フランスのASAT構想が「サブマシンガン武装衛星」のイメージに膨らむまで
7月末、「フランスは人工衛星をレーザーやサブマシンガンで武装する」という見出しがメディアを彩った。アメリカでは宇宙軍創設に向けた準備が行われていることもあり、フランスも追随して人工衛星に武器を搭載し、宇宙で他国の衛星と攻撃の応酬をするのかと思わせる。だが複数の報道を突き合わせると、そんなに簡単な話ではないことがわかる。
フランスのASAT構想
2019年7月13日、フランスのマクロン大統領は、フランスの軍事衛星の能力を増強し、「今年9月に空軍内に宇宙司令部(Space Command)を創設する」と述べた。2019-2025年の軍事歳出計画には、フランスの衛星のリニューアル計画を含む36億ユーロ(40.6億ドル)の予算が盛り込まれているという。
この計画を受けて、7月25日フロランス・パルリ軍事大臣は、ASAT(対衛星)攻撃能力を開発し、フランスの人工衛星に搭載する構想を発表した。そのため、2025年までの予算をさらに7億ユーロ増強するという。
フランスの週刊報道誌Le Pointは、パルリ大臣が公表したフランスのASAT能力を詳しく報じている。記事によると、軍事通信衛星シラキュースの次期衛星にカメラを搭載し、衛星が何らかの攻撃を受けた場合に、相手を特定できるようにするという。さらに2030年までの実現を目指す次の世代の衛星では、攻撃を受けた場合に対抗する装置を搭載し、相手の人工衛星の太陽電池パネルを攻撃し無力化するマシンガン、または攻撃してきた衛星のセンサーを無効化または破壊するレーザー装置を搭載するとも述べた。
シラキュース衛星はフランスが1980年代から運用している軍事通信衛星で、現在は第3世代のシラキュース 3A/3Bという2機が活動中だ。Xバンド、Kaバンドの周波数帯を使用するシラキュース4A/4Bは2015年にタレス・アレニア・スペースとエアバス・ディフェンス&スペース(当時)共同で開発契約が結ばれ、2021年、2022年に打ち上げられる予定だ。さらに、シラキュース4シリーズにもう1機の衛星を追加する計画も発表されている。
パルリ大臣の説明したマシンガン/レーザー搭載衛星は、この3機目のシラキュース 4ではないかと考えられる。シラキュース4シリーズでは衛星のセキュリティを強化し、サイバー攻撃やジャミングといった妨害をされないよう強化されている。さらに、衛星に対する破壊活動に対し、積極的に対抗する手段を持つ構想だと考えられる。
さらに、超小型衛星を2023年までに打ち上げ、「ストラテジック・オブジェクツ」の監視にあたる構想もある。超小型衛星はスウォームと呼ばれる一群の衛星で機能を担うタイプで、受動的な、または積極的な防衛能力を持つという。また、小型衛星打ち上げロケットを開発し、フランスの衛星が攻撃によって損傷した場合、短期間ですぐに代わりの機能を担う即応型打ち上げにも対応する目標だ。「ストラテジック・オブジェクツ」という抽象的な表現はわかりにくいが、米軍と同様の使い方をしているならば、軍事衛星を指すとみられる。
衛星による衛星攻撃
フランスが衛星の軍備を強化する背景に何があるのか。まず、各国が運用する人工衛星、特に軍事衛星の能力を守るための装備強化に各国が乗り出していることが挙げられる。仏ニュースサイトFRANCE 24の報道によれば、パルリ大臣は「我々の衛星が脅威にさらされた場合、相手方の目を無力化することを計画している」と述べており、攻撃を受けた際の対抗措置であることを強調している。軌道上に大量破壊兵器を周回させることを禁じた、1967年の宇宙条約には抵触しないという考えだ。
フランスの衛星を脅威にさらす「相手方」とはどのような勢力を想定しているのか。2018年9月にパルリ大臣は「ロシアの衛星がフランス・イタリア共同運用の軍事衛星アテナ・フィドス衛星の通信を傍受し妨害しようとした」として非難したことがある。ロシアは、中国と並んでアメリカの防衛レポートにASAT能力を持つ国として名前が挙がっており、潜在的な脅威と見られている。さらに、今年3月にはインドが突然、ミサイルによるASAT実験で軌道上のターゲットを破壊し、国際的な非難を受けた。アメリカが脅威となるASAT攻撃の探知能力、対抗措置を高めようとしているのと同様に、フランスも同じ能力の獲得を目指す目的があると考えられる。
