沖縄県民はなぜ不健康になったのか 社会背景とデータから読み取く解決策
今月24日、厚生労働省は、介護などの必要がなく健康的に生活できる期間を示す「健康寿命」について、2022年の全国平均が男性 72.57歳、女性 75.45歳だったと公表しました。3年ごとに全国のおよそ20万世帯を抽出して実施される調査に基づいています。
また、都道府県別の健康寿命も算出されており、沖縄県については、男性 71.62歳で全国45位、女性 74.33歳で全国46位という低い順位でした(図1、2)。かつては「健康長寿の島」として知られた沖縄の凋落ぶりに、多くの沖縄県民がショックを受けています。
この結果に対して、少なからぬ人々が「沖縄県民の糖質や脂肪の多い食生活が問題ではないか」と指摘しており、行政も「食習慣の改善」を呼びかけています。しかし、実は、問題はそれほど単純ではありません。むしろ、そのような単純化された理解のまま、打つべき手を打てないで来たことが、いまの状態を招いてしまったとも言えます。
私は、沖縄県の県立病院で内科医として勤務し、救急医療や在宅医療にも従事しています。こうした視点から、なぜ沖縄県が不健康になってきているのか、いくつかのデータを交えて検討し、どのような取り組みが求められているのかを考えてみたいと思います。
早期に要介護に陥る高齢者たち
まず、要介護の手前にある前期高齢者(65-74歳)の実態を見てみましょう。図3は、前期高齢者における要介護3~5認定率を、都道府県別に比較したものです。すると、沖縄県では、この年齢層からすでに全国に先駆けて要介護になりはじめていることが分かります。
沖縄県に暮らす前期高齢者の50人に1人が、自力での立ち上がりや食事・排泄ができないなど、日常生活で常に身体介護が必要な状態(要介護3以上)にあることは深刻な問題です。こうして、介護の人手不足をさらに加速させているのです。
当然ながら体調を崩す方も少なくなく、沖縄県で繰り返されている医療ひっ迫の基本的な要因となっています。医療費や介護費もハネ上がり、若い世代の保険料負担も大きくなっています(図4)。本人の問題だけでなく、次の世代への悪循環ともなっているのです。
放置される高齢者の生活習慣病
沖縄県民の生活習慣を改善し、住民健診などで糖尿病や高血圧を指摘された人が、かかりつけ医をもって定期的に受診し、自己管理できるようになることが重要です。
ところが、沖縄県は全国でもっとも前期高齢者の要介護認定率が高いにも関わらず、その世代の外来受療率をみると全国でもっとも低いのです(図5)。つまり、放置しているのですね。
市町村が開催する市民向けの健康講演会では、望ましい食習慣や運動といった一次予防(病気を未然に防ぐ取り組み)の話題が中心です。しかし、糖尿病や高血圧を指摘された人の合併症を防ぐ二次予防(病気を進行を抑える取り組み)については、「医療の役割であって市町村の保健活動ではない」と割り切られている節があります。
しかし、医療側からすれば、患者が受診してもらえなければ、どうしようもないのです。住民健診や職場健診で生活習慣病を指摘された人が、きちんと定期通院するよう医療機関としっかり連携して支援する必要があるはずです。
また、外来受診であっても、時間外の救急外来を受診する患者が多いのが沖縄県の特徴です。図6にあるように、定期受診をせずに時間外の救急外来を受診する患者が多いのです。実際、救急外来で診療していると、糖尿病や高血圧といった基礎疾患を抱えながらも、かかりつけ医を持たない患者が多いことに驚かされます。
ギリギリまで我慢して、それでもダメなら救急外来へ・・・。そして、その場をしのぐ治療を受けたら、自宅に戻り、また放置や我慢を繰り返す。そのような実態が続ているのです。時間外の救急外来では手薄な対応になりがちですが、診療所に繋ぐところまで果たさなければならないと感じています。
そして、市町村の保健師や生活保護の担当者は、救急受診を繰り返している住民をみつけたら、かかりつけ医を持たせ、定期通院できるようになるまで支援いただきたいと思います。本来、医療保険の保険者には、そういう役割があるのではないでしょうか?
