パニック症:著名人公表による変化はあるのか
パニック症とは
パニック症は、人口の1~3%にみられ、決して珍しくない病気である。わたしも多くのパニック症の治療に携わるだけでなく、パニック症の部下を持った経験もある。
パニック症とは、何のきっかけもなく急に胸がドキドキしたり、息が苦しくなったりし、「このままでは死んでしまう」など、強烈な不安や恐怖を感じる病気である。パニック症の人がもつ不安は、一般の人がイメージする程度をはるかに越えており、患者によれば本人にしかわからない不安・恐怖だという。
「この不安はすぐに治まる」ということがわかれば落ち着くのだろうが、パニック症の人は、特に発症したばかりのときは、どうしてこのような状態になるのかまったくわからない。得体の知れない恐怖に、ますます戸惑い不安がどんどん強くなっていく。
一度だけでもパニック発作を経験すると、当然「次起こったらどうしよう」ということになる。すぐに休める、逃げ出せるという状況ならばまだしも、たとえば新幹線や飛行機、あるいは運転中の交通渋滞といった状況は、パニック症の人にとっては耐えられない。結果、逃げられず助けを求められない状況を避けようとする。この乗り物恐怖のような症状を、専門用語で「広場恐怖」という。
引きこもりの原因にもなってしまうこの広場恐怖は、実は厄介な症状である。広場恐怖を持つパニック症の39%は、うつ病を合併し、自殺率、自殺未遂率も上昇するという報告がある。
パニック症にかかりやすい人と周囲が取るべき対応
発症年齢は、男性25〜30歳、女性では35歳前後が最も多く、人生の若いころに発症する病気である。発症しやすい性格、気質などは明らかにはなっていないが、先進国のパニック症の頻度は開発途上国と比べると5倍近いことから、都市文化など高度に社会化した文化に触れるほど、発症頻度は高くなるようだ。芸能界は、たしかに都市文化の進んだ一業界には違いない。
周囲の人が取るべき対応は、患者の不安に対する「共感」である。パニック症の人がいちばん苦悩するのは、周囲の無理解である。パニック症は、神経質な性格が原因である、あるいは都合の悪いことから逃げ出しているなどと、誤解されていることも多い。
不安や恐怖に関係する脳の不調によって起こる「病気」だということを理解してあげることが、もっとも重要である。
パニック発作が起きる前に本人が感じる前兆のようなものの存在は、はっきりしない。前兆らしいものがあれば対応はなんとかなるのだろうが、突然起こるだけに本人自身どうしようもない。
周囲の人ができるのは、とにかく慌てず騒がないこと。周囲があたふたすると、本人の不安がますます強まってしまう。まずは横にするなど楽な体勢にさせて、やさしく声をかけなどして寄り添い、落ち着くまでそばにいることがいちばんである。
著名人のパニック症公表がもたらすもの
あくまでわたしの印象だが、しょっちゅう救急車を呼ぶ、あるいは重症なうつ病や自殺未遂を来す例は、少なくなっているように思える。
軽症化を示す論文も報告されている。パニック症が軽症化していることは、ネットなどの普及でパニック症が一般的に知られるようになってきたことが大きな要因だろう。
以前は、自分の症状がパニック症によるものかどうかわからず、内科にかかって不整脈を調べてもらう、胃腸科にかかって胃腸の様子を調べてもらうという人も少なくなかった。現在では、ネットの情報で「自分はパニック症かも」と疑って受診する人が増えてきた。
種々なメディアにパニック症が取り上げられ、広く知られるようになったことで、患者は「苦しんでいるのは自分だけではない」という安心を得られ、症状への理解を深めることができる。医療者だけでなく一般の人の間でもパニック症の理解が進んだことで、早期発見と早期介入が可能になってきたことも、パニック症が軽症化してきた要因とも考えられる。
しかしパニック症は、軽症化したとはいえ依然として手強い慢性疾患である。啓発が進んだと言え、診断されていない、治療されていない患者がまだ依然として少なくない。その意味でも、芸能人やアスリートなど著名人がパニック症を公表して治療に専念することは、疾病を一般の人にさらに広く知ってもらうことに役立つ。周囲の人が知識を持ってくれれば、パニック症の患者の不安が和らぐのは、前述の通りである。
病気の公表は、勇気ある行動であると個人的には考える。パニック症の治療は、脳内機序で考えれば、不安・恐怖を消去していく学習にほかならない。パニック症は珍しくなく、病気とうまくつき合っている人がいる思えば、学習=治療効果も進むのではないだろうか。
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