげるが、それを過ぎたら解雇」と言われ、仕事を失いたくないがために6日で復帰したと語る。別の人は、大物俳優が自分の家に近い街で撮影したいと言い張り、すでに集められているクルーが仕事を失う危機に直面していると述べた。「この仕事を取るために別の仕事を断ったクルーもいる。ロケ場所が変わったら、そこまで行くためにより長い通勤時間を強いられる人もいる」と、投稿者は、現場の人々に何の思いやりもないスターを批判している。

 使い捨てなのだから、賃金は安い。ある人は、「トレーダー・ジョーズ(スーパー)でバイトをしていた時は時給23ドルで、半年ごとに昇級があった。なのに、この仕事では時給16ドルしかもらえない」と投稿。とりわけ家賃の高いロサンゼルスでは、長い時間働いても、生活するのに十分な稼ぎを得られないとの不満が、あちこちに見られた。

すでに良い変化の兆しが

 そんな彼らには、今、少し希望が見え始めている。このインスタグラムのアカウントが業界で注目されるようになったことで、現場の意識が多少なりとも変わったようなのだ。ある人は、「労働時間が長くなった日は誰でもUberやLyftを使っていいと言われた」と、クルーが無理して運転しなくていいよう気遣いがされるようになったと喜びの報告をしている。帰宅するために運転していて寝てしまったという例がこれほど多かったことに、関係者はショックを受けたのだろう。

 だが、彼らが求めていることは、もっとある。そのために、現在、新しい契約内容についての交渉が進められているのだ。話し合いで決着がつかなければストライキをすることで、組合員は合意をしている。ストライキで収入がなくなればクルーも困るが、今のような状況を我慢し続けるわけにはいかないと、彼らは決めたのである。

 映画やテレビは、クルーなしには制作できない。脚光を浴びるのはいつも俳優や監督、プロデューサーだが、その人たちがレッドカーペットに立てるのも、現場で一生懸命働いてくれる、これらの人たちがいるからだ。そして、彼らも、人間。家族との時間を持ち、肉体的、精神的健康を保つのは大切なこと。もっとありがたがられて当然なこの人たちの生活について、スタジオやプロデューサーは、ほとんど考えてこなかった。この機会に、ようやく考え直し、少しだけ懐を痛めることをしてあげるだろうか。それができなければ、ロックダウンがとっくに終わったアメリカに、再び撮影のシャットダウンがやってくる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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