見守りと支えのない高齢者たち
沖縄県において、とりわけ保健師や生活保護のケースワークが重要である理由があります。それは、身寄りのない独居者が多いためです。
沖縄県では、前期高齢者の5人に1人が独居で暮らしており、この割合は東京都に次いで2番目に高い数値です(図7)。
沖縄県の未婚率や離婚率の高さも独居高齢者が多い一因ですが、経済的に余裕がない家庭では、親子の同居を解消(世帯分離)することで、高齢の親が生活保護を受けやすくするケースも見られます。こうした現象は、社会制度が生み出している高齢独居とも言え、何らかの行政対応が求められます。
要介護状態となればケアマネやヘルパーによる見守りがありますが、その前段階の高齢者が、外出する体力や気力を失って、自宅で孤独に過ごしていることが少なくありません。とくに男性では、社会的なつながりを失っていても、助けを求める声をあげられずにいます。
こうした高齢者は、夜間に体調不良を起こしても気づかれにくく、自宅で倒れているのを翌日になって発見され、重症化してから救急搬送される事例が後を絶ちません。見守る人がいないため、治療が終わっても帰宅させることができないことも少なくなく、沖縄県の病床ひっ迫の一員となっています。
独居の高齢者が地域で見守られるよう、コミュニティの活性化が求められます。地域包括支援センターや行政、ボランティアによる見守り体制を強化し、独居高齢者の生活をサポートしていかなければなりません。「誰かが見守っている」と思い込むのではなく、定期的な訪問や安否確認を行うシステムの構築が必要です。
沖縄県では、前期高齢者(65~74歳)の有配偶率が全国でもっとも低く、3人に1人が配偶者をもたずに暮らしています(図8)。ただし、事実婚が多い可能性はあります。
沖縄県は、未婚率と離婚率のいずれもが高く(図9,10)、経済的な理由で結婚に踏み切れなかったり、結婚生活を維持できなくなっているケースが指摘されています(沖縄県人口増加計画. 平成27年9月)。親と同居したまま年齢を重ねるため、出会いの機会が限られるまま親の介護が始まることも珍しくありません。
沖縄では昔から離婚率が高いとされており、トートーメー(位牌継承)を中心とした伝統的な先祖崇拝の文化が影響しているとの指摘もあります。一方で、戦後の混乱期を生き抜いた女性たちは自立心が強く、従来の役割に縛られず離婚を選択する傾向があるとも言われています。
高齢者の生活の安定を図るためには、年金の最低保障額を引き上げることも必要です。もともと沖縄は全国最低の所得ではありますが、加えて、戦後、日本から切り離され、アメリカ施政下に置かれたことで年金制度の導入が遅れたことが、セイフティネットが効かずに困窮する高齢者を増やしていると考えられます。
実際、沖縄県の高齢者で無年金者の割合は6.2%(2022年)と全国平均の約2倍に上ります。また、国民年金の1人あたりの平均受給額も月額51,864円と全国最下位が続いています。沖縄の健康問題の背景には、高齢者の貧困と孤立があるのです。この問題は極めて困難ではありますが、目を逸らしてはなりません。高齢者の生活を支えるための持続可能な仕組みを構築していくことが急務です。
働かない/働けない高齢男性たち
都道府県別に前期高齢者の就労率をみると、沖縄県の高齢男性の就労率の低さが際立っています(図11)。働かないのか、働けないのか、それぞれに事情はあると思われますが、高齢者の貧困問題を考えるうえでは、働ける人を働くように支援することも必要です。
実際、高齢者になっても継続して働くことは、日常的に脳を活性化させ、認知機能の維持に効果的とされています。また、身体を動かす機会が増えることで体力を保ち、生活習慣病の予防にも繋がります。
働くことは、社会との繋がりを保つ重要な手段でもあり、社会的孤立の軽減に寄与します。抑うつや不安の予防にも効果が期待できます。新しいデジタルスキルを学ぶことで、正しい情報へのアクセスが向上します。収入を得ることで経済的にも安定して、自己肯定感が高まり、親族との関係も保たれやすくなります。
しかしながら、沖縄県の高齢男性のなかには、友人とたまに会うぐらいで人間関係が極めて限られている方が少なくありません。「人に会うのはスナックで酒を飲むときだけ」という方もおられます。これが前期高齢者における要介護の増加要因となっています。
