「こんな土地とはおさらば」中国国境地帯に暮らす北朝鮮国民の真剣な悩み
先月8日、北朝鮮人1人が、漢江の河口付近の南北中立区域を経て韓国に亡命した。また、20日にも、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士1人が軍事境界線を越えて韓国に亡命した。
一帯に地雷が埋設され、警戒が厳しい軍事境界線を越えての亡命は極めて困難だ。にもかかわらず、それが相次いだ話は、北朝鮮国内でも広がっている。それを知り、「うらやましい」との反応を示したのは、中国との国境に接する両江道(リャンガンド)の人々だ。かつては主要な脱北ルートのひとつとされ、地域からも多くの脱北者を出しているが、一体どういうことなのだろうか。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
亡命の情報は道内最大都市の恵山(ヘサン)を中心に広がっており、成功したとの知らせに人々は「うらやましい」との反応を示している。
コロナ前までは密輸や短期・長期の出稼ぎ、さらには韓国行きまで様々な目的で国境を越えていた両江道の住民たちだが、コロナ禍で状況が一変した。国境を経てコロナが流入すると見た当局は、国境警備をガチガチに固めた。
国境線の手前に緩衝地帯が設けられ、許可なく近づくと射殺するとの方針が示された。知らずに近づいて命を落とす事例もあった。
道内の金亨稷(キムヒョンジク)郡を流れる鴨緑江で2020年10月、こんな事件が起きた。
当局は、国境地帯に午後6時以降の夜間通行禁止令を出していたが、警備の兵士は、闇夜に動く人影を見つけ、密輸業者だと判断した。「容赦なしに銃撃してもよい」との命令を受けていた彼は、当然のように引き金を引いた。
射殺されたのは、近隣の村に住んでいた40代女性だった。密輸業者ではなく、小児マヒを患って障害を負い、老いた母親に介護されて暮らしていた。
地域一帯に夜間通行禁止令が出ていたことを認識できていなかった彼女は、母親がウトウトしている間に、いつものようにバケツを持って、水を汲みに鴨緑江にやってきたところを狙撃されたのだった。
母親の抗議にもかかわらず、軍団当局は一切の謝罪も補償も拒否したばかりか、むしろ発砲した兵士を称え、朝鮮労働党への入党手続きを進めた。
ほかにも、射殺した夫婦の亡がらを見せしめのため放置するなど、猟奇的とも言える行為が相次いだ。
(参考記事:「気絶、失禁する人が続出」北朝鮮、軍人虐殺の生々しい場面)
誕生日祝いのケーキや果物セットなど、ちょっとした贅沢品を買いに中国に行っていた時代は完全に過ぎ去ったのだ。地域経済を支えていた密輸もほとんどできなくなり、人々は飢えに苦しんでいる。
「ちょっとしたお出かけ」が「命がけの逃避行」へと変わってしまった。それだけに、先月相次いだ亡命について「うらやましい」との声が上がるのだ。
「向こうに行った人たちのようなチャンスが自分たちにも訪れたらいいのに」
「こんな土地とはおさらばしたい。江原道(カンウォンド)や黄海南道(ファンヘナムド)に引っ越そうかな」(恵山市民)
両江道の住民たちは、実際に韓国に行った脱北者がどのような暮らしをしているかを概ね伝え聞いていると言われている。韓国は決して天国ではなく、すべての脱北者が成功しているわけではないということも知っているはずだ。それでもなんとか脱北して現状から抜け出したいと考えるほど、食糧難、経済難が深刻だということだろう。