「道新は死んだ」北海道新聞「社内調査報告」の果てしなき残酷
北海道新聞の入社3カ月の新人記者(22)が旭川医科大学(北海道旭川市)を取材している最中に、建物内に無断で侵入したとして、建造物侵入罪の疑いで現行犯逮捕されるという事件が6月22日に起きました。それから約2週間後の7月7日、記者を雇用している北海道新聞が「社内調査報告」を公表しました。そこには、まるで新人記者を切り捨てるかのような、非情な言葉が並んでいました。報道関係者からは「道新は死んだ」という声もあがっています。
会員登録しないと見られない「調査報告書」
この事件は、国立大学法人の学長解任という公共性のある問題をめぐる取材中の出来事です。また、大学職員による「私人逮捕」(警察官以外の一般人による現行犯逮捕)という異例の対応だったことから、事件の直後には「逮捕はいきすぎであり、取材活動を萎縮させてしまう」という報道関係者の批判もありました。
一方、旭川医大は6月28日の記者会見で、逮捕は正当な行為だったと強調。北海道新聞の記者がスマホで会議の内容を無断録音していて、職員が問いただすと身分に明かさずに立ち去ろうとしたので、学外者が無許可で侵入していると判断して逮捕し、警察に通報した、と説明しました。
当事者である北海道新聞は、記者の逮捕直後に「本紙の記者が逮捕されたことは遺憾です。逮捕された経緯などについて確認し、読者の皆様に改めて説明させていただきます」と簡単なコメントを発表。その後、公の場でどのような説明をするのか、注目されていました。
事件から約2週間がたった7月7日、北海道新聞は「旭医大取材の本紙記者逮捕 社内調査報告」と題した記事をウェブサイトに掲載しました。
ところが、取材中の新聞記者の逮捕という公共性の高い事件の調査報告であるにもかかわらず、北海道新聞の会員に登録しないと中身を読めない仕様になっていました。そのため、同業の記者たちからも「報道機関としてヤバイ」「新聞社の公器性を自ら放棄しているとしか感じられない」という批判が起きています。
では、北海道新聞の社内調査報告には、どんなことが書かれているのか。実際に会員登録して報告記事を読んでみると、そこには驚くべき言葉が並んでいたのです。
新人記者は「入構禁止」を知らされていなかった
調査報告の内容を順に見ていきましょう。
冒頭の説明によると、この調査報告は、(1)逮捕された記者と(2)現場で取材していた報道部の3人の記者、(3)担当の部次長らから、事実関係について聞き取り調査をおこない、確認した内容をまとめたものだとされています。
まず、今回の事件の「事実経過」が記されています。それによると、取材現場である旭川医大の敷地内には、新人記者を含め4人の北海道新聞記者がいたそうです。
つまり、「構内への立ち入り禁止」という旭川医大の要請は、取材現場の記者たちに直接伝えられたわけではなく、北海道新聞にファクスで通知されました。問題は、この通知が新人記者には伝達されなかったことです。
なぜ、北海道新聞の報道部が、新人記者が現場にいることを把握していなかったのか。報道部の誰がメールしたのか。それは明らかでありません。いずれにしても、新人記者は旭川医大の「入構禁止」という重要な通知を受け取ることができませんでした。
さらに、新人記者に不運が重なります。一緒に現場にいたキャップが、新人記者に「入構禁止」の要請を伝えてくれなかったのです。
まるで、新人記者が何かの「罰ゲーム」をさせられているかのような印象を受けます。
新人記者に指示を出したのは誰なのか?
