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セルビア大統領の祖父も殺害されたクロアチアのヤセノヴァツ強制収容所を舞台にしたホロコースト映画

佐藤仁学術研究員・著述家
(Aaleksandar Letic)

セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領が自身の祖父が第2次世界大戦時にクロアチアにあったヤセノヴァツ強制収容所で殺害されたという話をイスラエルのメディア・イェルサレムポストの取材で語っていた。

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいた映画やドラマは毎年欧米で制作されている。2021年にはセルビアとアメリカで「DARA OF JASENOVAC(ヤセノヴァツのダラ)」というヤセノヴァツ強制収容所での10歳の少女ダラの経験と証言をもとに制作された映画が公開されていた。

1941年4月にユーゴスラビアはドイツ軍に占領されクロアチアが独立。親ナチスのウスタシャに支配されたクロアチアではユダヤ人だけでなくセルビア人も多く殺害された。1941年10月にヤセノヴァツ強制収容所は設立された。ナチスドイツに命令されるまでもなくユダヤ人だけでなくセルビア人、ロマも徹底的に迫害、殺害してナチスドイツですら驚いたと言われている。「ユダヤ人よりも非ユダヤ人市民を多く殺した唯一の枢軸側の衛星国」としても名高い。

▼「DARA OF JASENOVAC」オフィシャルトレーラー

ホロコースト映画と記憶のデジタル化

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。この映画「DARA OF JASENOVAC(ヤセノヴァツのダラ)」も経験者の証言を元にしたノンフィクションである。ノンフィクション映画はホロコースト教育の教材にも活用されやすい。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

珍しいヤセノヴァツ強制収容所を舞台にした映画

ホロコースト映画というと110万人以上が殺害されたアウシュビッツ絶滅収容所を舞台にした映画やフランスでのユダヤ人をテーマにした映画が目立っている。アウシュビッツからの生還者も多いので証言や経験もたくさんあるので無理もない。クロアチアにあったヤセノヴァツ強制収容所を舞台にした映画は珍しい。ホロコーストの記憶のデジタル化も進んでいる。

だがホロコーストを経験した生存者のデジタル化された証言や、それらを元にした映画やドキュメンタリーでセルビアやクロアチアを舞台にしたものはポーランド、フランス、オランダなどに比べると多くない。記憶のデジタル化はホロコースト博物館やユダヤの団体、南カリフォルニア大学のショア財団などが進めているがユダヤ人の生存者がほとんどで、特にユダヤ人以外のセルビア人などの生存者の証言のデジタル化はあまり進んでいない。そういう意味でも当時のクロアチアでの様子を理解するのに貴重な映画である。

戦後75年以上が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

▼「DARA OF JASENOVAC」クリップ

セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領
セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領写真:ロイター/アフロ

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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