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なぜ監査法人にて、若手スタッフの離職が続いているのか?

江黒崇史江黒公認会計士事務所代表
(写真:イメージマート)

わたしは仕事柄、いろいろな企業の経営層とお話をする機会をいただきます。その際、若手がすぐ辞めるといった話をよく耳にします。

これは一般企業ではなく、監査業界でも同じことが起きているようなので、今回はその件を紐解いてみたいと思います。

■監査法人の若手スタッフの退職

多くの企業の決算となる3月末。実際の決算業務は4月中旬から5月上旬までとなり監査法人スタッフにとっては繁忙期となります。

そして3月中旬ぐらいからでしょうか、繁忙期を前に監査法人若手スタッフから疲弊や退職希望の声があちらこちらから聞こえてきたり、わたし自身が若手スタッフからキャリアの相談を受けたりすることもあります。

経理、財務分野の人材エージェンシーであるジャスネットコミュニケーションズ株式会社の調べによると、転職を希望する会計士の新規登録者は前年比(5月単月)で42%増というデータが出ているようです。

今回は、なぜ監査法人の若手スタッフが退職するのか考察してみたいと思います。

■若手スタッフの退職要因

監査法人の若手スタッフの退職要因としては大きく次の3つが考えられます。

  1. 監査業務の増加に伴う激務
  2. キャリア選択の多様化
  3. コロナ禍のテレワーク体制によるコミュニケーション不足

それでは、それぞれ見てみましょう。

1.監査業務の増加に伴う激務

実際に会社側で監査法人対応をされている経理担当者や開示担当者の方は感じられていると思いますが、現在は監査業務が増加し、それに伴い監査スタッフの負担も増加しています。

古い話で恐縮ですが、筆者が会計士試験に合格した際は四半期レビューも内部統制監査もなく、監査で用いる六法も「監査小六法」と呼ばれていました。

今は四半期決算に対するレビュー、内部統制監査、そして監査で用いる小六法も、監査六法となり、その業務量は激増しています。

さらに、新規上場を希望する会社も増えており、その対応に向けてどの監査法人も人手不足状態です。

このような様々な要因の結果、監査スタッフの負担も増加しているのです。

2.キャリア選択の多様化

従来、監査法人業界では上場企業のインチャージ(主任)を担当してこそ一人前、マネージャー職についてマネジメント経験を積むことが重要、公認会計士として監査報告書に署名できるパートナーにならないと公認会計士になった甲斐がない、などと言われていました。

監査法人内の昇進の道としてもスタッフからシニアスタッフ、マネージャー、シニアマネージャー、パートナーと順調に進むことが公認会計士としてのキャリアと考えられていました。

しかし、現在では組織内会計士として活躍する道やスタートアップ業界に飛び込んで上場準備責任者、CFO(最高財務責任者)の道、M&AやIPOをコンサルティング業務として支援する道、自ら起業家として歩む道など、若手会計士にとってのキャリアが幅広く用意されています。

やはり以前は経験が不十分な若いうちの転職なんて…と冷たく見られた視線も今はポテンシャル採用として若手会計士でも転職市場で引く手あまたの状態です。多様な転職サービス(SNSによる相談や人事担当者とのカジュアル面談等)も増えており、若手スタッフとしても転職の道が容易になったことが、結果と監査法人の離職につながる傾向が見受けられます。

3.コロナ禍によるコミュニケーション不足

コロナ禍となり監査法人もテレワーク体制となりました。テレワーク体制に伴い若手スタッフとしては気軽に上司・先輩に質問ができなく、クライアントとのやり取りもWeb会議やメール等が中心となり、心理的な負担は相当なものとなっているでしょう。

従来であれば、クライアントの会議室をお借りし、監査チームが会社の資料を閲覧したり前期までの監査調書を参照したり、何かあれば監査チーム内で情報共有をしたり、疑問点もすぐに解決できました。

また会社の方も監査室にお越しいただき、膝を突き合わせながらインタビューを実施したり、先輩会計士が会社の役員や部長職クラスの方と話していることを聞きながら監査のスキルを学んだり、まさにOJTにより成長を感じることができました。

わたしが会計士一年生の時などは、とあるクライアントの経理部長から名刺交換の際に「おっ、新人君ですね。わたしは会計士試験に合格していないけど実務経験は豊富なので、決算実務を教えてあげよう」とまで声をかけられたことがあります。

そのような監査環境が一転、テレワーク体制となり若手スタッフとしては監査チームともクライアントともコミュニケーションの機会が激減し、大量の業務を粛々とこなすことから、従来の若手スタッフと比べ疲弊度が高まっているのです。

■若手スタッフの退職防止に向けて

若手スタッフの方と話をしていると「監査業務自体が嫌いなわけではありません」という声も多く聞きます。

また、実は会計士のキャリアでは、わたし自身もそうなのですが一度監査法人を卒業して他業界に飛び込んだ方が再び監査法人に戻るケースも非常に多いのです。

隣の芝生は青く見える、ではありませんが監査業務に疲弊をしていると監査以外の業界・業務に挑戦をしたくなる時があります。特に上述したように今は多様なキャリアの道があります。しかし、その後において「公認会計士の本分はやっぱり監査業務だ」「他業界に飛び込んだ経験を活かして、もう一度監査業務に挑戦したい」という方も多くいらっしゃるのです。

今回はわたしの身近な監査法人業界を例に考察をしてみましたが、わりと自分の職場と同じようなことが起こっているのだと身近に感じていただいた方もいらっしゃるかもしれません。

ここで挙げたエッセンス①激務、②選択できるキャリアの多様化、 ③テレワークの進展によるコミュニケーション不足は、これを読んでいる皆さまの職場でも、そのまま当てはまるところもあるかもしれません。

わたしとしては、監査チーム内のコミュニケーションの活性化とクライアントとの直接接する機会を増やすことが、彼らが元々持っていた監査へのモチベーションを再び思い起こさせることに繋がり、即効性はないものの、長期的には若手の離職防止に効果があると考えています。辞める方も、そもそもそんなにすぐに辞めたいと思って入社はしてきていないでしょう。

皆さまの職場でも、若手がすぐ辞めてしまうといったことが続いているとしたら、何か参考になれば幸いです。

【参考】

コロナ禍における会計士のテレワーク事情

江黒公認会計士事務所代表

2001年公認会計士二次試験合格。同年、監査法人トーマツ(現、有限責任監査法人トーマツ)入所し監査業務に従事。その後、ベンチャー企業で取締役CFOや会計コンサルティンググループ、中小監査法人パートナーを経て2014年7月に江黒公認会計士事務所を設立。同事務所において会計コンサルティング、IPOコンサルティング、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。IPOコンサルティングではスタートアップの資金調達、資本政策立案、事業計画作成から上場申請書類、内部監査、内部統制業務等の支援を、M&AアドバイザリーではFA業務や財務DD、株価算定業務等を務め企業の成長を支援。

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