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「『R-1』は夢と呪い」。絶望からのV字回復、ヒューマン中村がつかみ取った人生哲学

中西正男芸能記者
「R-1」から得た教訓を語るヒューマン中村さん

 「R-1ぐらんぷり」で決勝進出6回という圧倒的戦績を残すヒューマン中村さん(38)。「生活の全てが『R-1』。夢であり、呪いでした」という日々を送ってきましたが、ルール改定で昨年から芸歴的に出場できなくなりました。最大の目標を失いましたが、茫然自失の中で光を見出し初の著書「おもしろ漢字辞典 こんな漢じでどうですか?」も3月31日に上梓します。絶望からのV字回復。そこには芸人という枠にとどまらない人生哲学がありました。

失って得たもの

 ネタの本を出すというのはずっと願っていたことだったので、本当に、本当にうれしく思っています。

 関西テレビ「机上の空論城」の中で“24時間でツイッターを100回更新したらどれか一つはバズる”という検証企画があって、去年それを僕がさせてもらったんです。

 100個ツイートしないといけないので、動画ネタ、あるあるネタなどあらゆるパターンのツイートをしていく中で出した漢字ネタが話題になりまして。

 放送を見てくださっていた編集者さんから去年の秋に「本にしませんか」というお話をいただき、それが今回発売になったという流れなんです。ただただありがたいことでもありますし、実はここに至るまでの流れに幾重にも救われました。

 2020年11月25日、「R-1」の出場規定の変更が発表され芸歴10年までの人しか出られなくなりました。となると、もう僕は出られない。

 発表3日後に「R-1」に向けての単独ライブを開催することになっていたくらい唐突なことだったので、茫然自失というか、何をどう動いていいのかも分からない。芸人を辞めるという選択肢も頭に浮かびました。

 そんな中で、規定により「R-1」に出られなくなった芸人を集めた「R-1ぐらんぷりクラシック」という大会に呼んでいただき、そこで優勝することで「机上の空論城」に呼んでいただきました。そこから漢字ネタ、そして今回の書籍へとつながっていったんです。

 「R-1」には出られなくなったものの、実は仕事の広がりだとか新たな仕事の数でいうと、去年がこれまでで一番多かったんです。

 「R-1」を目指している時は、全ての時間と力をそこに注いでいました。世に出るための唯一の方策だと思ってやっていたことを失って世に出た。皮肉なものだと思いますし、ありがたくもあります。なんなんでしょうね、でも、本当にそんな感じなんです。

 「R-1」がなくなってからの方がいろいろな場に呼んでもらえるようになった。自分で言うのはナンセンスの極みでもありますけど、そこに何か要因があるとすれば「本気で『R-1』と向き合っていた」ということなのかなと思います。

 以前は毎月単独ライブを開催して10本は新ネタを出すので、年間100本以上は作ってました。ネタ作りでずっとファミレスにいるような生活でした。

 ただ、お客さんの前に出せるネタを100本作っても、その中で「これなら『R-1』で勝負できる」と思えるようなネタは1本あるかないか。

 幸い、それが見つかってもそこからが本番で、そのネタを磨く作業に入っていきます。例えば、フリップネタだったら「R-1」のネタ時間的におよそ30枚のフリップを出すことになる。その30枚の精度を上げるための作業を繰り返すんです。

 ベストの30枚を探し出すために500枚は作らないといけない。「R-1」本番までの何カ月かは同じ大喜利のお題をノートに書き続ける生活になります。

 これは決勝には行けなかったんですけど、僕のネタで“四字熟語”というのがあって、四字熟語に一文字漢字をプラスして違う意味にするというものなんですけど、四六時中、四字熟語と漢字の一覧を見て新たな組み合わせを探す。それだけを考える毎日になるわけです。

 なので、最初に単独ライブで披露した時のネタとは中身が完全に変わって、設定だけそのままで30枚は全替えということも多々あります。

 そのモードに入ると「何か違うことをしている間に、面白いフリップを思いつくチャンスを逃しているのでは」という思考になって、他のことを一切したくないと感覚になるんです。ほかにも準決勝の前夜、感情がいっぱいいっぱいになって涙が止まらなくなったり…。正直、そんな状況でした。

 なので、自分にとっては「R-1」がなくなるというのは悲劇であり、絶望でしかなかったんです。でも、その中で分かったのは少し距離を置いて外から見たら、それはある意味、面白いことにもなるんだなと。

 必死に「R-1」というハシゴを上っていた人間がいきなりハシゴをはずされて、もうハシゴはないのに手足をバタバタさせてまだ上ろうとしている。これは悲劇であると同時に、離れて見たら喜劇でもある。そこを面白がってもらえる感覚が僕にとってはとても新鮮でもあったんです。

 面白がってもらえているからこそ、いろいろな場に呼んでもらえる。ということは、優勝はできなかったけど本気で「R-1」と向き合ってきた時間は無駄ではなかったんだ。そう思えるようになりました。

 それこそ、出られなくなる発表の3日後に単独ライブをやったというのも今となってはエピソードになりますし、何もかも無駄ではない。ちゃんと向き合ったことにはちゃんと意味がある。

 そして、この仕事なら、それを面白がってくれる人もいる。それを知る中で、自分が救われていく感覚も味わいました。

 これも皮肉なことなんですけど「R-1」を目指していた時はヒューマン中村と名乗っているのに、人間味が見えないというか「機械のようにネタだけを作り続けている人」みたいなイメージを持たれている部分もありました。

 それが出られなくなると「『R-1』を失った悲しい芸人」という人間味が出てきてやっとヒューマンストーリーが見えてきたと(笑)。そんなことも言われました。

 「R-1」に出られなくなったことがプラスになる。簡単に言える言葉ではありませんでしたが、今は少しずつそう思えるようになってきました。

「R-1」とは

 今思うと「R-1」は“夢”であり“呪い”でした。夢だからそこに向かって頑張るけれど、そこから外に出られない呪いでもある。とにかくしんどかったです。

 でも、そのしんどさはやらなアカンことだったと思います。強豪校の部活みたいなもので。練習が厳しいことは分かっていたし、やっぱりものすごく厳しかったんですけど、やるしかない。勝つためには。その毎日でした。

 ただ部活を卒業したら、それが良い思い出になってくる。まだ卒業してそこまで時間が経ってませんけど「『R-1』は“母校”」という感じにもなってきました。

 だからこそ、心の底から「R-1」が盛り上がってほしいと思います。そら、母校は栄えてほしいですからね。

 そして、僕は僕で何とか頑張って、メジャーに行って母校に寄付する野球選手みたいなことができたらなと思っています。

 …例えとしたら、だいぶおこがましいことになってしまいましたけど(笑)、少しでもその構図に近づけるよう積み重ねていきたいと思います。

(撮影・中西正男)

■ヒューマン中村

1983年9月8日生まれ。石川県出身。中村高志。吉本興業所属。NSC大阪校25期。コンビでの活動を経てピン芸人に。「R-1ぐらんぷり」で決勝に6回進出するなど圧倒的な戦績を残す。「上方漫才協会大賞」文芸部門賞、「R-1ぐらんぷりクラシック」MVPなど受賞。関西テレビ「かまいたちの机上の空論城」の企画をきっかけに、自身のTwitterにアップした創作漢字ネタが話題となり初の著書「おもしろ漢字辞典 こんな漢じでどうですか?」(KADOKAWA)が3月31日に発売される。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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