なぜ今、監査法人の交代が増えているのか
■はじめに
近年、上場企業において監査法人の交代事例が増えています。
金融庁公認会計士・監査審査会が公表している令和4年版モニタリングレポートによると令和4年6月期における上場企業の監査法人交代数は228件となり、過去5年間で最多の交代が生じている状況です。
【金融庁公認会計士・監査審査会 令和4年版モニタリングレポート 主なポイントより】
このように年々、監査法人の交代が増加しておりますが、なぜ今、監査法人の交代が増加しているのでしょうか。
■なぜ今、監査法人の交代が増えているのか
近年、監査法人の交代が増えている要因としては継続監査期間への注目や準大手監査法人、中小監査法人の台頭、そして監査報酬の増加傾向が考えられます。
1 継続監査期間
まず継続監査期間に対する注目です。一昔前においては監査法人の交代というと、会社と監査法人とで意見が対立したのか、または会社側に何か問題があったのでは、さらには不正会計があったのでは、とネガティブに捉えられました。
しかし、上場企業でも不正会計が相次ぎ、株主・投資家からは監査法人に対して厳しい目が向けられるようになりました。その中で、監査期間が長期にわたっていると、監査がなれあいとなっているのでは、とも見られるようになりました。
有価証券報告書において監査法人の継続監査期間が開示されるようになり、監査法人の交代制度も議論される等、継続監査期間に対する眼がますます厳しくなってきました。
このような背景から監査法人の継続関与期間が長期化している会社においては監査法人の交代を検討する例が増えています。
2 準大手監査法人、中小監査法人台頭
次に近年では準大手監査法人、中小監査法人のプレゼンスが高まっています。
主要な上場企業ではまだまだ大手監査法人が高いシェアを持っていますが、上場企業全体で見れば徐々に準大手監査法人、中小監査法人のシェアが伸びています。
【金融庁公認会計士・監査審査会 令和4年版モニタリングレポート 主なポイントより】
※監査法人については、こちらのコラムもご参照ください。
「監査法人はどう選ぶ?その選定ポイントとは」
https://news.yahoo.co.jp/byline/egurotakafumi/20220415-00291408
準大手監査法人や中小監査法人のシェアが伸びている背景として、企業としては監査の品質と監査報酬の相当性を考慮し、自社の規模に応じた監査法人を選定する例が増えていること、また中小監査法人の数が増えたことでそのプレゼンスが高まり、企業側の選択肢も増えていることも挙げられます。
3 監査報酬の増加
近年、監査報酬が増加傾向にあります。これは監査法人においても人件費の増加や高い監査品質のためのシステム投資、AI時代を見据えた将来投資等により監査報酬も値上げせざるを得ない状況となっています。
監査報酬は、「監査時間(人/日)×報酬単価」となります。
そのため企業側で決算作業が遅れたり、監査法人への対応が遅れたり、不適切会計などにより監査対応が増えた場合などは監査工数が増加し、監査報酬も増加することとなります。
この点に関しては管理本部の人員を強化したり、決算早期化を達成したり、監査法人の監査対応を効率化したりなどで監査報酬高騰化を防ぐこともできます。ぜひ自社の決算体制、監査法人対応についても再考ください。
4 監査法人交代を考えるケース
このように監査法人の継続監査期間が長期化をしたり、大幅な監査報酬の値上げ動向が生じたり、監査報酬の相当性が気になったり、時にはこれまで担当していた監査法人の先生が交代や監査法人の対応状況(回答が遅い、見解が何度も変わる等)などが生じた場合、会社側では監査法人の交代を検討するきっかけとなります。
では、監査法人を交代することは何かメリットがあるのでしょうか。
■監査法人を交代するメリット
まず、新たな視点による監査を受けられるメリットがあります。
これまで同一の監査法人が故に継続した視点で受けていた監査に対して、新しい視点で監査を受け、これまで気づかなかった事項に気づくことがあります。
財務諸表監査以外でも子会社往査や支店往査、内部統制監査などで新しい気づきや発見が生じることもあるでしょう。
また近年ではM&Aも活発なため、グループ内で同一の監査法人とすることもあります。そのような場合はグループ内における監査手続きが当該監査法人メソッドになり管理部の監査対応負担が減ることもあります。
さらに監査報酬について、前任の監査人より減額するケースが多いです。すべての事例に当てはまる訳ではありませんが、監査報酬が減額されることはありがたいことでしょう。
一方、監査法人の交代によるデメリットはどんなことが考えられるでしょうか。
■監査法人を交代するデメリット
監査法人の引継ぎにおいては対応コストが発生します。具体的に前任の監査人から「交代における引継ぎ業務報酬」と言う形で追加の監査報酬を請求されるケースもあります。
また、自社のビジネスモデルや会計処理、沿革などを後任の監査人に説明する必要があります。監査法人が継続していれば生じなかった負担が会社側に発生することとなります。
さらに監査法人を短期間で頻繁に変えているようなケースでは外部から「この会社はきちんとした監査を受けているのか」「自社にとって都合の良い監査法人を探しているのでは」とネガティブな印象を持たれることがあります。
なお、監査法人を交代したからといって必ず監査報酬が下がるわけではありません。
例えばM&Aによりグループで監査法人を統一し、結果として監査報酬が増加することや自社の業容などにより、現在の監査法人からより規模の大きな監査法人に変更をした場合、監査法人の規模は縮小しても後任の監査法人が監査工数を見積もった結果、監査報酬が増加するケースは生じ得ます。
監査報酬が下がることばかりを意識して監査法人の交代を検討することは望ましいことではありませんのでご留意ください。
では、実際に監査法人の交代を検討する際はどのような点に気をつけなければならないでしょうか。
■監査法人交代を検討する際の留意点
まず、交代を引き受けてくれる監査法人が見つかるか注意する必要があります。昨今は監査難民という言葉が象徴するように監査法人も会計士不足で新規の監査契約に慎重になっています。
また、監査法人の交代については監査役会の同意や株主総会決議が必要となります。株主総会決議に向けては、3月決算企業でいえば5月中旬の株主総会招集通知に会計監査人選任決議を記載する必要があります。そのため後任の監査法人からは、3月中には次年度の会計監査人としての内諾を得ておくことが望ましいです。
4月は会社の経理部も監査法人も繁忙期ですので4月に悠長に監査法人の交代について検討する余裕はないでしょうから1~2月から後任の監査法人探しを行い、余裕を持った交代手続きをとるべきでしょう。
また、会計監査人の異動はIR事項となります。そのため証券取引所対応も必要ですし、取引先や金融機関への説明が生じることもあります。
さらに翌年度の監査についても次の監査法人と早期に監査論点や往査スケジュールを確認し、新しい監査法人による監査に備える必要もあります。
上場企業では株主総会後、すぐに次の四半期決算発表が待っているため、しっかりと準備をしておきましょう。
■おわりに
近年は監査報酬の増加が話題となります。監査報酬の増額に困り監査法人の交代を検討する例が多いとは思いますが、適正な監査のためには、相応の監査報酬が生じます。
あまりに安い監査報酬では「これでこの会社は適正な監査を受けているのか」と疑念の目を向けられることもあります。
さらに「今の監査法人とは会計処理で意見が合わない。自社にとって都合の良い監査法人をさがそう」などというオピニオンショッピングはあってはならないことです。
自社にとって適正な品質の監査を受け、社内外に対しての説明責任も果たせる視点を持ち監査法人の選定について検討していきましょう。