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弾劾案可決で尹錫悦大統領「職務停止」…韓国‘政治改革’に4つの好条件

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
14日、尹錫悦大統領の弾劾訴追案が可決された。筆者作成。

 弾劾訴追案の可決による尹錫悦大統領の職務停止により、3日深夜の非常戒厳から続いた極度の政治混乱は一旦の区切りを迎えた。

 しかし今回の一連の事態は、尹大統領の暴挙にとどまらない韓国政治の「宿痾(しゅくあ、持病)」とも言える権力問題を浮き彫りにした側面があり、これに対する省察なくして一段落とはいかないだろう。本稿ではその議論の一端を示すことで日本社会の韓国理解を深めてみたい。

●弾劾訴追案可決の裏に与党の「参加」

 14日午後、韓国国会で7日以来2度目となる尹錫悦大統領の弾劾訴追案の採決があり可決された。これにより尹大統領は午後7時24分をもって職務停止となった。

 採決に参加した議員は300人、うち賛成204票、反対85票、棄権3票、無効8票で可決に必要な200票を超えた。

 与党からは最低でも8人の造反が必要であったが前日までその数を満たしていた上に、採決ボイコットで党議拘束をかけた前回とは異なり与党が採決参加を決めたことで可決は確定的と見られたが、ギリギリでの可決となった。

 採決は秘密投票で行われた。与党の造反者は最低で12人、棄権や無効を入れると23人となる。

弾劾訴追案可決を伝えるYTNニュース。「尹錫悦大統領弾劾案可決」と大きく字幕を入れた。
弾劾訴追案可決を伝えるYTNニュース。「尹錫悦大統領弾劾案可決」と大きく字幕を入れた。

 可決後に散会を宣言する中で、禹元植(ウ・ウォンシク、67)国会議長は「中止した忘年会を再開してください。自営業や零細企業、庶民経済が厳しい」としながら「国民の皆さん、ありがとうございます」と述べた。

 また、最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン、59)代表は「国民が国の主人であることを証明した」とした。

 他方、尹錫悦大統領は弾劾訴追案の可決を受け発表した談話の中で「決して諦めず、最後の瞬間まで国家のために最善を尽くす」と全く悪びれずに述べた。

 また、与党の韓東勲(ハン・ドンフン、51)代表は与党の議員総会の後、報道陣を前に「やるべきことはやった」と淡々と述べた。

所感を述べる韓東勲代表。14日、筆者撮影。
所感を述べる韓東勲代表。14日、筆者撮影。

●尹大統領の何を問題視しているのか?

 今回の弾劾訴追案は今月3日22時23分の尹大統領による宣布から、翌4日5時30分の解除まで続いた非常戒厳の違憲性を問うものだ。

 同案では尹大統領に対し「国憲を紊乱(びんらん、※)する目的で、その要件と手続きを違反し、非常戒厳を宣布し、武装した軍と警察を動員し国会に侵入するなど、国会と国民を脅迫し暴行する一連の暴動を起こすことで、大韓民国全域の平穏を害する内乱罪を犯した」と明記している。

(※)刑法91条で国憲の紊乱(びんらん)について「憲法または法律に定めた手続きによらず、憲法または法律の機能を消滅させること、憲法により定めた国家機関を強圧により転覆またはその権能行使を不可能にすること」と定めている。

 このように非常戒厳宣布からその実行に至る一連の過程において、いずれも違憲性が認められるというのが現在の一般的な解釈だ。

 例えば▲「事変や戦争」という戒厳宣布の要件を満たさないこと、▲国務会議も経ず国会への通告もなかったこと、▲軍と警察を動員し国会を封鎖、侵入し憲法機関である国会の戒厳解除要求権の行使を妨害したことなどが主なものだ。

 特に国会の機能を停止させようとしたことで、尹大統領はその「首魁」として内乱罪に問われている。 

 弾劾訴追案では尹大統領の違憲・違法行為について、▲内乱罪、▲職権濫用、▲特殊公務執行妨害罪などの犯罪行為を通じ、▲国民主権主義、▲代議民主主義、▲法治国家原則、大統領の憲法守護および憲法遵守義務、▲権力分立の原則、軍人および公務員の政治的中立、などの憲法規定と原則に背き、「憲法秩序の本質的な内容を損ね、毀損し、侵害した」と結論付けている。

非常戒厳下で国会を封鎖する警察。3日深夜、筆者撮影。
非常戒厳下で国会を封鎖する警察。3日深夜、筆者撮影。

●罷免の場合は来春にも大統領選

 職務停止となった尹大統領に代わり、ハンドクス総理が大統領代行を務める。弾劾訴追案の可決を受け憲法裁判所は180日以内に審理を行い、認容の場合には尹大統領は罷免され、棄却の場合は大統領職に復帰する。罷免された場合には60日以内に大統領選挙が実施される。

 それでは一体、憲法裁判所はどのような審判を下すのだろうか。現在の大まかな争点は3つに絞られる。

(1)違憲なのか統治行為なのか?