沖縄県にも「シルバー人材センター」が設置されていますが、パートタイムでの就業を希望する高齢者が多い一方で、フルタイム求人が多いというミスマッチが生じています。高齢者が自身の体力やライフスタイルに合わせて働けるよう、柔軟な労働環境の整備が必要です。
また、多くの高齢者が事務作業を希望しているにもかかわらず、警備や清掃などの求人が多いという職種のミスマッチも課題です。パソコンを使いこなせない高齢者が多いという実態(ときに先入観)があり、事業者が高齢者の雇用を避けている可能性もあります。高齢者向けにデジタルスキルを向上させる教育プログラムが必要です。
高齢者がデジタル社会でもスムーズに活躍できるよう支援し、地域社会に貢献できる環境を自治体や企業とが連携して作っていかなければなりません。そして、脳梗塞や骨折などで入院したとしても、リハビリテーションを取り入れた就労支援プログラムが提供されるなど、高齢者が安心して就労が再開できるようにすることが目標です。
さらに、未就労の前期高齢者のうち家事に従事している人の割合を確認すると、沖縄県の高齢男性が、全国でもっとも家事をしていない実態が浮かび上がります(図12)。
男性が家事スキルを身に付けていないと、配偶者の健康状態が悪化したり、離婚や死別を経験したりした際に、自立した生活が困難になるリスクがあります。その結果、早期に介護や支援が必要になっていきます。
このような事態を防ぐためにも、日頃から家事を分担していくことが必要です。家庭内での役割分担に対する偏った考え方があるならば、それを是正していくことも重要です。退職後に家事を共同で行うことは、家庭内での交流を維持する大切な機会にもなります。沖縄県の離婚率の高さを考えると、結構大事なことかもしれません。
家事の役割分担にとどまらず、高齢者自身が、自分にあったバランスの良い食事を作り、衛生的な生活環境を保つことは、健康を維持するうえでの基本です。それができなければ、生活習慣病の悪化や感染症リスクの増加につながります。また、家事は身体を動かし、工夫を凝らす作業であり、もっとも身近な介護予防策とも言えます。
高齢男性の家事参加を促すため、市町村行政が取り組める施策があります。たとえば、定年を迎えた男性向けに料理や掃除、洗濯などの家事スキルを向上させる教室を開催したり、独居の高齢男性宅を訪問して現場で家事の実践をサポートすることが考えられます。
男性の介護予防とは、体が弱ってきてからではなく、定年を迎えたときから始まるという理解が必要なのかもしれません。
乱れる生活習慣 酒とタバコと食
ここまで沖縄県の高齢者の健康に影響を与える社会的要因を中心に分析してきました。こうした背景からメンテナンスしていかなければ、健康長寿を取り戻すことは難しいでしょう。
そのうえで、沖縄県民の健康を阻害している疾病構造について、さらに分析してみます。図13は、主な疾患別の死亡率について年齢調整したうえで全国平均との比率を示しています。値が0.5ならその疾患による死亡リスクは全国の半分程度。逆に、2.0なら全国の倍のリスクがあることを意味します。
男女ともに全国と比べてリスクが明らかに高いのは、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、そして肝疾患であることが分かります。その背景には、食事や運動などの生活習慣、喫煙、そして飲酒が影響していると考えられます。
バランスの取れた食事を心がけ、野菜を多く摂取し、過剰な脂肪、糖分、塩分の摂取を控えること。毎日少なくとも30分の運動を取り入れること。7時間は睡眠を確保すること。喫煙を控えて、過度な飲酒を避けること。
さらに、定期的に健康診断を受け、自分の健康状態を把握すること。異常を指摘されたら放置せず、早期の治療に繋げること。生活習慣病を指摘されたら、定期受診を保つことで医師とともに管理することで重症化や合併症を予防すること。
いずれも言い古された心得ばかりなのですが、それだけ健康を保つために必要はことは決まっているのです。
なかでも、沖縄県でとくに深刻なのがアルコールの問題です。とくに男性も女性も肝疾患による死亡率が突出して高くなっています(図14、15)。ここには、個人の健康の心がけでは解決しがたい依存症という課題があります。
日本全体では、肝硬変の原因の約6割がC型肝炎ですが、沖縄県ではウイルス性肝炎の罹患者が少なく、全体の約2割にすぎません。これは、米軍統治下において、全国とは異なり、子どものワクチン接種で針を使いまわさなかったためと考えられています。