結局、弱冠22歳の新人記者は、旭川医大の入構禁止の要請を知らぬまま、会議が行われているとみられる建物の4階に向かうことを指示されます。
新人記者は入社して3カ月。取材経験はまだ少なく、上司や先輩の指示があれば、素直に従うしかなかっただろうと想像できます。したがって、誰が、どのように指示を出したのかが非常に重要です。
ところが、北海道新聞の調査報告では「キャップがこの指示を出したのか、別の記者なのか、はっきりしません」とされています。その理由は「電話や無料通信アプリのLINEで複数のやりとりがあったため」ということですが、不可解です。
LINEはテキストメッセージを送り合うアプリですから、メッセージの送受信者と内容、時刻がスマホに記録されているはずです。また電話も、通話者と時刻はスマホを見ればわかるはず。問題は通話の内容ですが、まともな報道機関ならば、それぞれの通話者に話を聞けば、誰が何を話したか特定できるでしょう。
それなのに、誰がどのような指示をしたのかハッキリしない、と北海道新聞は説明しています。
この点については、元北海道新聞記者で現東京都市大学教授の高田昌幸さんも、毎日新聞のインタビュー記事で「その程度の社内取材もできないなら、報道機関を名乗る資格などない。もはやお笑いです」と厳しく非難しています。
「身分を聞かれてもはぐらかすように」言われていた
調査報告の内容に戻りましょう。北海道新聞のX氏から指示を受けた新人記者は、旭川医大の建物の4階に上がり、学長解任問題について議論しているとみられる会議室の前にやってきます。
事件の発覚後、旭川医大は「記者がスマホで録音していた」「職員が問いただすと身分を明かさずに立ち去ろうとした」と説明していました。北海道新聞の社内調査でも、その事実が裏付けられたわけです。
では、なぜ新人記者は「スマホで会議を録音」し、「問われても身分を明かさない」という批判される行動をとったのでしょうか。この点について、北海道新聞の調査報告は次のように記しています。
まず、スマホの録音について。
続いて、身分を明かさなかった理由については、こう記されています。
つまり、いずれも直接的には、新人記者が「自分の判断」でおこなったと説明されています。
ただ、無断録音は「先輩記者から聞いた体験談をもとに」おこなったということですし、身分を隠そうとしたことについても「キャップや別の記者から、校舎内で身分を聞かれても、はぐらかすように言われていた」ことが影響したとされています。
新聞記者として右も左もわからない新人ならば、先輩たちから聞いた不適切なアドバイスを鵜呑みにして、本来取るべきではない行動を取ってしまったとしても仕方ない。そのように考えることはできないでしょうか。
同世代の記者として「果てしなく残酷」
実は、この新人記者にとって、もう一つ不運といえる事情がありました。
取材対象である旭川医大と報道各社の間では、事件の4日前にトラブルが起きていて、同大が「許可なく校舎内に立ち入らないように」と報道陣に要請していたのに、その情報が新人記者まで届いていなかったのです。
調査報告には、次のように記述されています。
激しい戦闘が起きていることを知らずに戦地に送り込まれた兵士のように、新人記者は背景事情を知らぬまま、大学の校舎に立ち入ることを指示されました。
たしかに、大きなニュースの取材現場は時々刻々と状況が変化し、個々の記者は、全体像がよくわからないまま、自分の目の前にある情報とこれまでの経験をもとに、臨機応変に判断することが求められます。
その意味で、新人記者がその場で求められていた適切な行動を取れなかったのは事実でしょう。しかし入社3カ月で、試用期間中と考えられる身です。そんな若者にベテラン記者と同じような対応を期待するのは、酷だったと言えるのではないでしょうか。
実際、現場で働く記者たちからは「気の毒だ」と同情の声もあがっています。「同世代の記者」という人物は「果てしなく残酷に思えてならない」と嘆きのツイートをしました。
「新兵いじめ」「一種のパワハラ」だった?
北海道新聞の調査報告を読むと、新人記者が「自分の判断」で無断録音をおこない、身分を明かさなかったことが強調されているように感じます。
たしかに、これらは記者の行動として不適切だったと言えます。
しかし、現行犯逮捕された理由は「建造物侵入罪」であって、施設管理者である大学の許可なく校舎に立ち入ったことが問題となっています。そして、入構禁止の要請を無視して校舎に立ち入り、4階の会議室前に行くように指示したのは、新人記者以外の「誰か」だったのです。
先に記したように、北海道新聞は、4階に向かう指示を出したのが誰なのかは「はっきりしません」と結論づけています。最も重要なポイントが不明瞭。それが、この調査報告書の特徴です。
一方、校舎への立ち入りを指示したのは、新人記者の先輩のキャップだとされています。なぜ、そんな指示を出したのか。北海道新聞の調査報告は「新人記者を単独で校舎内に立ち入って取材させたことにも問題がありました」としながら、こう説明します。
いったいどんな経験を積ませたかったのでしょう?
