内憂外患の文在寅政権…南北対話の「リミット」は3月末
平昌(ピョンチャン)五輪開幕まで10日を切ったが、南北関係は視界明瞭とは言えない状態が続いている。国内的にも支持率低下が続くが、文政権はそうしたリスクを覚悟の上で、南北対話を進めているようだ。
タイトな日程 情報は錯綜
今日31日午前10時、韓国の選手45人がチャーター機で北朝鮮の馬息嶺(マシンリョン)スキー場に旅立った。1泊2日の日程で行われる南北合同訓練のためだ。
そして明日1日に、この飛行機に北朝鮮選手団の一部が乗って、韓国にやってくる。だが、何人、どんな選手がやってくるのかが分からない。
31日午前、平昌五輪組織委員会に問い合わせると「統一部が担当なので分からない」と丸投げの返事だった。一方、南北関係を主管する統一部も「来てみないと分からない」とのことだった。北朝鮮選手団の把握もできていない状況だ。(2月1日午前10時追記:1日夜、選手団の規模が明らかになった。統一部によると、北側の選手団は32人。この内選手は10人で、全選手が韓国に来ることになる)
この一事を見るだけで、いかに北朝鮮の平昌五輪参加が綱渡りで行われているかということが分かる。
本来2月4日に行われる予定であった北朝鮮・金剛山(クムガンサン)での南北合同公演についても、29日夜、突如北朝鮮側が中止を通告してきた。
「韓国メディアが北朝鮮内部での祝賀行事にまで言いがかりをつけている」というのが表向きの理由だ。
2月8日に北朝鮮の建軍節を記念し行われる軍事パレードに否定的な報道を行った、というものだが、その内情は明らかになっていない。韓国は4日の行事の延期に対し文書で「遺憾」を伝えるにとどまった。
開幕前までドタバタ
さらに今後、イベントは目白押しだ。2月6日には玄松月(ヒョン・ソンウォル)を団長とする三池淵管弦楽団140余人が韓国入りし、8日江陵(カンヌン)市、11日にはソウル市内で公演を行う。
また、それと前後する2月7日には、北朝鮮応援団230余人、テコンドー師範団30余人が陸路で韓国入りする。
だが、イベントの多さに比べて段取りは遅れている印象だ。31日午前の馬息嶺スキー場への出発も、統一部当局者の反応を見るに、当日朝まで交渉が続いていた痕跡が見て取れる。
テコンドー師範団の演武が行われる場所も公開されていなかったが、昨日になってやっとソウル市長の口からソウル市庁舎内で行われることが明らかになった有様だ。
このような現象が起こる理由は、韓国側が北朝鮮とのやり取りの他に、北朝鮮への便宜供与が国連制裁に触れないよう、米国との調整を行っていることが関係している。
26日、統一部の趙明均(チョ・ミョンギュン)長官はとある会合での基調演説の場で「通常3か月から5か月かかるイベントが2〜3週の間に行われており、厳しい状況だ」との認識を示した。突貫工事の影響は、今後もあちこちに現れるだろう。
また、1月9日の南北高位級(閣僚級)会談で南北が合意した「軍事当局会談」の実施の見通しは立っておらず、北朝鮮代表団の人選も明らかになっていない状態だ。
国内でも冷めた見方
北朝鮮との南北関係におけるドタバタに慣れているはずの韓国の人々も、政府の対応をやや冷やかに見ている。「ここまでして南北合同参加と五輪を盛り上げる必要はあったのか」という声も根強い。
1月26日から28日にかけて「MEDIA TODAY」紙が「エスティーアイ」社に依頼して行われた世論調査を見てのその傾向が分かる。
「平昌五輪を通じ朝鮮半島の平和実現の転機を作ろうとする文在寅大統領の試みについてどう思うか」との問に55.6%が肯定的と答えている。一方、否定的と答えた人々も41.6%にのぼった。