 尹大統領の非常戒厳宣布が違憲・内乱行為なのか、それとも12日の談話で尹大統領みずからが強弁したように「統治行為」なのかにある。

 尹大統領は同談話の中で「その道しかないと判断し下した大統領の憲法上の決断であり統治行為が、どうして内乱になるのか?」、「大統領の非常戒厳宣布権の行使は、赦免権の行使、外交権の行使のような司法審査の対象とならない統治行為」とし、正当化を図った。

 「『戒厳は高度な政治行為』であるため司法判断の範囲を超える」というこの論理は、90年代までは通用していたものだ。

 だが97年に憲法裁判所の全員合議体が全斗煥(チョン・ドゥファン)の79年『12・12軍事反乱』と80年『5・18内乱』への判断を下す際に「国憲の紊乱が目的であることが明らかな場合には、司法判断が可能になる」と解釈を確定させている。

 このため、尹大統領の主張は司法の場で退けられる可能性が高い。

戒厳軍の進入を防ぐため国会議事堂内に作られたバリケード。4日午後、筆者撮影。
戒厳軍の進入を防ぐため国会議事堂内に作られたバリケード。4日午後、筆者撮影。

(2)内乱罪裁判と弾劾審判を同時にできるか?

 尹氏周辺から憲法裁判所法51条「弾劾のような事由で刑事訴訟が行われる場合、審判手続きを停止できる」を根拠に、「内乱罪」で起訴される場合、弾劾審判を止めるべきという声が出ている。

 だが同51条はあくまでも「停止できる」という任意の判断にとどまると解釈し、審理に問題はないという見方が韓国メディアに多い。

(3)憲法裁判官の充員ができるか?

 最後の争点として憲法裁判官の数がある。現在は定数9人のうち6人の籍だけが埋まっており、弾劾訴追案が認容されるには6人以上の賛成が必要であるため、現状では全員一致が求められる。

 一人でも「否」とする場合に弾劾は棄却されるということで、これを避けるため野党は推薦枠2名、与党は推薦枠1名の候補をそれぞれ選出した状態だ。

 大統領代行が大統領の権限である憲法裁判官を任命できるかどうかにも議論があるが、問題無く選出される見通しだ。この場合、進歩4、中道2,保守3という形になる。

 尹大統領の今回の非常戒厳は前述のように違憲要素が明確であるため、弾劾が認容される可能性は高いだろう。

 時期はどうなるか。16年12月9日に弾劾訴追案が可決された朴槿惠大統領の場合、憲法裁判所は翌年3月10日に弾劾を認容した。91日かかったことになるが、今回は何度も繰り返すように尹大統領の「違憲」要素が濃厚であるため、ここまで時間がかからないという見方が韓国メディアで優勢だ。

 その場合、来春に大統領選が行われる可能性が高い。

●「政治改革」をめぐる4つの視点

 ここまでが今日の時点で書くべき一般的な記事だろう。しかし16年から17年の朴槿惠大統領弾劾過程以降、日本社会に向け韓国政治に関する記事を書き続けてきた私としては、韓国政治の「これから」についての話をぜひしておきたい。

 「野党は反国家勢力」と見なす尹大統領による今回の非常戒厳宣布は、擁護する余地は全くないものである。だがその一方で、韓国政治における進歩派・保守派の衝突はもはや修正不可能な事態に達している状況が現実として存在する。

 そしてこれは、大統領が持つ強大な権力と共に、今後の韓国政治が解くべき課題となっている。

 韓国屈指の政治学者・崔章集(チェ・ジャンジプ)高麗大名誉教授は共著『どんな民主主義なのか』(2013、改訂2版、フマニタス)の中で 「権威主義時代に形成された大統領観を変更すべき必要を感じなかった」と指摘している。

 韓国の大統領制は1987年の民主化と新憲法制定時にも議会解散権や非常措置権などを取り払っただけで「強力な大統領制を維持した」というものだ。

 それ以降、大統領により韓国の民主主義が左右される時代は続いた。

 これに対し崔教授は「私たちは今、韓国の民主主義の発展のために大統領の権力をより強める方がよいのか、それとも大統領の権力を制限し牽制する方がよいのかを判断する時点にたどり着いた」と重ねて指摘した。

