売れなければ「売れないから」でいい。そこになぜ、「外国人」を持ち出す必要が?
■はじめに
コンビニには、一般の雑誌や本に並んで、性表現があふれるいわゆる成人向け雑誌(以下では簡単に〈成人雑誌〉と呼びます)が置かれています。女性や子どもも日常的に利用するコンビニで、このような雑誌類が売られていることについては以前から議論がありましたが、最近、大手のセブン・イレブン、ローソン、ファミリーマートが、今後、店舗での販売を原則中止すると発表しました。
経営方針のこのような大きな転換の背景には、コンビニでの出版物の売上高が確実に減少しているということが考えられます。2000年のはじめには、売上の7%前後を占めていた出版物ですが、現在では2%台、およそ43分の1にまで落ち込んでいます。
不破雷蔵「コンビニの雑誌や本の売上はどれだけ落ちているのか」
売り場の物理的な空間も限られていますし、コンビニとしては利益率の高い、良く売れる商品を並べ、売れ行きの悪い商品は撤去するのは当然のことです。だから、後述のように、売り方に手間のかかっている成人雑誌の全店舗での取扱い中止についても、端的に「雑誌の売上減少」が理由だとすれば、それはそれとして納得できることです。
ところが、今回の成人雑誌取扱中止に際して気になるのは、2020年の東京五輪や万博などの国際的イベント開催による訪日外国人への配慮も主な理由になっている点です。
この〈訪日外国人などへの配慮〉とは、いったい何なのか、また、そのような理由で、私企業といえども全国に店舗をもつコンビニ大手が、国内の出版物の流通に大きな影響を与えることに問題はないのかということを考えてみたいと思います。
■そもそも〈成人雑誌〉とはどのような雑誌なのか
流通について何らかの制限を行うことが認められている(性的な)出版物には、さまざまなものがあります。一口に「成人雑誌」といっても、具体的にどのような出版物を指しているのかを明確に意識して議論しているわけではないように思います。
現在、性的な内容を理由に流通などが制限されている出版物は、次のように区別することが可能かと思います。
〈児童ポルノ〉
児童ポルノとは、18歳未満の児童を被写体として製造されたポルノのことです。児童ポルノ禁止法は、児童ポルノの陳列や頒布、製造や所持などについて厳罰に処しています。印刷物に対する規制としては、もっとも厳しい規制を受けています。
〈わいせつ図書〉
わいせつ図書とは、(1)ことさらに性欲を興奮又は刺激させ、(2)普通人の正常な性的羞恥(しゅうち)心を害し、(3)善良な性的道義観念に反するものです。刑法は、その公然陳列、頒布、販売などを処罰しており、成人であろうと、未成年であろうと、そもそも国内に流通することじたいが禁止されています。ただし、「わいせつ図書」の製造や所持じたいは処罰されていません。
〈有害図書〉
有害図書(東京都では「不健全図書」と呼ばれています)には、指定図書と表示図書の2種類があります。
ー指定図書ー
指定図書とは、都道府県の条例によって、青少年の健全育成を阻害するものとして特別に「青少年に有害」と指定されたものです。端的に有害図書という場合は、ふつうこの指定図書のことを指します。条例の内容は自治体によって微妙に異なりますが、条例の基準にしたがって、それぞれの自治体に設けられた民間人を含む審議会で有害指定の審査がなされます。
有害指定がなされると、ゾーニング(区分陳列)や販売方法についての厳格なルールが適用され、青少年に対する流通が禁止されます(違反した場合は処罰)。
ー表示図書ー
指定図書とは、自治体の審議会で有害の審査を行う前に、図書類の製造・販売を行う業者で組織され、かつ知事が指定した団体が図書類を審査し、自主的に青少年の閲覧などが不適当であると認めたものです。DVDやゲームソフトなどに下のようなマークがついていれば、指定図書と同じ有害図書としての扱いを受けます(以上は大阪府の場合。他も大同小異)。
指定図書も表示図書も、その流通には厳格なルールが適用されるため、これらはコンビニには置かれていません。大手のコンビニが取扱を中止するという、今問題になっている成人雑誌とは、実は次の類似図書のことなのです。
〈類似図書〉
類似図書とは、上の3種類の印刷物と違って、法律や条例でその流通が規制されているものではありません。しかし、実際には、青少年への流通が自主規制され、店頭への陳列の際にはカバーがかけられていたり、青いシールで封がされていて、立ち読みができないようになっています。
このような措置を、どの雑誌に行うのかは、一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会のガイドラインに沿ってなされています。ただし、そのガイドラインの詳細は、協会の会員のみが閲覧できる会員サイトにログインしないと閲覧できない仕組みになっていて、外部からはよく分かりません。
以上のことを表にすれば、次のようになります。
■〈訪日外国人などへの配慮〉という理由の実体は?
