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改めて考える選挙費用600億円の使い道 ~行政事業レビューシートから~

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

12月2日に公示された衆議院選挙は中盤戦。「解散の大義とは?」「アベノミクスの評価」「野党共闘の成果」など、様々な切り口で報道されている。ここで少し立ち戻り、今でも時折報道される「選挙にかかる費用600億円」はそもそも何に使われているのか、私自身が作成にかかわった行政事業レビューシートを見ながら解説したい。

国政選挙の費用が地方自治体の持ち出しになる可能性

行政事業レビューシート1ページ目
行政事業レビューシート1ページ目

1ページ目を見ると、平成24年12月14日投開票が行われた前回の衆議院選挙では、総額588億円が支出されていることがわかる。2ページの内訳を見てみると、その9割以上にあたる約540億円が都道府県への委託費用になっており、さらにその75%(約405億円)が都道府県から市町村へ委託されている。これは、地方財政法と公職選挙法により、国政選挙に必要な経費はすべて国が全額負担することになっているためだ。

行政事業レビューシート2ページ目
行政事業レビューシート2ページ目

では、地方では具体的にどのようなことに使っているのか? それは3ページを見るとわかる。都道府県の中で最も多くの国費が投入された東京都では、市区町村への交付額が22億円、候補者の政見放送やポスターの作成、新聞広告にかかる費用が17億円(公選法によりこれらの経費は公費負担することが決められている)などとなっている。

次に市町村はどうなっているか? 同じく3ページに記載されている横浜市を見ると、選挙事務全般の事務費(職員の超過勤務代など)が約2億6000万円、投・開票所に係る人件費が計約5億円、期日前投票所の管理者人件費が8000万円、ポスター掲示上の設置と撤去費で7400万円などとなっている。大まかに整理すると、都道府県は選挙に必要な素材の作成を行い、市区町村は人件費が中心であると言える。

先述の通り、地方でかかる経費はすべて国費で賄うこととされているが、他方で「執行経費基準法」により支出項目それぞれに基準単価が定められている。清算払いではなく、自治体の規模に応じてかかる経費を事前に算定し交付するというやり方である。この仕組みは、各自治体の効率性を追求するという意味でも悪いものではない。

ただ、今回のように解散から公示までが11日間(2年前の衆院選は18日間)となると、効率性を度外視せざるを得ないこともある。ある町では、公営掲示板の設置費用について、従来は3社程度から見積もりを取って安いところに委託をしてきたが、今回はその時間もなく1社にすぐ発注。当然受注事業者も時間がないため人の手配についてもコストを上げざるを得なくなる。ここ1,2年の資材の高騰も相まって2年前の倍近い費用となっている。この町では、国からの費用では賄えず一般財源から捻出せざるを得ない見込みとなっている。地方の効率を重視した算定方式は重要なことだが、国の都合で決めた選挙の費用の一部を地方の税金で賄わなければならない状況があり得ることは課題として捉える必要がある。

行政事業レビューシート3ページ
行政事業レビューシート3ページ

テレビと新聞に最低でも20億円以上の国費

選挙期間中にNHKを中心に流れる政見放送や新聞の紙面下の広告欄に登場する候補者や政党の広告は、候補者などが負担するわけではない。当然ながら各社のサービスでもなく、法律によってその経費は国が負担することが決められている。

例えば新聞広告の場合、衆議院選挙では候補者の広告は5回まで無料、小選挙区候補者を出している政党の広告と比例代表選挙の広告は、その人数に応じて無料の回数などが決まっている。東京であれば、小選挙区に自民党は24人、民主党は19人出しているのでともに32回以内、比例代表の名簿登載数は自民党が31人で64回以内、民主党は22人なので48回以内まで無料で広告が出せることになる。

レビューシートの2ページ目を見ると、放送事業者に約1億円、各新聞社に約21億円流れていることがわかる。ただし選挙においてのメディアへの支出額はこれだけではなく、先述の地方への委託費の中にも政見放送や新聞広告の経費が含まれており、それを含めると200億円以上という報道もある。本当ならば総額の1/3以上は候補者や政党のためのコストであり、その行き先はメディアということになる(今回、その数字を出そうと試みたが現時点では不明)。

なお、このほか、選挙運動用のハガキ(支持者が当該候補者を応援していることを自らの知人に表明することを目的としたもの)を選挙運動で利用することが認められているのだが、このハガキの作成費や郵送費は候補者側ではなく公費で負担することが決められている。その合計額19億円は日本郵便株式会社に支出していること、また、選挙期間中の候補者の公共交通による移動も公費で負担することとなっており、その金額が8000万円だということも含めて2ページからわかる。

この選挙費用600億円が高いとみるか、適性とみるかは人それぞれの考え方次第であり答えがあるわけではないが、規模だけで判断するのではなく、600億円の中身をしっかりチェックする必要はある。例えば新聞広告を公費負担にするのは止め、掲載の有無も含めて候補者や政党の自己判断にするべきではないか、インターネットによる選挙運動が解禁されている中で20億円もの税金をかけてハガキをばらまくことが適切なのか、など議論の余地は多分にあろう。

ただし、少なくとも今回の選挙は、この仕組みの中で行われる。だからこそ、政治もメディアも国民も一緒になって、600億円を活きたお金になるような選挙の中身にする努力が必要ではないだろうか。

その重要な成果指標が「投票率」だ。2年前の衆議院選挙は史上最低の59.32%。巷間今回の選挙はさらに低下し史上最低投票率との声が多い。投票率が向上しなければ、今の税金の使い方は目的の達成手段として適正ではないことを意味する。その時は、公職選挙法の抜本的な見直しとセットに大きな改革をしなければならない。

<追記>

2年前(平成24年12月)の衆院選の有権者数は約1億400万人。投票という行為に1人当り565円かけていることになる。投票者総数で見ると1人当り953円。平成21年8月に行われた衆院選の投票者総数は24年よりも1000万人以上多かったため、投票者1人当りのコストは831円と120円上がったことになる。お金だけではかるものでは当然ないが、選挙費用600億円を活きたお金にするためには、やはり多くの有権者が投票に行くことが必要だと考える。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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