 そしてこの問いはそれから10年経つ今なお有効であることが、今回の尹大統領の暴挙により明らかになった。あまりにも強大な権力を持つ韓国の大統領制は「勝者総取り」現象をもたらし、政党間の争いをも激化させる。

 韓国政治はこのままで良いのか?という疑問は今や社会的に共有されていると言っても過言ではない。

 なお、誤解を避けるために付言すると、この議論は次期大統領候補の筆頭とされる李在明(イ・ジェミョン)氏の素養を問うものではない。もっと大きな話である。

弾劾訴追案可決を受け会見する共に民主党指導部。下段中央の青いネクタイが李在明代表。共に民主党YouTubeよりキャプチャ。
弾劾訴追案可決を受け会見する共に民主党指導部。下段中央の青いネクタイが李在明代表。共に民主党YouTubeよりキャプチャ。

 結論から言うと、韓国には今後、政治改革に向けた「絶好の機会」が訪れる。その理由は以下の4つとなる。

(1)文在寅政権の「失敗」への理解

(2)保守9年ではなく約2年半で少ない「反動」

(3)女性の政治参加

(4)このままではいけないという危機感

それぞれ簡略に見ていこう。

(1)文在寅政権の「失敗」への理解

 17年5月に発足した文在寅政権は、朴槿惠大統領弾劾を導いた「ろうそくデモ(ろうそく集会)」の精神を受け継ぐとして自らを「ろうそく政府」と称したが、ここには大きな欺瞞があった。

 「これが国か」という、16年10月から17年3月まで続いた同集会のスローガンには二つの意味があった。一つは民主主義を損ねた朴槿惠大統領の拒否、そしてもう一つはすでに「ヘル朝鮮」と老若男女が自覚する、最悪の生きづらい社会の拒否であった。

 当時、朴槿惠大統領の弾劾を支持する世論は8割を超えた。集会への参加者の中にいわゆる「ノンポリ」も目立った。

 しかしこの8割の希望を、17年5月の大統領選で41%の票を得たに過ぎなかった文大統領と共に民主党が「独占」することで、改革に向けた陣営間の協力はただの1ミリも進まなかった。

 当時の与党からは、弾劾訴追案の可決時に最低でも62人の造反者が出たが、いわば「合理的な保守」と呼ばれるこの議員を国家改革のパートナーと見なさなかったのだった。

 これを批判する声は17年の下半期に少数ながらも上がったが、その後、南北関係が好転し一気に文政権が支持を集めることで、うやむやになった。

 南北関係が冷え込んだ19年下半期以降は既に陣営間の対話が行われる余地はなく、20年からは新型コロナも加わり政治改革は行われないままだった。

 文大統領は退任時まで約40%の支持を維持し続けたが、これは支持層に向けた政治の枠を最後まで抜け出せなかったことを示している。そして民主党政権を一期で「政治の素人(本当に素人だった)」の尹錫悦氏と野党・国民の力に明け渡すこととなった。

 次期大統領の最有力候補とされる李在明氏であるが、文在寅氏の轍を踏む場合に韓国の政治改革は遠のく上に、共に民主党による長期政権も難しくなるだろう。しかし今は幸いなことに「失敗の教訓」が存在する。

17年5月10日、就任式を終え青瓦台(大統領府)に向かう文在寅大統領。筆者撮影。
17年5月10日、就任式を終え青瓦台(大統領府)に向かう文在寅大統領。筆者撮影。

(2)保守9年ではなく約2年半で少ない「反動」

 前述したような文在寅政権の「果実の独占」は、李明博(イ・ミョンバク)政権5年、朴槿惠政権4年という「保守9年」の反動でもあった。

 李明博政権以前に、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)と進歩派政権が10年続いたことで、民主党も既得権を得る政党となったが、9年の間にこれを失ったことで一種の補償心理がはたらき、権力の独占につながった。

 しかし今回の尹政権は約2年7か月で職務停止となり、3年あまりで終了する可能性が高い。補償心理よりも大事な「改革」に目を向ける余地はある。

(3)女性の政治参加の本格化

 酷評してきた文在寅政権であるが、権威主義的な保守派政権よりも「風通しの良さ」が存在した。特にmetooに象徴される、韓国社会で抑圧され続けてきた女性の声に注目が集まり、韓国社会をジェンダー平等の視点から捉え直す試みが継続的に行われた。