このキャップの指示について、ある全国紙のベテラン社員は「一種の『新兵いじめ』じゃないですかね」と指摘しています。先ほど発言を引用した元道新記者の高田昌幸さんも次のようにコメントしています。
責任が問われるべきなのは、新人記者を指揮監督し、教育する立場の管理職なのではないか。北海道新聞は「記者教育の点で問題があった」としていますが、調査報告書の記述は非常にあっさりしたものでした。
ただ、こう書かれているだけです。
新聞社の職場では、一般的に取材を指揮する報道部の部次長(いわゆる「デスク」)の権限が大きいので、今回も、部次長が旭川医大の取材全体を指揮し、各記者の配置や役割を決定していたのではないかと推測できます。
しかし、報道部の部次長が取材方針についてどのような判断をして、現場の記者にどのような指示を出していたのか、今回の調査報告では全く明らかにされていません。つまり、管理職の行動や責任についてはほとんど何も説明されていないのです。
「現場が勝手にやったこと」。北海道新聞の上層部はそう言い逃れをしようとしているのではないか、と疑ってしまいます。
元神戸新聞記者で、現フリーランスライターの西岡研介さんは「最大の問題は、〈入社1年目の記者〉を社として守らなかったことにあるんじゃないのか? 冷たい組織だ」と批判の言葉をツイートしました。
また、新聞業界に生息しているという人物からは「悪いのは現場という、保身の結論」「北海道新聞に失望した」という声が出ています。
「道新は死んだ」「もう耳を傾ける人はいない」
これまで見てきたように、北海道新聞が公表したのは「調査報告」とは名ばかりの、ツッコミどころ満載の文書でした。
北海道新聞の不誠実な姿勢に対して、「しがないブンヤ」を名乗るアカウントは「道新は死んだ」とつぶやきました。
普段は政治や行政の不正を暴き、説明責任を追及している新聞社ですが、自分たちが説明を求められると、途端に貝のようになってしまう。それだけでなく、一人の新人社員に責任を押し付けて、他の上司たちの責任は曖昧にして、組織を必死で守ろうとする。
その姿勢は、ブラック企業そのものです。
ところが、社外の厳しい批判とは裏腹に、北海道新聞の幹部は自信満々のようです。社内報告書の最後は、小林亨・編集局長の言葉で締め括られていたのですが、そこには「早急に再発防止策 ひるまず取材継続」という見出しがつけられていました。
「ひとりの人間が守られなければ意味がない」
入社してまもない新人記者が現行犯逮捕という過酷な状況に追い込まれた一方で、記者たちのトップに君臨する編集局長は「今回の事件にひるむことなく、国民の知る権利のために尽くしていく」と意気揚々の姿勢を見せています。
だが、この調査報告を見て「北海道新聞は信頼できる」と評価する人が、いったいどれだけいるでしょうか。
元毎日新聞記者で、経済部長や広告局長などを歴任した佐々木宏人さんは、北海道新聞の調査報告は不十分だとして、「記者会見して説明すべきだ」とコメントしています。
一方、元徳島新聞記者で、現法政大学教授の藤代裕之さんは、大学で若い学生たちを指導する立場から「表現や言論の自由を声高に叫ぶ前に、ひとりの人間が守られなければ意味がない」と指摘しています。
今回の北海道新聞記者の逮捕事件と社内調査報告書。そこから浮かび上がってくるのは、巨大な組織のために犠牲になる個人の姿です。2015年に起きた電通の高橋まつりさんの事件と重なっているように見えました。