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菅首相が官房長官時代から使い続ける「悪い口癖」

鶴野充茂コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 菅首相が官房長官時代から今なお使い続けている悪い口癖がある。「仮定の質問には答えない」だ。かつて危機時のメディア対応で正解とされていた答え方だが、すでに時代遅れでトップの伝え方としても不適当だ。

 

「仮定の質問には答えない」

  1月7日、首都圏一都三県に2度目となる緊急事態宣言を伝える記者会見で、記者から「現在のこの宣言を仮に延長する場合、今回と同様に1カ月程度の延長を想定しているのか」と問われた場面で、菅首相は、

 「仮定のことについては私からは、答えは控えさせていただきたい。とにかく1カ月でなんとしても感染拡大防止をしたい、そういう思いで取り組んでいきたい、こういうふうに思います。」

と答えている。

 記者会見だけでなく、たとえばその翌日、8日の報道ステーションに出演した場面でも、

 「1カ月やってみて、結果が今一つ出なかったら対象拡大ですとか、延長した時にもうちょっと厳しくなっていくとか、そういうこともあるんですか?」と問われ、

 「まああの、仮定のことは考えないですね。とにかくご協力をお願いしてますから、ご協力いただいたら必ず目的を達成できるようにありとあらゆる(言葉が不明瞭で聞き取れず)やっていきたい」

 

 という具合に、仮定の質問に答えないという表現をよく使う。そしてこれは、官房長官時代から多用し続けている、いわば口癖だ。

反感と場当たり的な印象を生む言葉

 

 「仮定の質問には答えない」というのは、かつて危機時のメディア対応ではセオリーとされていた定番の表現だった。記者会見があくまで記者向けだった時代に、自分たちのメッセージを報道に効果的に出し、逆に答えにくい問いに対する答えを報じさせないためのテクニックでもあった。おそらく菅首相も昔、誰かにこう答えるようアドバイスを受けたのだろう。

 しかし、記者会見そのものがネットで生中継されるようになってからは、一般的には使われなくなっている。生中継によって記者会見でのやりとりが一般の目にも可視化され、発表内容だけでなく、プロセスにも目が向けられるようになり、時代遅れのテクニックになったからだ。

 記者会見のネット生中継が本格的に始まったのはおよそ10年前。最近の記者会見で「仮定の質問に答えない」という表現を使う人は、菅首相の他にはほとんど見かけなくなった。

 「仮定の質問に答えない」という表現の問題は、主に2つある。

 懸念があるから質問しているのに、それに答えないというのは、それ自体が不誠実な姿勢で反感を生むということが1つ。もう1つは、トップとしての考え方を十分に示せないという問題だ。

 緊急事態宣言が予定されていることは数日前からメディアで大きく報じられており、その記者会見で首相として重要なのは、考え方をしっかり示して行動の変容を促すことだろう。

 そしてこの先も、多方面に大きな制限がかかり、感情的にも抵抗感が広がる政策実施の理解を得るには、その時点その時点で、何をどのように認識し、どう考えて、どう決断や行動をしたのかという情報が極めて重要になる。そこには、国民の懸念に寄り添い、それをしっかり理解した上で意思決定をしていることを伝えねばならない。

 ところが「仮定の質問に答えない」と言った瞬間に、国民の懸念を理解せず、考え方もよく分からず、ある日、唐突な施策が発表されるという印象を生む。つまり、仮定の質問に答えないことが、場当たり的な対応をしているという印象にもつながるのだ

 ファクトや決まったことの伝達は、他の人にもできることで、詳細は担当大臣から説明する、とすればよく、緊急事態宣言という重大な決断だからこそ、他の人が言えないことを伝えてもらいたいところである。それがトップの考え方なのだ。

発言が独り歩きするリスク

 「仮定の質問に答えない」という表現を使い続ける理由は何か。最も大きいと考えられるのは、言葉の独り歩きの懸念だろう。

 たとえば小池都知事が昨年3月下旬の会見で「ロックダウン(都市封鎖)」という言葉を使ったことをきっかけに、情報番組などで「ロックダウン」が強い調子で繰り返し伝えられ、食料の買い占めなどの混乱が起きたことが記憶に新しい。

