ボーダーレス化が進む福岡ラーメン業界に、全く新しい“NEO豚魚”がデビュー【らぁ麺庵 菘(すずな)】
海山とも自然豊かな魅力にあふれ、食の宝庫。王道のドライブルートとしても知られる福岡県・糸島市は今、ラーメンでも沸いている。地域の名を冠した他のご当地麺と同じように「糸島ラーメン」とカテゴライズしたいほど店が充実してきているが、観光地としての顔、インバウンドにも強い地だけに、糸島ラーメンは自由度が高く懐が深い。例えば、「長浜ラーメン力(りき)」「西谷家」「なおちゃんラーメン」が糸島市の王道豚骨3巨頭である一方、「またいちの塩」が手掛ける塩ラーメン店「おしのちいたま」、鯛ラーメンで名を馳せる「穂と花」、糸島半島の北側まで足をのばすとイタリアンの要素を取り入れた「ITO DESSIN」など、ビジュアル、供し方も洗練された異ジャンルのラーメンもそろう。このように“糸島ラーメンイズフリーダム”を感じる中、糸島の交通の要衝である前原駅近くに2024年7月6日、福岡では稀有な“ガッツリ系豚魚”を掲げる「らぁ麺庵 菘(すずな)」がオープンした。
前原駅から徒歩約2分。ロードサイドで目を引く“ラーメン”と大きく書かれた緑色の看板は開業するだいぶ前から掛かっていて、周辺住民の間でも話題になっていた。「いったいどんなラーメン店ができるんだろう?」。結果、お目見えした一杯は糸島市民だけでなく、広く福岡のラーメンファンの度肝を抜くものであった。
「おじゃまします」ってな感じで靴を脱いで入る店内には、掘りごたつ式のカウンター9席。一人、麺場をてきぱきとこなしているのが店主の髙尾野健蔵さんである。
「菘(すずな)って屋号は深い意味はないですが、自然を感じられるような草花の名前にしたくて。菘の花言葉には“慈悲”や“晴れ晴れ”という意味があるのも気に入りました。そのほか簡単には読めない漢字であることも“福岡のスタンダードではない”ウチのラーメンに合っていると思っています」と笑いながら話す髙尾野さん。1981年佐賀市出身で家業は、奇をてらうことのないあっさり佐賀ラーメン店。そんな彼がなぜに“ガッツリ豚魚”に辿り着いたのか。その経緯はとても興味深い。
「僕は長く東京に出ていて、映像関係やアパレルの仕事をしていたのですが、ラーメン食べ歩きの趣味が高じて関東の有名店に入門。そこから一気に、作り手としての奥深きラーメンワールドにハマっていきました。そんな時、実家の佐賀でラーメン店を切り盛りしていた母が体調を崩したと聞いて故郷に戻り手伝うようになったんです」と振り返る髙尾野さん。この時彼は、飲んだ締めやスナック感覚のライトなラーメンではなく、“濃厚でガッツリ食べごたえのある。時間をかけて楽しむ完成された料理としてのラーメン”に美学を見出していた。「約40年に渡り、両親の作ってきた豚骨ラーメンはもちろん好きでした。ただ、僕にとってのより“好き”は、もっと濃厚で食べごたえのあるもの。佐賀に戻ってから元来のウチのスープに追い骨を重ね、ブリックスをがんがん上げて父に怒られたこともありましたね。同時に豚骨王国・九州に新たなメッセージを発するような自分流の一杯を追求していました。研究を重ね編み出したのがこの豚魚。今は自分の店を持て、お客様の笑顔を間近に感じられる環境に感謝しています」と髙尾野さんは両親へのリスペクトも込めて話す。
「菘(すずな)」のメニューは、往年の博多ラーメンファンからすると、変化球で邪道と思われるかもしれない。しかし筆者的には文句なくうまい。簡単に言うと、横浜家系、二郎系、豚骨魚介の魅力を詰めたような味の方向性とビジュアル。こう表現すると単にいいとこ取りをしたかのように思われるが、うまく調和したよくばりな一杯は見事な完成度だ。
素材は鶏、豚に多彩な魚介乾物。肉系×魚介のラーメンは、それぞれを別取りして合わせる“ダブルスープ”と、一緒に煮出す“一本炊き”に大別されるが同店はより力強さの出る後者の製法をとる。麺は東京「三河屋製麺」、ラーメンダレは地元糸島の「ミツル醤油」をはじめ佐賀、関東のもの3種のブレンド醤油、具材の糸島「タケマン」のメンマ、佐賀県産の一番摘み海苔も名脇役である。ひと口目の印象は魚介要素が「ギョッ!」と強くきて、肉系素材のパンチ、まろやかさが後追いでくる。いやはや美味。“濃い”が、ギトギトはしないのも特徴である。
現在、11時〜15時の営業で月曜が休み。臨時休業もあるので公式Instagramをチェックして欲しい。普段豚骨派の人も、非豚骨派の人も、一度味わってみれば新たなラーメン観が広がるはずだ。
【らぁ麺庵 菘(すずな)】
住所:福岡県糸島市前原中央1-2-12
電話:なし
時間:11:00〜15:00
休み:月曜
席数:9席(カウンターのみ)