 この動きは若者男性を中心とするバックラッシュを生み、これは今も続いているが、若者女性の政治的な結集力も負けてはいない。

 一方でこんな「社会的な葛藤」は22年3月の大統領選でも女性は進歩派候補の李在明氏に、男性は保守派候補の尹錫悦氏に投票する「分断」となっている。しかしこれを分断と性急に結論づけるのではなく、一種の過程と考えるべきだろう。

 尹大統領の弾劾を求める集会の参加者に、若者世代の女性が多いことは統計からも明らかになっている。

 BBC韓国のがソウル市のデータから分析したところによると、一度目の弾劾訴追案の採決があった今月7日、国会のある汝矣島(ヨイド)には約28万人の市民が集結したが、20代女性はその内17.7%(3万5926)を占めたという。

 忘れてはならないのは「賛成204票」という結果だ。私は先日7日の記事に書いたよう、これは民意が可能にしたギリギリ数値だと考える。韓国市民の多くに新たな政治的効能感を与えたと見るべきだろう。

BBC韓国が作成したグラフ。12月7日午後4時基準で汝矣島に集会に参加した市民の年齢分布を分析したもの。縦軸は人数、横軸は年代別の分布だ。赤が男性、青が女性だ。BBC韓国より引用。
BBC韓国が作成したグラフ。12月7日午後4時基準で汝矣島に集会に参加した市民の年齢分布を分析したもの。縦軸は人数、横軸は年代別の分布だ。赤が男性、青が女性だ。BBC韓国より引用。

 これを受け今後、女性の声が政治的な存在感を持つことは間違いない。そしてこれは、韓国社会にこれまで存在しなかった声として大きな改革の原動力となるだろう。

 政治の役割は、男女間の衝突を解消するための努力を果たすことになる。女性の政治参加の活性化、勢力化がもたらすであろう変化は、現時点で最も明るい展望と言える。

尹錫悦大統領の弾劾を求める集会には若者女性の姿が目立つ。10日、筆者撮影。
尹錫悦大統領の弾劾を求める集会には若者女性の姿が目立つ。10日、筆者撮影。

(4)韓国社会の限界性に対する共感

 最後は、韓国市民の多くが共有する「韓国は大丈夫なのか?」という強烈な心配がある。

 韓国では今年『自殺する大韓民国』や『圧縮消滅社会』といった本の出版が相次いだ。競争社会や社会資源の偏重が共同体の消滅を呼んでいるという主張だ。書いたのはいずれも進歩系に分類される人物だ。

 日本でも広く知られるように、韓国社会の格差(不平等)、自殺率、出生率といった数値は世界ワーストであり、改善の兆しを見せていない。

 87年の民主化以降、韓国政権は「保守、保守、進歩、進歩、保守、保守、進歩、保守」と続いてきた。「ヘル朝鮮」はもはや、進歩や保守といった片側の陣営が解決できる問題陣営の問題ではなく、韓国政治の無能力から来ているという理解は社会に幅広く存在する。

 これは新しい政治を始める絶好の、そしておそらく最後のチャンスとなるだろう。

『自殺する大韓民国』と『圧縮消滅社会』。今の韓国社会を理解するためには欠かせない内容が書かれている。筆者撮影。
『自殺する大韓民国』と『圧縮消滅社会』。今の韓国社会を理解するためには欠かせない内容が書かれている。筆者撮影。

●日本から韓国をどう見るか?

 日本では今後、弾劾審理を追うと共に、大統領選レースの行方や「反日」「親日」で候補の特性を測る報道が増えていくだろう。しかし韓国では国の行く末を修正する時間がそう残されていないという緊張感がある。

 もちろん今後、政治改革がどうなるかは予断を許さない。尹大統領は「野党の問題」を掲げ非常戒厳を行ったが、その論理に回収されてしまうおそれもある。そうならないよう韓国メディアにも丁寧な報道が望まれるが、それができるのかという懸念もある。

 そんな中、日本では韓国報道をエンタメ的に消費するのではなく、隣国の「変化の過程」を見ながら日本社会の姿をも振り返るといった見方が望まれるだろう。その方が遙かに「面白い」ことは間違いない。

 いずれにせよ今日の弾劾訴追案の可決をもって、韓国は新たなスタートを切れることとなった。しかし私の頭の中には「산 넘어 산(サンノモサン)」という韓国のことわざがリフレインしている。一難去ってまた一難、ということだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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