その代わりに、アルコールの過剰摂取が沖縄県のアルコール性肝硬変の患者数を増やしています。伝統的に飲酒文化が根強いこともあり、地元の泡盛などが広く消費されています。また、高カロリー・高脂肪の食生活の普及も挙げられます。これらが非アルコール性脂肪肝(NASH)から肝硬変、肝臓がんへの進行リスクを高めています。
沖縄県民の飲酒量の多さには、沖縄県が受けている酒税の軽減措置が影響していると言われます。これは、1972年の本土復帰時に日本の酒税がかかってアルコールの価格がハネ上がると、お祝いムードに水を差すと懸念されたためと言われています。
その後、ビール類や大規模酒造の軽減措置は段階的に解除されていますが、小規模酒造に対しては35%の軽減率が続いており、この差が解消されるのは2032年の予定です。安価にアルコールが手に入ることが依存者を生む一因となっています。
2010年のWHO総会で採択された『アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略』では、アルコールが世界の健康障害の最大のリスク要因のひとつとされ、課税や最低価格制を通じたアルコール価格の引き上げが効果的な施策として提案されています。
「大量飲酒者や若者を含む消費者は、アルコール飲料の価格変動に敏感である。価格設定政策を生かせば、未成年の飲酒を減少させ、大量飲酒への進行、あるいは大量飲酒につながる症状の発現を食い止め、消費者の嗜好に影響を及ぼすことができる。アルコール飲料の値上げは、アルコールの有害使用を減少させる最も効果的な介入策の一つである。」
2016年の調査では、「飲みすぎの後悔を月1回以上」している沖縄県の男性は27%(全国 8%)いて。女性では13%(同 2%)に上りました(沖縄タイムス:「飲み過ぎて後悔」「記憶ない」驚くべき沖縄県民の飲酒実態とは)。これほど多くの県民が後悔している現状を踏まえると、行政としてアルコール問題への対策を強化すべき時期に来ているのではないでしょうか?
おわりに
沖縄県の不健康が進んでいる背景について、その社会的要因から疾病構造まで検討してきました。
市町村が介護予防として取り組んでいる「介護予防教室の充実」や「地域活動の活性化」なども大切です。「高齢者の生きがいづくり」も大切でしょう。しかし、前期高齢者が介護を必要とする原因は「衰弱」ではありません。その多くが生活習慣病の管理がされていなかったため、脳梗塞や心筋梗塞、腎不全などの合併症を引き起こしているのです。
必要なことは、専門家のアドバイスに基づく自己管理です。ただし、単に地域の高齢者に「かかりつけ医をもちましょう」と呼びかけるだけでは解決には至りません。また、日中に市役所で開催される市民講演会では、生活習慣病を放置する人々に届くわけもなく、健康教育は空回りするばかりでしょう。
健診異常を放置している人、救急受診を繰り返している人、アルコール依存の相談があった人、離婚や死別をしたばかりの人・・・。様々なSOSを発している高齢者が地域にいるはずです。そのような人たちへの個別のサポートが求められます。
保健師活動への予算配分を見直すだけでなく、地域包括支援センターや民生委員、あるいは断酒会など、様々な切り口から地域の高齢者への見守りと支えを増やしていく必要があります。
最後に、今後、沖縄県の高齢者人口が急速に増えることを紹介して終わります(図16)。いま、しっかり高齢者の健康を支える体制を整え直さなければ、問題はさらに深刻化する可能性があります。医療や介護の人手はさらに不足していき、適切なケアが受けられずに苦しむ高齢者が増える恐れがあります。
これは避けられない道行きである以上、そこに新たな可能性やチャンスを見出していかなければなりません。沖縄県には、元気な高齢者もたくさんいます。ゆいまーるという支えあいの文化も根付いています。若者だけに負担を求めるのではなく、元気な高齢者にも積極的に参加してもらい、地域全体で支えあう仕組みを作っていければと思います。実際、沖縄県の在宅医療の現場では、そうした住民参加に支えられることが多いです。
医療と福祉がより深く連携し、行政がセーフティネットを提供していけば、沖縄においてもまだ取り組めることは多いはずです。諦める必要はありません。沖縄県の未来のために求められているのは、県や市町村の垣根を越えてグランドデザインを示し、実行に移す政治家のリーダーシップだと思います。