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「新しい資本主義」に欠落するもの 第6回 AIとBI(ベーシックインカム) そしてロボット・タックス

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(提供:アフロ)

ロボットやAIの発達がもたらす社会は、わが国や世界の経済・社会にとって、いままでの半分しか働かなくてよいユートピアなのか、半分の人が失業するデストピアなのか、いまだ定かではない。

ロボットやAIの活用によって人手不足も解消され、生産性も飛躍的な向上をもたらす可能性がある。それは反面で、ロボットやAIに代替される大量の失業者の発生が不可避なことも示唆している。野村総研はかつて、「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になる」というセンセーショナルな予測を公表した。単純労働者だけでなく、医師・弁護士、会計士、税理士、さらには通訳やシェフなどの専門技能を持った人々にも大きな影響を及ぼすことがわかり、将来不安が拡大している。

加えて大問題なのは、それによって引き起こされる巨大な経済格差だ。AI・ロボットを使いこなす側(資本の出し手やそれをビジネスに活用する優れた経営者など)とそうでない側との間に生じる大きな格差(所得格差・資産格差)が社会を分断していく可能性がある。

筆者が格差拡大を予感するのは、医者・弁護士・会計士・税理士・大学教授などあらゆる職種について個人に格付けがされ、市場による有無を言わせない選別が広がることである。

このような近未来の社会の分断・格差を防ぐためにはどうすべきか。まずは、AIやロボットにより職を失った者への所得保障が必要になる。同時に、AIやロボットに負けないよう、ロボットに代替できず人間にしかできない仕事を広げていくための教育や職業訓練を充実させることである。

この関連で、万人に最低限の生活を保障するベーシックインカムを提供すべきだとの論調が、欧州やシリコンバレーでも広がり始めている。筆者は、ベーシックインカムについて様々な課題・問題があると考えている。

一つは、勤労あるいは勤労モラルや賃金に及ぼす悪影響である。この点欧米諸国の一部で社会実験が行われているが、今日まで勤労意欲にポジティブな結果は出ていない。国民全員の最低限の生活が保障されれば、コロナウイルスに感染されるリスクの高いエッセンシャルワーカーの仕事は誰がするのだろうかという素朴な疑問も生じる。

さらに問題は財源である。人々があくせく働かなくても生活できる費用が一人当たり年間120万(月10万円)とすると、わが国では140兆円もの財源が必要になる。不要になる社会保障を削減しても数十兆円の財源が必要となるが、そんな財源はどこから来るのか、まただれが負担するのだろうか。

マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏は2017年、「一時的に自動化のスピードを遅らせ、老人介護や幼児教育など人間にしかできない分野にたずさわる人たちへの支援のため」として「ロボット・タックス」の導入を提言した。AIやロボットが前述したように我々の生活に大きな影響を及ぼし始めている中で、所得保障や教育などの公共政策をどう組み立てるのかという観点からの問題提起だ。

IMFは2015年にロボット・タックスに関するワーキングペーパーを公表した。「ロボットの普及による自動化の進展が経済成長と格差拡大をもたらしており、それを防止するために、技術進歩の効果を維持しながら格差等の悪影響を軽減する財政政策を考えていくことが必要」という内容で、ロボットへの課税の方法(所得課税、資産課税、代替案としての超過利潤への課税など)を比較検討している。

AIやロボットはすでにわれわれの生活に根差しているが、今後人間はどのように共存していくのか、共存のために必要な政策は何でそのコストはだれがどのように負担するべきなのか。ロボットにも税を負担させることは可能なのだろうか、議論していく必要がある。その意味で、ベーシックインカムとロボット・タックスの議論は「表と裏」といえよう。

参考 AIの発達とロボット・タックス―デジタル社会の分断を避ける公共政策――連載コラム「税の交差点」第97回 | 研究活動 | 東京財団政策研究所

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3998

7回目以降(予定・順不同)

・賃上げと資産所得(配当)増加の二兎を追う政策、株式報酬

・Web3.0の世界と税制

・税のDX―電子インボイスの活用

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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