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ハリウッドに異変?女性はついにハイヒールの呪縛から解放されるのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカー授賞式の舞台にスリッパ姿で登場したティファニー・ハディッシュ(左)(写真:Shutterstock/アフロ)

 長いアワードシーズンが、ついに終わった。オスカー作品賞に選ばれた「シェイプ・オブ・ウォーター」が世界プレミアされたヴェネツィア映画祭から数えると、なんと6ヶ月。さまざまな賞の候補に挙がった女優や女性監督たちは、この間、毎回違うドレスを着こなし、カメラに向かってスマイルしなければならなかったのだ。

 一番の晴れの場は、言うまでもなくオスカーである。ここに至るまでの各授賞式では、ちょっと遊び心を見せることができたり、逆に「#TimesUp」運動のお達しで黒しか着られないという制限があったりしたが、世界中から注目されるこの日は、完璧を期し、最高に美しい自分を演出しなければいけない。ドレスを選ぶ上での第一条件は、誰もまだ着ていないものであること。そして、何を選んだのであれ、ハイヒールはフォーマルな場のお約束であるだけでなく、脚をより長く、きれいに見せるための重要な武器だ。

 ところが、今年のアカデミー賞授賞式では、ちょっとした異変が起きた。プレゼンターとして舞台に立ったティファニー・ハディッシュが、前に見たことのある白のロングドレスで現れたのだ。

 このドレスは、ハディッシュ自身が、昨年夏の出演作「Girls Trip」のプレミアで着たもの。この映画が大ヒットするまで無名だった彼女が、自腹で4000ドルを払って買ったというものだ。その後にも、「Saturday Night Live」に同じドレスで出演し、「(同じものを二度着ることが)タブーかどうかなんて気にしないわ。このドレス、私の住宅ローンより高いのよ。なんたって、アレキサンダー・マックイーンなんだから。これからだって、何回も着てやるわよ」と、自らネタにしている。

 そして彼女は、その言葉どおり、オスカーにもそのドレスで現れたというわけだ。もはや大人気スターに昇格し、オスカーのノミネーション発表でもプレゼンターを務めた彼女ならば、どんなデザイナーからもドレスを貸してもらうことはできたはずである。つまり、これは彼女自身の意図的な選択だったということ。さらに驚くべきは、足元だ。このエレガントなドレスに彼女が組み合わせたのは、実に履き心地が良さそうなスリッパだったのである。

 舞台には立たなかったが、この授賞式では、ウーピー・ゴールドバーグも、履き潰して足に馴染んだショートブーツで出席した。ただし、ぱっと見ただけで、それはわからない。レッドカーペットのアライバル中継で彼女がインタビュアーに語ったところによると、デザイナーのクリスチャン・シリアーノが、意識して足元が見えないようなデザインにしてくれたのだそうだ。

 また、オスカー前日のインディペンデント・スピリット賞授賞式には、フランシス・マクドーマンドがパンツスーツにスリッパで出席した。もともとインディペンデント・スピリットはカジュアルが売りで、ホストを務めるコメディアンも、「この授賞式のドレスコードは、きれいな服を着てください、じゃなくて、何か服を着てきてください、ですから」とジョークにするほどだが、テレビで中継され、カメラマンに写真も撮られるとあり、実際には多くがドレスアップして来る。このアワードシーズン、主演女優部門を総なめしてきたマクドーマンドは、この日も舞台で受賞スピーチをすることになるだろうとわかっていたはずで、これまた確信犯と言える。

アメリカではハイヒールの売り上げが減少している

 女優たちの間でハイヒールをめぐる論議が初めて起こったのは、2015年のカンヌ映画祭だ。「キャロル」のプレミア上映にやってきた女性客数人がフラットシューズを履いていたことから入場を拒否され、女性差別だと抗議の声が上がったのである。

 だが、その翌年には、スーザン・サランドンがフラットシューズでカンヌのレッドカーペットに登場。アルマーニのロングドレスで現れたジュリア・ロバーツも、裾を持ち上げると、下はなんと裸足だった。また、昨年の「ワンダーウーマン」L.A.プレミアには、主演のガル・ガドットがジバンシィのロングドレスに50ドルのフラットサンダルを合わせて出席し、話題を集めている。

 ハリウッドで少しずつこういった流れが起きる中、一般女性もハイヒールに「ノー」と言い始めた。市場リサーチ会社NPDグループの調べによると、アメリカにおける昨年のハイヒールの売り上げは、前年に比べて12%減少したとのことだ。一方で、レディース向けスニーカーの売り上げは37%もアップしている。

「SEX AND THE CITY」が一大ブームとなった頃、女性たちは無理をしてでもサラ・ジェシカ・パーカー演じるキャリーと同じようにマノロ・ブラニクにお金をはたいたもの。だが、今やあこがれのセレブですら、楽な靴でフォーマルな場に出るようになった。もう、無理する必要はない。ファッションアイコンのカーラ・デルヴィーニュだって、ついつい集めてしまうアイテムはスニーカーだと語っているのだ。

 そもそも、男たちは昔からずっとフラットだったのである。ハイヒールの苦痛に悩まされていたのは、女性たちだけ。その呪縛から自分たちを解放しようという発想は、「#TimesUp」運動にも、ある意味、合っていると言えるだろう。数年後、レッドカーペットは、どんなふうに変わっているだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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