長野県の食文化を世界に!女子高生が提唱する昆虫食「ざざむしふりかけ」降臨
国連食糧農業機関(FAO)が推奨するなど、世界的には温暖化対策としても注目されている昆虫食。豊富な昆虫食文化が残る長野県では、四大珍味として知られている蜂の子、イナゴ、ざざむし、カイコに加え、ゴトウムシ、スズメバチなど18種類以上の昆虫を食用にしてきた。だが昨今、これらの中でも水生昆虫のざざむしを食べる文化が危機に頻している。漁師の平均年齢が70代と高齢化していることに加え、護岸工事や大雨による土砂崩れが起こした水質変化により、ざざむしが生息できる場所が減ってきているのだ。この状況をなんとかしようと、地元の高校生たちが立ち上がった。昆虫食文化を継承すべく奮闘する彼女たちの活動に密着した。
土砂崩れに護岸工事 変わる天竜川の水質
「うーん、川が濁ってこれは厳しいなあ」
2021年12月1日、長野県南部・伊那谷の冬の風物詩であるざざむし漁の解禁日。天竜川水域の現場に立った天竜川漁協の平沢正信副組合長は、こうつぶやいた。ざざむしとは、トビケラ、カワゲラ、ヘビトンボなど川の瀬に生息する川虫のうち食用にする幼虫の総称だ。伊那谷には、佃煮や揚げ物などにして食べる文化が残っている。
ざざむし漁には天竜川漁協が発行する虫踏許可証が必要で、解禁日までに複数の漁師が許可証を得て、漁に出られるのを待っていた。ところが前日の11月30日から、天竜川は降り続く雨による増水で水が濁り、解禁日だというのに漁に出る人の姿は見られなかった。水が濁っているとざざむしが餌と一緒に泥を食べ、つくだ煮にしても食感が悪くなるのだという。
数日後、快晴の天竜川にはざざむし漁に励む漁師たちの姿もあったが、漁獲は乏しいようだった。「今年は少ないねぇ」。ざざむし漁歴40年以上のベテラン、中村昭彦さんはこう嘆く。
ここ数年、大型の台風によって川が荒れ、天竜川上流の船形沢が崩落するなどの土砂災害も起きた。このため、多い時では年間12トンほどの漁獲量があったざざむしが、近年では数百キロにとどまる年が増えている。
減少する漁獲量 動き出した高校生たち
一部の漁師たちは、船形沢をはじめとする上流の山の崩落事故が漁獲量に影響したと考えている。だが、河川を管理する中部森林管理局南信森林管理署の澤口章一総括治山技術官は、そう単純なことではないと語る。
「天竜川水域では昨今、防災のための護岸工事がスタートしています。川の土砂を重機で採掘する作業も進行しており、河川の白濁が山の崩落によるものだけなのか断定は難しい」
水質の変化に加え、平均年齢が70歳を上回る漁師の高齢化が、漁穫量の減少に拍車をかけている。漁獲量の減少は、ざざむしを食べる文化そのものの衰退につながる。こうした現状に対し、アクションを起こした高校生たちがいる。伊那市の上伊那農業高等学校コミュニティデザイン科グローカルコースに所属する昆虫食班の生徒たちである。
リーダーの大槻海怜さん(18)をはじめとするメンバーの食文化継承の試みは、次のようなものだ。まずはざざむしを学校で養殖し、漁獲量の減少に歯止めをかける。さらに、誰もが食べやすい形に加工した商品開発をすることにより、見た目に対する抵抗感という昆虫食の課題を乗り越える。クラスを担当する山下昌秀教諭のもと、年間の授業を通じての取り組みが始まった。
動き出したざざむしふりかけ