そうした中で、「衛星にマシンガンを装備する」とはどういったことを指すのか。まず、ASAT攻撃方法の変化という事情がある。中国は2007年にASAT能力を高めるため、自国の気象衛星をミサイルで破壊する実験を行った。破壊された衛星の破片は危険なスペースデブリの数を飛躍的に増大させ、現在でも軌道上に数多く残っている。スペースデブリは相手を選んで衝突するわけではなく、中国が運用する衛星も危険という点では同じだ。ミサイル破壊型は、「その後、宇宙が利用できなくても構わない」という覚悟を持たなければうかつには取れない手段だ。
そこで、より洗練されたASAT手段が誕生しているとされる。米空軍の報告書では、軌道上で攻撃型の衛星を使ったASATとして、衛星どうしをぶつけて相手を破壊、または本来の軌道から追い出すキネティック攻撃衛星や、電波によるジャミング、レーザーや大出力マイクロ波、化学物質の吹き付けによって地球観測衛星(偵察衛星を含む)の光学部分だけを使用できなくしたり、近づいてメカニカルな機構で衛星の一部を損傷させるロボット攻撃衛星、といった方法がある。
中でも電波やマイクロ波やレーザー、化学物質を吹き付けて衛星の機能だけ損なう方法は、物理的な破壊を伴わない。一方で、攻撃衛星を衝突させるキネティック型やロボット攻撃は衛星の一部を破壊するため、破片が出るまたは衛星が異常な回転を始めてバラバラになるなど、ミサイル攻撃ほど短期間ではないもののリスクはある。
パルリ大臣は、シラキュース衛星に搭載する能力として「マシンガンまたはレーザー」と述べており、どちらかと決まったわけではない。ただし、フランスでは宇宙での大出力レーザーの技術開発が遅れており、これから技術を高めていく必要があるとした。太陽電池パネルだけとはいえ、敵の衛星を破壊するマシンガンよりもレーザーのほうが望ましい能力ではあるものの、衛星搭載を目指すには検討が必要とも考えられる。
膨らんだイメージを実物大に戻す
また、報道がフランス語から英語へ翻訳される段階で余計な情報が加わった節がある。Le Pointの記事を英語圏で紹介した米退役軍人向けのメディアTask & Purposeは、衛星が装備する武器を「サブマシンガン」と表記した。しかしパルリ大臣の発言は「mitraillettes」と記載されており、フランス語のミトライエットはサブマシンガンに限らず機関銃の意味でも使われる。そもそも衛星に搭載する兵器の場合、拳銃弾を使用する、人が持って射撃できるといったサブマシンガンの定義にこだわる理由はまったくなく、英語に翻訳する際に辞書で最初に記載された単語をあてただけだと思われる。AFP通信など、フランスメディアの英語版では単に「マシンガン」と記載されている。
「パトロール超小型衛星」という言葉にも注意が必要だ。どのような軌道を取るにせよ、人工衛星はいったん軌道に投入された後は、基本的にその軌道をずっと周回し続ける。軍事衛星を監視するにしても、特定の衛星の周辺を自由に巡回するようなことはできない。宇宙で監視任務を行うために特化した複数の超小型衛星が、次々と軍事衛星を監視できる軌道を周回するといったことではないかと考えられるが、番犬のように超小型衛星を引き連れた軍事衛星が誕生するといった意味合いではないだろう。
フランスのASAT構想をめぐる報道をいくつも突き合わせてみると、興味深いディテールがいくつも含まれていることがわかる。世界で3番目に人工衛星を打ち上げ、大型ロケットや人工衛星、宇宙探査機といった能力を有するフランスが防衛目的とはいえ衛星を攻撃する能力を持とうとしているのであれば、注視すべき計画だ。パルリ大臣の発言には、レーザー照射装置や即応型衛星打ち上げロケットの開発なども含まれている。サブマシンガン衛星といった面白いワードだけを消費して終わるのではなく、実際に何がいつごろまでに実現するのか、考える必要がある。