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世界を揺さぶるウクライナ・ゼレンスキー大統領の言葉

鶴野充茂コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授
ビデオメッセージで演説するゼレンスキー大統領(YouTubeからキャプチャ)

 ロシアによるウクライナへの攻撃が始まって1週間を迎えようとしている。二国間の軍事力の差は圧倒的で、ウクライナの防空能力が失われた当初、首都キエフは数時間以内に陥落する可能性があると報じられたが、3月2日時点の今も持ちこたえている。ウクライナは世界に支援を呼びかけ続け、今ではロシアとの結びつきの強い国々の多くもロシアを非難する姿勢を取っている。

 またそんな中、ウクライナのゼレンスキー大統領という人物に、多くのメディアが注目するようになってきた。ゼレンスキー大統領の情報発信は巧みで、有事のリーダーのコミュニケーションとしても参考になるところが多い。ポイントとなるところを紹介したい。

 ゼレンスキー大統領の人物像に迫る記事には、たとえば次のようなものがある。

 ウクライナの緊張が高まった当初、多くのメディアの論調は、コメディアン出身の大統領で政治経験に乏しく、ロシアが強硬姿勢を見せたところで降伏すると見ていたが、そのトーンが時間が経つにつれて変化しているところに注目したい。

一貫したメッセージ「自由のために戦う」

 ゼレンスキー大統領のメッセージには繰り返し出てくる言葉がある。それは「自由のために戦う」という表現だ。

・「国土や自由が奪われようとすれば防衛する」(2/24ビデオ声明)

・「(ロシアの)ミサイルも我々の自由への戦いには無力だ」(2/25「ウクライナは自分たちだけで戦っている。世界で最も強い国々は遠くから見ているだけだ」と国際社会に更なる支援を呼びかけた動画の中で)

・「我々は、自由のために戦い続けます。たとえ、子どもたちがシェルターの中で生まれても」(2/27)

・ウクライナ東部ハリコフの州庁舎が立つ「自由」という名の広場への攻撃に「これは自由の代償です」「我々は自由のために戦っている」「我々は子どもたちが生き続けることを見届けたい。おかしな望みではないでしょう?」(3/1欧州議会)

 ゼレンスキー大統領の切実な訴えは、それを聞く多くの人々の心を揺さぶっている。たとえばこの3/1欧州議会での演説では、通訳までも感極まって言葉を詰まらせた(https://twitter.com/Hadas_Gold/status/1498628657325170690)。

Zelensky's speech to the European Parliament leaves translator choked up with emotion

 リーダーのメッセージ発信には一貫性が極めて重要だ。めまぐるしく変わる状況や山積する問題の前で、人々はなぜ自分がそれに取り組んでいるのかと繰り返し疑問を感じるからだ。そんな時にリーダーがその都度メッセージを変えると、聞く側は迷う。逆に、リーダーの言葉が一貫していれば、ほかの人たちがその言葉を強く意識するようになる

 ゼレンスキー大統領が「自由のために戦う」という表現を繰り返してきたこともあってか、バイデン米大統領は、一般教書演説(日本時間3/2)で「自由は常に専制に勝利する」「同盟国と共に、ウクライナの自由のための戦いを支援している」などという表現を使い、ウクライナへの強い支持を示した。

相手に合わせた表現選び

 ゼレンスキー大統領に世界の注目が集まったきっかけは3つあった。1つは、本格攻撃が始まる直前にロシア人に向けて語りかけた動画メッセージ。2つめは、攻撃開始後にEU首脳に向けて助けを求めたリモート会議でのアピール。そしてもう1つは、国外脱出を提案されたのを拒んだことが伝えられた時だ。順に見ていくことにしよう。

1)全ロシア人へのメッセージ

 それはすべてのロシアの人々に告ぐとした9分の動画メッセージだ。

 プーチン大統領と話をしようとしたが返答がなかった。誰がこの戦争を止められるか? あなたたちだ、と呼びかける内容である。

 攻撃はウクライナ市民を解放するためと言われているかもしれないが、ウクライナ市民は元々自由だと述べ、自分たちは平和に、穏やかに、誠実に自らの手で歴史を構築していきたいと語る。

 そして、あなたたちは何のために、誰と戦うのか?と問いかける。

 我々は平和を望んでいる。戦争は不要だとよく分かっている。しかし、もしロシアが攻め込めば、我々の国を、自由を、命を、子どもたちの命まで取り上げようとするだろう。我々は自分たちで守る。

 最も強いメッセージが出ているのは終盤で、次のように語っている。

戦争はあらゆる人々から安全を奪う。それによって最も犠牲になるのは誰だろう。人々だ。

最も戦争を望まないのは誰だろう。人々だ。

戦争を止められるのは誰だろう。人々だ。

ロシア人は戦争を欲しているのだろうか? その答えはあなたたちにかかっている。

 とてもよく練られた強いメッセージで、自分たちが大切にしている自由を守りたいことを伝え、あなたたちは、もし戦うのならば、何のために戦うのかと問う。また、ゼレンスキー大統領は、この動画でウクライナ語ではなくロシア語で語りかけているのにも注目だ。

 メッセージ自体は、ロシア国民に向けられたものだが、さまざまな言語に翻訳されており、日本でもスピーチに感動したなどという声が多く見られた。

(毎日新聞が詳しい日本語訳を載せている)

 また2月27日には、ロシアに協力するベラルーシの国民に向けた動画メッセージも公開している。ここでもベラルーシで使われているロシア語で、「私たちが知っている優しい、安全なベラルーシに戻ってください」「あなた方が何者か、決めるのはあなた方です。ロシアにならないで。ベラルーシになってください」と呼びか