昆虫食が苦手な人でも食べやすい商品。こんなコンセプトでアイディアを出し合うなかで、当初有力だったアイディアが「ザザテインヌードル」だ。ざざむしをインスタント麺の麺や汁の粉末に練り込むというものだ。このアイディアは、長野県を元気にするビジネスプランを競う「信州ベンチャーコンテスト2020」高校生部門のグランプリを受賞するなど好評を博した。だが、実際に麺を加工する業者が見つからず、計画は頓挫。加工製造がしやすい別のプランづくりを余儀なくされた。
班のメンバーでアイデアを出し合ううちに固まったのが、「ざざむしふりかけ」の案だ。ざざむし特有の磯の匂いのような香ばしさが、ご飯のお供になるのではないかというメンバーの発想がもとになった。
「ざざむしだけではなく、地域の食材を活用するのにこだわって、粉砕したくるみも入れることにしました」。班を率いる大槻さんはこう語る。大槻さんらは、昆虫食事業が専門の株式会社TAKEOの三橋亮太さんを山下先生に紹介され、食品製造の実績豊富なこの会社に製造を委託することにした。ただ、プランも固まり、あとは製造に入るだけという段階で大槻さんらが直面したのが、漁獲量減少という課題だった。
「商品を製造するためには、最低でも2キロのざざむしは欲しい」。三橋さんはこう求めたが、漁師の指導のもと、高校生たちが授業の一環として採れたざざむしはわずかに500グラムほど。ざざむしの養殖も試行錯誤を重ねている段階で孵化がうまくいかず、商品化に足りない量を補うにはとても至らない。それでもあきらめない大槻さんらが相談したのが、ベテラン漁師の中村さんだ。中村さんは、ざざむし文化の継承をめざす高校生の期待に応えたいと、長年の経験から他の漁場を探し出してくれた。こうして、製品化にに必要な2キロのざざむしは確保できた。
広がってゆく商品 今後の展望
「小学生低学年の頃に給食に出たざざむしを食べて美味しいなと思って。この味の魅力を伝えたくて」。地元新聞社の記者らに囲まれたプレスリリースの場で、完成した商品を抱えた大槻さんは、はにかみながらも誇らしげに語った。味だけでなく、パッケージデザインにもこだわった。「見た目が食べづらそう」という昆虫食のイメージを刷新すべく、班のメンバーらとともに知恵を絞り、慣れないデザインソフトを使いながら取り組んだ。
彼女たちの商品は、地元の店舗やTAKEOが運営する通販サイトで販売が始まった。
「ざざむしふりかけは人気で、あっという間に売れていきましたね。味の感想ですか?磯の匂いが香ばしくて、美味しかったです」
上伊那農業高校のOBで雑貨店CONTEを営む有賀晶子さんはこう話す。地元の若者たちの取り組みを応援したいという思いで、商品の取り扱いを決めたという。
一方で、安定しない漁獲量への対策は待ったなしだ。商品が話題になり、ざざむしへの注目が集まれば、必要な漁穫量はさらに増えることが予想される。養殖にはまだ課題が残り、軌道に乗ったとは言えない状態だ。
それでも、希望の手を差し伸べてくれる人もいる。ざざむしふりかけの話題を耳にした白鳥孝伊那市長は、かねて昆虫食に親しんできたこともあり、大槻さんら高校生の取り組みを応援したいと考えた。市長室へ商品完成の報告に訪れた彼女たちに、「ざざむしの養殖場を市としても整備するなど、協力できることは積極的にやっていきたい」と励ました。大槻さんらの取り組みが、ざざむしという郷土食文化の未来に向けた架け橋のひとつとなったのは確かだ。
2022年春、大槻さんは上伊那農業高校を卒業し、東京の大学に進んだ。観光やまちづくりを学び、やがては地元に戻って地域のための仕事をしたいと考えている。
「自分が生まれ育った土地の食文化を色んな人に伝えていきたい」
その挑戦は、始まったばかりだ。
クレジット
監督・撮影・編集 太田信吾
音楽 重田拓成
録音 竹中香子
プロデューサー 井手麻里子