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全員生還のポイントは浮いて救助を待てたこと 修学旅行中のクルーズ船事故 

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
乗船中は、ライフジャケットを常時着用(筆者撮影)

 香川県坂出市の与島沖で修学旅行中の小型船が沈没事故を起こしました。完全沈没にもかかわらず小学生ら全員が生還できたポイントは、浮いて救助を待てたことです。船に全員分のライフジャケットが準備されていたこと、救助を待つ海中の水温がギリギリ高かったことで、大惨事を免れました。

事故の概要

 19日午後4時40分頃、香川県坂出市の与島沖の瀬戸内海を航行中の小型船「Shrimp of art」(19トン)の船長から、「漂流物に衝突して船が浸水している」と118番があった。高松海上保安部によると、修学旅行中の小学6年生52人を含む計62人が乗船しており、間もなく沈没。全員が救助されたが、低体温症とみられる症状などがあった児童2人とバスガイドの計3人が、病院に搬送された。

出典:読売新聞オンライン 最終更新:11/20(金) 1:12

 産経WESTの報道によれば、香川県坂出市の与島沖で小学生らを乗せたクルーズ船が坂出港に向かっていた際、「ドン」という衝撃音があったそうです。すぐに浸水が始まり、乗組員がライフジャケットを着用するよう乗客に指示しました。全員が着用した直後、海水が足元に迫ってきたとのことです。

生還のポイント

 2つあります。ライフジャケットの数と、ギリギリ高かった海水温です。

 事故を起こした船は総トン数19トンですから、小型船舶に分類されます。筆者の免許で操縦することが可能です。こういった船舶には、定員分のライフジャケットを所定の場所に常時格納しておかなければなりません。例えば定員40名の船では通常40人分のライフジャケットを準備してあります。

 ところが、12歳未満の子供の場合には、定員については子供2人を1人に数えてよいことになっています。そのため、12歳未満の子供が定員いっぱい乗船するとなると、ライフジャケットの数が大幅に足りなくなることになります。ですから、人数に合わせてライフジャケットの格納数をあらかじめ増やしておかなければなりません。今回は、証言から「全員がライフジャケットを着用した」ということなので、これが第一の生還のポイントとなります。

 何かとの衝突によって船に穴があき、そこから海水が入り始めれば、船は沈んでいきます。今回の事故では船が沈む中、子供たちがデッキに移動し浸水から逃れます。完全に沈めば船の一部しか海面に出ないので、結果的に船の屋根の上で救助を待つことになりました。ギリギリまで海に飛び込まなかったのは、低体温を避けるためです。

 事故のあった海域の海水温は、公開されているデータによると約20℃でした。この水温は、シーズンはじめの屋外の冷たいプールに匹敵します。たいへん冷たく感じて、水中だと体を動かしていないと体の芯まで冷えてきます。要するに低体温になる温度だということです。

 この水温が第二の生還のポイントです。様々な研究により、命に影響を与える水温の目安は17℃。これを下回ると有限の時間内で命を落とす場合があります。さらにそこから1℃ずつ低下していけば、その有限の時間がどんどん短くなります。だから、冷たい海水ではいくらライフジャケットを着用していても、低体温で亡くなることがあるのです。

船長の指示は正しかったか

 いよいよ船が屋根を残し沈んでしまって、「飛び込んで船から離れるように」という船長の指示がありました。この指示は正しかったといえます。

 もっとも怖いのは船室閉じ込めです。船室に残った状態で船が傾けば船室出口が思いのほか高い位置になって、出口によじ登れなくなる場合があります。そして海水が出口から入ってくれば、それに逆らって出口から外に出ることができなくなります。次に怖いのが、船と一緒に引きずりこまれること。船が沈んでいく時に、どこかの出っ張りに服とかが引っかかれば、一緒に沈むことになります。そのため、ギリギリまでは船の上、つまり海面より上で頑張り、いよいよ完全に沈むという直前に海に飛び込んで、泳いでできるだけ船から離れることになります。

 ただ、最近の小型船はFRP構造といって、船体はセラミックス繊維を混ぜたプラスチックからなります。比較的軽くて、沈没したとしても船の一部は海面上に出ることがほとんどです。最後は船の一部の上に乗って救助を待つことができます。

障害物との衝突ー一般論

 今回は、報道によって「座礁」、「漂流物との衝突」と原因が錯綜しています。原因については、これから地元海上保安部の捜査や運輸安全委員会による調査が行われ、海難審判等の場で明らかになると思います。

 筆者の経験による一般論として、ここから少しヒヤリハットについて述べたいと思います。

 いずれにしても、船長と乗員による見張りを徹底しなければ、座礁・漂流物との衝突を防ぐことができません。ですから、船の操縦の時にはすべての方向の見張りを行います。さらに重要な作業がブリッジ・リソース・マネジメントです。

 これは、乗員が知った情報や抱いた疑問などを船長を含めた乗員全員で共有し、隙間やミスのない安全で効率的な運航を達成することを目的とした操舵室内のシステム管理法です。例えば、前方に漂流物があった場合、乗員が「前方正面に漂流物あり」と報告します。船長が「前方正面に漂流物を確認」といって、内容を繰り返します。船長は決して「そんなことはわかっている!」といってはいけないのです。

 筆者の経験例の中には、座礁を回避したヒヤリハットがあります。それは港に向かって小型船舶を操船中に、右から船外機付きゴムボートが横切ろうとした時です。なかなか横切ってくれないので、そちらに気を取られた際、乗員が「前方に岩礁あり」と叫んでくれました。それで気づき、岩礁を回避するための操縦に切り替えることができました。船の先端で見張りをしていた乗員が「いつもの岩礁だから、わかっているだろう」と解釈していたら、座礁を避けることができなかったかもしれません。

 このように、他船の航行に気をとられたとか、暗くなる前に港に戻りたいなど時間が気になる時とか、ちょっとした環境の変化が見張りやブリッジ・リソース・マネジメントをおろそかにする瞬間でもあります。

おわりに

 今回の事故、第一報を聞いた時には、1955年(昭和30年)5月11日に瀬戸内海で発生した紫雲丸事故を思い出しました。修学旅行中の広島県豊田郡木江町立南小学校(現・豊田郡大崎上島町立木江小学校)の児童などを中心に死者168名を出した事故です。

 小学生ら62人が乗船した船での今回の事故は、悲惨な大規模海難に発展したかもしれなかった事故です。1人の犠牲者も出さずに済んだのは、不幸中の幸いです。ギリギリで皆が助かったといえます。

頭休めに

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水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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