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文系・理系の区分けをやめよう

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

10月3日の日本経済新聞に「『人文系廃止は誤解』国立大通知、火消しに躍起 文科相『対象は教育養成系』」という見出しの記事が掲載された。この通知は今年6月8日に文部科学省から全国の国立大学法人学長と各大学共同利用機関法人宛てに出されたもの。この内容の中で問題とされた部分は、「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。」とされた箇所。

このくだりを読む限り、教育養成系学部だけではなく、人文社会科学系学部・大学院についても同様に、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換を積極的に取り組む」措置を要請している。ところが、3日の日経では、教育養成系だけに要請したもの、と答えている。だったら、なぜこの文章そのものを修正しないのだろうか。

文書として残しながら、口頭では教育養成系だけというのではそもそもこの通知そのものを否定していることにならないだろうか。通知を修正しない以上、真意はやはり、人文社会科学系も含むと解釈せざるを得ない。

6月のこの通知に対して、日本学術会議をはじめ、経団連さえも文系の必要性を認めており、反対を示してきた。今回の報道は遅ればせながら9月18日の学術会議の定例会を報じたものだが、文科省はこの文章を修正しないという考えはないと日経は報じている。

一連の騒ぎを見て感じたことだが、そもそも文系と理系を分ける必要性は今、どこにあるのだろうか。社会人となると、文系も理系もなく共に必要になる。社会に出ても文系や理系を議論する輩には、「大学」というエリート意識がちらちら垣間見えるだけ。製造業にいるエンジニアといえども原価計算、市場分析、経営戦略、人材育成、資金調達なども欠かせない。また、製品を差別化する重要な技術の中に、量子力学や統計力学(統計学ではない)、熱力学、通信理論、数値解析、アナログ回路、ソフトウエアなどが大きな役割を果たす例が少なくない。文系だから知らなくて当然ではないはずだ。

かつて「三角関数、何になる」と言った作家がいるが、この問いに対してもまともな答えを見たことがない。三角関数は、携帯電話を設計するのに重要な概念だけではなく、クルマやエアコンなどのモーターの設計にもフル活用されている。三角関数は、作家がエンジニアをモデルにした小説を書くのなら当然知っておくべきことであろうし、身近な製品にもふんだんに使われているコンセプトである。津波の被害を想定する場合にも三角関数は欠かせない。

大学の区分けでさえも問題が多い。スーパーコンピュータを使って数値演算で気象予報や複雑な風洞実験などを計算していくが、数学と物理、電子工学、ソフトウエアとの間にさえ「壁」がある。同じ理系と括られても互いに理解できないエンジニア・研究者も多い。例えば、風や水の流れを表現し可視化して見せる場合、その状況をモデル化、数式化、級数展開、数値演算、計算アルゴリズム、プログラム処理などの手順を踏むが、それぞれ数学、物理、電子工学、コンピュータプログラムなどの知識が必要になる。こういった手順で結果を求めようとしても数百時間も数千時間もかかるようでは使い物にならない。そこで、もっと高速にするための工夫が必要になる。この工夫こそが「テクノロジー」である。テクノロジーでは、時間のかかる原因、すなわちボトルネックを求め、それを解決する手段を模索していく。ビンの口(ボトルネック)のように狭くなっている箇所を広げれば水はどっと流れていく。この時に求められる知識は、幅広い考えである。

例えば、津波は一体どのようにして海岸に押し寄せ、街を飲み込むのか、シミュレーションで見て避難対策を作ろうとする場合には、理系と文系の知識が必要になる。共に必要なのである。まずシミュレーション結果を見て対策を打つ。山の方に向かって逃げる、防潮堤を作る、避難時に開放する道路を作っておく、などの対策は考えられるが、どれを選ぶかはシミュレーションが役に立つ。コストを少なくて済む最適な方法を選べばよい。巨大な防潮堤よりは、松島や瀬戸内海のような多数の島々が並ぶような「防潮島」の方が、コスト的・実効的に有利かもしれないが、こういった場合を計算してみる手もある。行政や学者が考えるよりは解決のヒントとなるアイデアは、地元の人が持っている可能性も多い。

アイデアは柔軟に、ありとあらゆる方法・手段を考えようとすると、そこには文系も理系も共に必要なはずだ。これからの教育が文系だけ、理系だけでは、もはや立ち行かなくなる。これからの日本を経済的な繁栄や安全・健康・長生きの社会を世界の国々と共に続けるためには、教育が最も重要な要素である。20年、30年後の日本が先進国を続けられるように、今から教育をゼロから考え直していく必要があるだろう。このままではその頃には少なくとも経済は破綻、国が滅びる可能性が大きいからだ。

(2015/10/05)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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