 今回の緊急事態宣言でも、西村経済再生担当相が7日、解除の基準を感染者数1日500人以下が目安になると述べた。もちろん、感染者数の他にも重症者数や病床逼迫など様々な情報を踏まえての判断になることは明らかだが、多くのメディアがこの500人という数字を見出しに使って報じた。(共同通信の例東京新聞の例

 これを意識したのか、緊急事態宣言の会見で、諮問委員会の尾身会長は、500人という数字には一切触れず、「1カ月の間で感染を下火にしてステージ3に近づきたい」という言葉で目標を語っている。

 菅首相も8日の番組で「西村大臣は感染者数が10万人あたりで25人、東京都に換算すると一日500人以下に下がっていけば、判断基準の1つになるんじゃないかと話していました。出口の基準はどう考えていますか?」との質問に、

 「まず、ステージ3に早くなることの方が大事だと思います。それと、どういう方向に進んでいるかということが大事」「目標というのは、なかなか難しいと思います。例えば、ステージ3になるには、病院の状況など、色んなことが複雑に絡んできます。ただ、一番分かりやすいのは、感染者が下向きになる。ここが一番大事だと思っています」(8日の報道ステーション)

などと500人という数字の独り歩きを火消しするかのような説明をしている。

 今回の緊急事態宣言では、期間を1カ月とした。ただ実際には、1カ月で収まらない場合に延長の可能性を窺わせる言葉を使っている。上手く行かなかったときのシナリオがあるのは当然のことだろう。

 「専門家からは1カ月では収束は難しいのではとの見方が出ております。総理は1カ月の間で宣言の解除が可能だというふうにご覧になっていらっしゃいますでしょうか」と記者会見で問われた菅首相は、「前回と同様の、まず1カ月にさせていただきました」という表現で答えている。

 もし一言でも期間延長といった言葉を使っていれば、ニュースには「期間延長も想定」などという言葉が踊り、受けとめ方も違っていたはずだ。

ではどう答えるか?

 「仮定の質問には答えない」がダメで、具体的な想定も語りにくいとすれば、どんな答え方があるか?

 尾身会長の答え方が1つの参考になりそうだ。

 7日の緊急事態宣言の記者会見で、状況の厳しい大阪への緊急事態宣言の検討についての質問で、大阪・京都・兵庫で一体的に発出を検討するかと問われ、尾身会長は菅首相の答えに補足する形で、

「全国の感染状況を毎日のように見ていると、明らかなことがあるんですね。それは、例えば東京が感染が拡大すると、それと時間差で近隣の首都圏にいくということが分かっているそういうことを見ますと仮にですね、仮に、こういうことがないことを、たぶんみんな期待してると今、思いますけど、仮にそういう事態に関西のほうがなったという時には、おそらく、これは私のまったく私見ですけども、1県だけをやるということよりも、今申し上げた理由で1つの生活圏というものを、しかしこれは、そういう場合になった場合の仮定の話のですが、そういうふうに考えるのが、私は感染対策上の合理的な考えだと思います。」

 と、仮定の質問に考え方を伝える形で答えている。決して簡潔で分かりやすいとは言えない。しかし、言葉を慎重に選んでいるのは十分に伝わってくる。ネット生中継がない時代なら、大幅に省略されて「関西も一括検討」などと報じられる可能性もあるかもしれないが、やりとりも公開されている今なら、表現のニュアンスも含めて、理解が得られる答えになっていると考えられる。

 もう1つの答え方は、質問に表われている懸念に理解を示しつつ、「今現在の状況から皆さんにお伝えできることは○○」と明確に伝え、「今後も最新の状況をいち早く伝えていく」ことをきちんと約束しつつ、「今日この場では、異なるシナリオの想定ではなく、収束のアプローチに理解を得たい」とすることだろう。

 考え方や理由が明確にされるなら、それだけでも印象や反応はもっとポジティブなものになるはずだ。

コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授

シリーズ60万部超のベストセラー「頭のいい説明すぐできるコツ」(三笠書房)などの著者。ビーンスター株式会社 代表取締役。社会構想大学院大学 客員教授。日本広報学会 常任理事。中小企業から国会まで幅広い組織を顧客に持ち、トップや経営者のコミュニケーションアドバイザー/トレーナーとして活動する他、全国規模のPRキャンペーンなどを手掛ける。月刊「広報会議」で「ウェブリスク24時」などを連載。筑波大学(心理学)、米コロンビア大学院(国際広報)卒業。公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会元理事。防災士。

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