大手監査法人から中小監査法人へ?! 公認会計士が見るIPOにおける監査法人変遷
■はじめに
2022年も年末を迎えました。
今年の新規株式上場(以下、IPOと称します)を振り返ってみますと、91社となりました(TOKYO Pro Market除く)。
2022年は年始にオミクロン株の流行や2月にロシアのウクライナ侵攻の勃発もあり、新規上場承認会社のIPO取り下げが相次いで生じる大変なスタートでしたが、結果として、2021年の125社には及ばないものの、多くのIPOが生まれた一年となりました。
IPOにおける監査法人といえば従来はBIG4と呼ばれる大手監査法人(EY新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、PwCあらた有限責任監査法人)が主な監査法人でした。
しかし、2020年~2022年の3年間を振り返ると、大手監査法人以外の監査法人がシェアを伸ばしつつあります。
以前は大手監査法人のIPOシェアは8割前後と高い水準を保っていましたが、2022年は何と52%まで下がっています。この傾向では近いうちに大手監査法人によるIPOシェアは50%を切ってしまうほどです。この流れは大手監査法人以外でIPOを支援したい公認会計士にとって大きなチャンスともいえるでしょう。
では、なぜ大手監査法人以外の監査法人が近年IPOでシェアを伸ばしているのでしょうか。
■なぜ今、大手監査法人以外の監査法人IPOシェアが伸びているのか
1 大手監査法人の実情
従来、IPOにおける監査法人といえば、大手監査法人から検討することが通例でした。
大手監査法人は知名度が高く、IPOの実績も多く、引受証券会社等からも大手監査法人を推す傾向が見受けられました。
しかしながら、監査法人の監査手続き厳格化や働き方改革の動き、会計士の多様なキャリア選択等から、監査法人のキャパシティ不足傾向が2018年ころより見受けられました。
その結果、IPOを目指す企業において監査法人が見つからない「監査難民」なる言葉がスタートアップ業界で聞こえるようになりました。
実際、IPO監査においては対象が未上場企業ということもあり管理体制が不十分であることも多く、監査工数が多数かかる割には監査報酬についてはスタートアップ企業の規模を考慮して高額請求がしづらい面もあり、受嘱した監査法人側では監査工数に対して採算面で苦労することも多々生じていました。
2 準大手・中小監査法人の台頭
そのような中で、頭角を現してきたのが準大手・中小監査法人となります。
※準大手監査法人とは、太陽監査法人、東陽監査法人、三優監査法人、PwC京都監査法人、仰星監査法人を指します。
中小監査法人とは、大手・準大手以外の監査法人を指します。
もともと、多くの準大手・中小監査法人においては積極的にIPO監査を受嘱しようという流れはありました。
ただIPO監査受嘱を目指しても、大手監査法人と比べると知名度の点や、スタートアップ企業とネットワークが乏しい点などで、IPO監査を受嘱することが困難でもありました。
しかしながら、上述したように大手監査法人側でIPO監査を敬遠したり、日本公認会計士協会においても「IPOを目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」を作成してIPOを目指す企業向けに監査の担い手となる中小監査法人を紹介したり、金融庁においても「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」を開催したりと、2019年前後にかけてIPOをめぐる監査業務について注目が高まりました。
そのような流れを受けて、引受証券会社側やベンチャーキャピタル等においても「大手監査法人以外の監査法人においてもIPO監査を受けていただき問題ない」という流れが生まれてきました。
さらに大手監査法人出身の方が準大手・中小監査法人へ移籍をしたり、監査法人を設立したりという流れもあり、準大手・中小監査法人が台頭してきたということになります。
3 スタートアップ側の変化
監査を依頼する側の起業家・スタートアップ側ではどのような変化が見受けられたでしょうか。
おかげ様で筆者も多くの起業家やVC(ベンチャーキャピタル)、証券会社等の方々から「監査法人を紹介してください」「監査法人を探しています」という相談を受けます。
そして、やはり以前は大手監査法人を希望する方が多かったのは事実ですが、日本公認会計士協会や金融庁の動き、さらには引受証券会社側の変化等から起業家側としても「大手監査法人にはこだわりません」という流れが生まれてきました。
さらに昨今は上場企業において監査法人の交代が多数生じています。
既存の上場会社において大手監査法人から準大手、中小監査法人への交代が増えている流れを受けて、起業家の間でも大手監査法人へのこだわりは減ってきているというのが実感です。
実際、過去3年間のIPOにおける監査法人を見てみると準大手・中小監査法人の実績が増えており、IPOにおける監査法人選択の多様性が高まっていると感じます。
このようにスタートアップ企業側においても多様な監査法人を選択肢として考慮し、IPOを達成しているのがここ数年の流れとなります。
■スタートアップ側が監査法人と契約するために
このようにIPOを目指す起業家にとっては監査法人の選択肢が増えています。とはいえ、まだまだスタートアップ企業が監査法人と監査契約に至るには困難な状況下にあるのも事実です。
監査法人との契約締結に向けては、どのような点がポイントとなるのでしょうか。
1 ビジネスモデル、会社全般事項
まず監査法人はスタートアップ企業のビジネスモデルやその環境、収益性・成長性などを確認します。
現時点では赤字であってもどのようなビジネスモデルで収益化を図るのか、その市場は成長するのか等々ビジネスモデル全般について深く説明が求められます。
また株主構成や役員の状況、会社と大株主、経営陣との関連当事者取引の状況等も大切な確認項目となります。
2 組織・管理部体制
上記のビジネスモデルや会社全般事項に加えて、監査法人が気にする点は組織の状況や管理部門の充実です。
監査法人が監査に入る前提としてスタートアップ企業の決算体制・管理本部体制が監査契約をするのに十分な体制なのか、監査契約を締結した際に会社の監査対応が十分な体制なのか等の確認がなされます。
スタートアップ企業では管理部門体制に十分な人員を配置することが難しいこともあるでしょうがIPOを目指す上では管理部門体制をしっかりと構築する必要があります。
3 決算期
さて、監査法人の繁忙期がいつか皆さんご存知でしょうか。日本では3月決算企業が多いため、3月決算が締まった4月下旬から5月中旬が繁忙期となります。
そして、現状では四半期決算制度があるため、6月、9月、12月の四半期ごとに監査の繁忙期が到来します。
さらに筆者の肌感覚とはなりますが9月決算企業、12月決算企業の会社も多くあり、結果として3月、6月、9月、12月の年度決算・四半期決算に対する監査業務が非常に多く生じているのが現状です。
実際、監査法人との契約のために決算月を変更した事例も生じており、実は決算月も監査契約締結の難易度に関係するのが現状です。
■おわりに
これまで見てきたように上場企業においても新規株式公開企業においても、企業側の監査法人の選択肢が多様化しています。
起業家にとってはIPOを目指す上で監査法人との監査契約が必須のため監査難民がゆえにIPOを目指すことができないことは起業家にとっても日本の株式市場、日本経済にとってももったいないことでしょう。
実情としては、まだまだIPOにおける監査法人を探すのは容易ではない時代でありますが、IPO実績を有する準大手・中小監査法人は年々増加しており、現在も多くのスタートアップ企業が大手監査法人以外の監査法人と監査契約を締結している例を多数耳にしています。
IPOを目指す起業家の方は自社のビジネスモデル確立や管理体制を強化しつつも早めに監査法人へ相談し、下記にある中小監査事務所リストを参照するなどをして、ぜひ多くの監査法人に出会い、自社にとって最適な監査法人をパートナーとして選任しIPOを達成されることを祈念申し上げます。