以前の記事でも触れたが、女子アイスホッケーの南北合同チーム結成や、統一旗(朝鮮半島旗)を掲げ合同入場することに対し、世論は良い反応を示さなかった。
特に昨年5月の文在寅政権発足以降、一貫して80%を超える高い水準を維持していた20〜30代の支持率が、はじめて60%代に低下した。これに引きずられる形で、全体の支持率も60%前半まで下がったままだ。
国家を動かすコントロールタワーである青瓦台(大統領府)は、南北交渉の内容を極度に隠している。窓口となる統一部は歯切れが悪くならざるを得ず、当然、メディアを始めとする批判が集中することになる。
こうした青瓦台の「秘密主義」も支持率低下の一因だろう。だが、改める様子は伺えない。そこまでしても南北対話を成功させたい政府の姿勢が垣間見える。
高まる野党の批判 青年層向けの政策も
1月26日に慶尚南道(キョンサンナムド)密陽(ミリャン)郡で起き、死者39名、重軽傷151名を出した火災事故も「国民の安全」を掲げ続けていた政府にとっては打撃となった。
6月13日に統一地方選挙を控えた野党はここぞとばかりに文政権を攻め立てている。
北朝鮮に低姿勢な政府を批判する「ピョンヤン五輪」という揶揄に加え、「セウォル号を政治に利用し、政権を手に入れたにも関わらず、発足後、災害事故で100余名の死傷者が出たのに、誰も政治的な責任を負おうとしない」(27日、自由韓国党の洪準杓ホン・ジュンピョ代表)と畳み掛けた。
こうした雰囲気もあってか、政府は30日「青年雇用対策タスクフォース」を結成することを発表すると共に、青年失業対策として、今年上半期に約2兆ウォン(約2030億円)を投入することを決めた。
なお、昨年9月、北朝鮮が6度目の核実験を行った際も文政権の支持率は下がり続け、9月最終週は65%だった。その後、10月に雇用・福祉政策を発表し、10月末には73%、11月末には75%まで上昇したことがある。
30日には今年はじめてとなる臨時国会が開幕した。政府・与党としては、昨年の国会を通過できなかった「積弊清算」を実現するための諸法案を通過させられるかが大きなポイントとなる。
文在寅政権は内に外にと、苦しい対応が続く。
韓国政府が目指す「危機管理」と「核凍結」
韓国内の事情を踏まえ、再び南北関係に話を戻す。見てきたように、文政権は支持層の離脱、米朝からの突き上げといった、ある程度の「リスク」を甘受した上で南北対話に臨んでいる。
筆者が先日、日本のあるテレビ討論番組に出演した時にも思ったことだが、日本では韓国が何のために北朝鮮との対話を進めているのかが、うまく伝わっていないようだった。
韓国の思惑は「危機管理」に、目標は「北朝鮮の核凍結」にある。
「危機管理」は平昌五輪を成功させるためにまず必要だ。例えば、約1か月半におよぶオリンピック、パラリンピック期間中に北朝鮮がミサイル発射実験などの挑発行為を行ったらどうなるか。
各国選手団が引き上げる事態が起き、五輪が空中分解することは韓国政府にとって悪夢以外の何者でもない。
だが、北朝鮮が参加する限り、そうした事態が起こる可能性はかなり低くなる。北朝鮮との関係に南北対話が「保険」として作用するという考えだ。これは昨年一年を通じ高まり続けた米朝関係にも当てはまる。対話が続く限り「暴発」のリスクは低く維持される。
さらに対話の目標は「核凍結」と、それに先立つ「米朝対話」にある。この考えは、韓国の統一部によってすでに明らかにされている。
1月19日に行われた統一部「業務報告」の中に、「南北対話と国際協調を土台に、北朝鮮を非核化交渉テーブルに牽引し、北朝鮮の各凍結を入り口にした、段階的、包括的な非核化の交渉を始める」と、今年の目標が記されているのだ。