以上のように、大手コンビニチェーンが今後取扱いを中止する成人雑誌とは、類似図書のことです。類似図書については、ある雑誌がそれに該当するかを、だれが、どのように判断しているのかが不明確であるということは、すでに多くの人が問題にしていることですので、立ち入りません。ここでは、大手コンビニチェーンが訪日外国人などへの配慮を理由に追加して、類似図書の今後の取扱いを中止することの是非が問題です。
雑誌の売上高が商品の取扱いの判断に直結するというのは当然ですし、理解可能です。にもかかわらず、なぜ、わざわざ〈訪日外国人などへの配慮〉に言及する必要があるのでしょうか? 見たくない人、見せたくない人に配慮したいというならば、今ではどこでも見られるタバコの販売方法のように、たとえばクリアファイルに雑誌の表紙と目次などのコピーを入れ、客がそれを見て買いたい雑誌を決め、レジで店員にその番号を告げるといったような販売方法もすぐに思いつきます。現在のシール留めやカバーの費用や手間に比べれば、より簡便な方法ではないでしょうか。
問題は、成人雑誌を販売する側に、端的な売上減の理由ではなく、このような簡易な方法による販売の可能性をも一挙に飛び越えさせる〈訪日外国人などへの配慮〉の実体です。
性表現が日常空間に無節操に溢れる社会は、どう考えても健全な社会とはいえません。公然となされる露骨な性表現については、それを見せつけられた人の羞恥(しゅうち)心を刺激し、不快感を与えます。そのような性表現について、自主規制であろうと、法規制であろうと、一定の制限が設けられることは、社会が快適であるための当然のルール設定だと思います。
しかし、とくに誰かの権利を妨害したということなく、見る側と見せる側の相互の同意を前提として非公然になされる性表現については、原則的に許容されるべきではないかと思います。性的表現物の流通についても同じです。
そこに何らかの理由を持ち出して制限しようとする社会の方向は、そのような性的表現物とそれを求める人びとに対する、蔑視や卑下などの感情と基本的に同質であって、まさに嫌悪感という言葉で表現されるべき感情だと思います。つまり、〈訪日外国人などへの配慮〉といっても、それは仮想の被害者であり、彼らに対する配慮といっても、それは、規制を求める人たちが存在しているこの空間で、非公然であってもそのようなことが行われていることに対する、我慢ならない感情のようなものではないでしょうか。
■まとめ
たかが成人雑誌に何を大げさなと思われる人もいるでしょう。しかし、このような広く〈環境浄化〉と呼ばれるような社会の方向性は、日本で大きな国際イベントが行われるたびに問題提起され、新たな規制が肯定されるという流れができてきているのです。
たとえば前回の東京オリンピック(1964年)のときには、社会の浄化運動のためとして、〈悪書追放運動〉が全国的に展開され、PTAの婦人会によって小学校の校庭で大量の漫画が焼かれたりしました(焚書事件*)。中には手塚治虫の『鉄腕アトム』もあったということです(竹内つなよし作の『赤胴鈴ノ助』は親孝行だから良書だとされました)。また、この悪書追放運動によって、現在ではすべての都道府県で制定されていますが、青少年健全育成条例の制定が広がりました。また、青少年の不良化防止を名目に、テレビの〈低俗番組〉追放などの動きもありました。
単純に「売上減少のため」といえばいいものを、あえて〈訪日外国人などへの配慮〉という理由を付け足した奥には、そんな危うい排除のベクトルがあるのではないかという危惧感を覚えるのです。(了)
[*]焚書事件ー橋本健午『有害図書と青少年問題』(2002年11月、明石書店)106頁以下。
【参考サイト】
- 朝日新聞:セブンとローソン、成人誌の販売中止へ 8月末までに
- 朝日新聞:成人向け雑誌は「面倒な商品」 コンビニが見切る理由
- 毎日新聞:ファミマも成人誌販売中止 8月末までに全店舗で
- 読売新聞:セブンとローソン、成人向け雑誌の販売終了へ