けている。

2)EU首脳への支援呼びかけ

 EU各国がロシアへの厳しい制裁に大きくかじをきったきっかけになったとされているのが、ロシアによる攻撃が始まった直後、2月24日に開かれたEU首脳の緊急会議で、リモート会議でつないだゼレンスキー大統領による数分のアピールだった。

 ゼレンスキー大統領は、自分たちの経済にも打撃になる経済措置に及び腰になっていたEU首脳が居並ぶ前で、極めて切実な訴えをした。

「我々は、欧州の理想のために死んでいく」

「生きて会えるのはこれが最後かもしれない」

 そんな言葉が多くの報道で引用されており、これをきっかけにムードは一気に変わったとされている。

Historic sanctions on Russia had roots in emotional appeal from Zelensky - Washington Post

3)「我々はここにいる。国を守る」

 ゼレンスキー大統領が世界の注目を集めるもう1つのきっかけになったのは、ロシアの本格攻撃が始まった後、命が狙われているという情報が広がった際に米国から国外脱出の提案を受けたにもかかわらず、それを断ったという報道だった。

 彼がその際に語ったとされる「I need ammunition, not a ride.(必要なのは乗り物(脱出手段)ではなく、弾薬だ)」という言葉は、ネット上で話題となり、そのまま商品化されるほど彼を象徴する表現として広まっている。

 また、ゼレンスキー大統領は25日夜、キエフ市街地で閣僚などスタッフと共に自撮りした動画を配信。

「我々はここにいる。国を守る」

 逃げ出すことなくウクライナに留まっていることを国民に伝えたほか、翌日にも、「軍に武器を捨てるよう命令したとの情報がネットで流れているが、フェイクニュースだ。武器を捨てることはない。我々の土地、国、子どもたちを守る」と述べる自撮り動画を配信している。

高頻度のメッセージ更新と通信インフラの確保

 ゼレンスキー大統領は、SNSを駆使して頻繁に情報発信しており、効果的なメッセージと相まってその高い更新頻度が国内外の支持につながっている側面がある。強大な敵に対して逃げずに国を守ろうとする姿勢で、20%台だった大統領の国内支持率は、ロシアによる攻撃開始後に9割を超えたと伝えられている。

 ロシアは3月1日、キエフ中心部にあるテレビ塔を攻撃し、ウクライナの一部の国営放送が停止した。発信を削ぐのは、情報の力が無視できないものだという証でもある。

 またウクライナも、通信インフラの確保を重視していた様子が見て取れる。26日、ウクライナのフェドロフ副首相は、テスラやSpaceXのイーロン・マスクCEOにTwitterで、次のようにツイートした。

 「あなたが火星を植民地化しようとしている間に、ロシアがウクライナを支配しようとしています。あなたが宇宙からロケットの着陸を成功させようとしている時、ロシアのミサイルがウクライナの一般市民を攻撃しています。ウクライナにどうかStarlinkステーションを提供して、まともなロシア人に立ち上がるよう呼びかけてください」

 これに対してマスク氏は、数時間後に「使えるようになりました」と返信した。これで人工衛星を使ったネット接続ができるようになったということだ。 

偽情報の排除

 プロパガンダは情報が限定的な時に機能する方法だ。フェイクニュースや偽動画の拡散なども多く、印象操作の試みは攻撃開始当初には多く見られたが、欧州の通信社でつくる欧州通信社連盟がロシア政府のメディア統制で偏りのない報道ができなくなっているとして、ロシアのタス通信の資格停止を発表するなど、メディアも偽情報の排除に力を入れているようだ。

 放送メディアだけではなく、ウクライナ国内のあちこちに設置されたライブカメラがリアルタイムで現地の様子を配信しており、視聴者数から多くの人が視聴し続けていることが分かる。映像だけではなく音声も同時配信しているカメラも多く、サイレンの音や砲撃・銃撃のような音も入ってくる。

 攻撃を受け続けている現場からの情報が、さまざまな方法で届けられる中で、リーダーの発信に対する信憑性や説得力もその受け止め方は変わってくるのかもしれない。

 頻繁に映像で語りかけるゼレンスキー大統領と、ほとんどカメラを前に語りかける様子を見せないロシア・プーチン大統領のメッセージ発信が対照的である

 ゼレンスキー大統領の訴えの効果は別にして、国際社会は、困難だと言われていたロシアのSWIFT排除をロシアによる攻撃開始後すぐに決めた。第2次大戦での加害への反省から紛争地域への兵器輸出を避けてきたドイツスウェーデンフィンランドなどはウクライナに兵器を供与することを決めた。永世中立国のスイスもロシアのプーチン大統領やラブロフ外相の資産凍結を含む制裁措置を決めた。600万人もの避難民が想定される周辺国も人道支援を発表している。

 ロシアの軍事攻撃に対して、結果として、世界の経済支援、軍事支援、人道支援がウクライナに集まり、ロシアに向けては厳しい経済制裁が始まった。

 一方で、キエフへの本格攻撃が始まれば5日以内に陥落する可能性が高いとの分析が報じられている。ゼレンスキー大統領がこの先どのような言葉を使うのか、どんな情報発信をするのか、注視し続けたいと思う。

コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授

シリーズ60万部超のベストセラー「頭のいい説明すぐできるコツ」(三笠書房)などの著者。ビーンスター株式会社 代表取締役。社会構想大学院大学 客員教授。日本広報学会 常任理事。中小企業から国会まで幅広い組織を顧客に持ち、トップや経営者のコミュニケーションアドバイザー/トレーナーとして活動する他、全国規模のPRキャンペーンなどを手掛ける。月刊「広報会議」で「ウェブリスク24時」などを連載。筑波大学(心理学)、米コロンビア大学院(国際広報)卒業。公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会元理事。防災士。

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