さらに、同部の趙長官は「平昌以降の重要なポイントは、南北関係を続かせることだ。北朝鮮核問題の解決にあたり、転機、局面の転換が起こせるかという点にかかっている」と、先の26日に語っている。
韓国は米朝をつなぐ「触媒」だという認識だ。
「第一次リミット」は3月末
今年になって突如始まった感のある南北対話だが、昨年から韓国政府は官民様々なルートを通じ、水面下での接触を続けてきた。
北朝鮮側が対話に乗り出してきた契機については諸説あるが、要約すると「核武力完成(の表明)」と、「制裁の効果(金正恩氏の統治資金の減少)」にまとめる向きが強い。
南北がそれぞれの思惑を抱える中で始まった南北対話だが、ダラダラと続ける余裕はない。
統一部の趙長官はやはり26日の演説の中で「3月25日の訓練開始まで、米朝の対話を始めさせることができるかがポイント」という具体的なタイムラインを示している。
つまり、現在「延期中」の米韓合同軍事訓練が再開される3月25日(4月1日との説も)までに、米朝間で北朝鮮の核に関する対話が始まる必要があるということだ。これが実現しないまま、訓練が行われる場合、一気に南北関係は冷却化するおそれがある。
このために現在、米韓の間で調整が続けられている。26日(現地時間)には、韓国の宋永武(ソン・ヨンム)国防長官と米国のマティス国防長官がハワイで会談を行っている。
政府に近いある学者は31日、筆者に対し「韓国政府は米国と緊密な連携を取っている。訓練開始前までに、訓練規模の縮小や短縮などで折り合う可能性もある」と今後の見通しを楽観的に語った。
「平昌後」は民間団体がリードか
とはいえ、対話の効用がどれほど続くかは未知数だ。筆者は韓国の南北関係に詳しい学者数人に話を聞いたが、前述の学者とは異なり悲観的な見方も少なくなかった。
しかし対話は続けていかなくてはならない。五輪後にも対話ムードをつなぐために民間団体は積極的に動いている。
例えば、今年4月には平壌で大規模なマラソン大会が企画されている。韓国側からは100人あまりが参加する見通しだ。6月にはやはり平壌で青少年サッカー大会の開催が決まっているし、8月には同じく平壌でゴルフ大会もある。また、10月には韓国で北朝鮮代表チームが参加するサッカー大会が開催。日本も参加するという。
こうした計画を明かしてくれたのは、南北体育交流協会のキム・ソンギョン理事長だ。
キム委員長は26日、筆者の電話インタビューに対し「南北対話は中断した事があったが、南北のスポーツ交流は中断したことはなかった。五輪後にも南北対話ムードが続くように、スポーツ交流が引っ張っていく」と意気込みを語った。
また、人道支援団体も主に中国で積極的に北朝鮮側と接触している。「昨年に比べ、明らかに北側の反応が良くなった」と、2000年代に多くの訪朝経験を持つ人道支援団体の幹部が30日、筆者に明かしている。
韓国の動きを日本も後押しを
韓国の思惑はこれまで見てきた通りだ。韓国は核凍結という合意を北朝鮮から引き出すために、過剰な譲歩とも受け止められる態度で北朝鮮との対話に臨んでいる。
日本社会はこうした韓国の姿勢を「融和」と受け止めてはならない。韓国の文在寅政権は発足以降、一貫して「朝鮮半島の非核化」を言明してきたし、今もそれは変わらない。
こうした中で重要になってくるのが日本の役割だ。日本が米韓と協力を共にしながら、南北対話が成果を挙げられるよう、米朝両国に対話をはたらきかけることは決して不可能なことではない。
繰り返しになるが、韓国政府は現在、国内の分裂と北朝鮮への対応、米国との調整など、非常に苦しい時期を迎えている。3月末は南北、米朝交渉の限界でもあるが、韓国国内としても、今のムードを維持できる限界と筆者は見ている。
五輪の開幕を9日後に控えた朝鮮半島は、昨年の武力衝突危機とはまた違った「緊張」が立ち込めている。