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天才・藤井聡太七段(17)2019年度最終局を千日手指し直しで制し史上最年少タイトル挑戦まであと2勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月31日。大阪・関西将棋会館において第91期ヒューリック杯棋聖戦・決勝トーナメント2回戦(準々決勝)菅井竜也八段(27歳)-藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は18時24分に千日手が成立しました。

 指し直し局は18時54分に始まり、22時36分に終局。結果は146手で藤井七段の勝ちとなりました。

 藤井七段はこれで棋聖戦ベスト4に進出。準決勝で郷田真隆九段-佐藤天彦九段戦の勝者と対戦します。

 藤井七段が今期棋聖戦で挑戦権を獲得すると、屋敷伸之四段(1989年当時)記録を更新して、史上最年少でのタイトル挑戦となります。

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 藤井七段の今期成績は既発表の通り、未放映のテレビ棋戦対局を含んで53勝12敗(0.815)となります。記録4部門では勝率1位(デビュー以来3年連続)、勝数1位(2年ぶり2回目)となりました。

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藤井七段、充実の1年を締めくくる

 菅井八段と藤井七段は昨年の竜王戦4組決勝で千日手となりました。そして藤井七段が勝っています。

 本局での千日手を、両対局者はどう思っていたか。

菅井八段「千日手局はちょっとよくわからなかったですね。いけそうな気もしたんですけど、最後は千日手は仕方ない」

藤井七段「ちょっと自信のない展開にしてしまったかなと思いました」

 菅井八段から見れば、やや非勢と見られた展開から千日手に持ち込みました。一方の藤井七段は指し直しにしても自信があればこそ、千日手にしたのでしょう。

藤井猛九段「強い人、勝率の高い人ほど千日手が多いです」

 千日手が多い棋士は、棋力、体力ともに充実している傾向にあるようです。菅井八段、藤井七段ともにそれは当てはまるでしょう。

 指し直し局の持ち時間は、残り時間が短い側が1時間になるように調整されます。千日手局は、持ち時間4時間のうち、残り時間は菅井1時間32分。藤井3分。そこで藤井七段が1時間になるように、両者に57分を追加。

 指し直し局の持ち時間は菅井八段2時間29分、藤井1時間0分です。時間が増えて、必然的に終局時刻もそれだけ遅くなります。

 先後は入れ替えて、指し直し局は菅井八段先手です。菅井八段は先手番の場合、戦型は中飛車が多いイメージがあります。しかし本局では、千日手局と同様に四間飛車を選びました。

 千日手局は菅井八段だけ穴熊でした。指し直し局は居飛車側の藤井七段も穴熊にもぐって、相穴熊です。

 一般的に少しだけ勝率の低い後手番は、千日手は歓迎です。藤井七段は千日手辞さずの姿勢でゆっくりと待ちます。

 逆に先手は、千日手は失敗とみなされます。それでもあえて菅井八段は千日手となりやすい、相穴熊に進めました。

 両者ともに互いに金銀4枚を集結させ、仕掛けも見えない形に。そして解説の藤井猛九段が苦笑し、なかば予想した通り、現実的に千日手模様に進んでいきます。

 もうこれは2回目の千日手成立濃厚、再指し直し局か、と思われたところで、菅井八段はその道を選びませんでした。

 藤井七段は歩をぶつけてすかさず動きます。両者の陣形はほとんど同じ。そしてほんのちょっとした違いが、大きな違いとなって形勢に表れます。互いに精神を削りあうような我慢比べを制して、藤井七段がリードを奪いました。

菅井八段「難しかったと思うんですけど、ちょっと肝心な局面で間違えてしまったかなと思います」

 とはいえ、時間は大差です。藤井七段は中盤で秒読みの声にせきたてられながら、指し手を進めていきます。

 攻撃陣の配置されている盤面左側で大きな動きがあった後、戦いは次第に玉と金銀の密集する右側に移行していくのかと思いきや、藤井七段は一気に菅井穴熊の上部を攻めました。反動も大きいところなので、短時間で重大な決断をしたことになります。

 菅井八段もさすがの追い込みで、互いの金銀を削りあう、相穴熊らしい白熱した終盤戦となりました。

 藤井七段は盤面左側で飛車を取らせる覚悟で、右隅の菅井玉に迫ります。一方で菅井八段は飛車を取らず、金を埋めて粘ります。

 残り時間は菅井八段1時間35分。対して藤井七段はわずかに7分。時間もなく、あわてそうなところで、藤井七段は盤面を広く見て、冷静に指し進めていきます。

「いやあ・・・」

 菅井八段の方からはしばしば、ため息とも、ぼやきともつかないような声がもれます。対して藤井七段が対局中に声を発するような場面は、ほとんど見られません。ただし前傾姿勢で上半身が揺れ、しばしば藤井陣の駒が見えなくなるほどに、頭が天井のカメラをさえぎって、盤上をおおいます。

 最終盤。まだ大変ではないかとも思われたところで、藤井七段は一手勝ちを読み切って強く決めに行きます。

藤井猛「ひえー! ここでいくんだ? ひえー」

 ここは観戦者一同「ひえー」と驚くしかないでしょう。

 藤井玉は絶対に詰まない形です。それはわかります。では菅井玉はその一手の差で寄せられるのか。

 菅井玉は一見、金銀を埋め続ければ千日手含みで粘れそうにも見えます。藤井七段も読み切っているような感じには見えません。本当に決まっているのか・・・?

 進んでみれば、いつもながらの藤井七段でした。理知的なパズルを鮮やかに解くかのように、藤井七段はきれいに寄せていきます。この1年の充実ぶりを盤上に表したかのような、見事な寄せ手順でした。

 自玉がついに受けなしに追い込まれた菅井八段は、藤井玉を受けなしにして、形を作ります。

 最後、菅井玉には15手詰が生じています。最後、歩を打つ王手を指す前に、藤井はグラスを口にはこんで、お茶を飲みました。

 千日手局は131手。指し直し局は146手。合わせて247手の死闘を制して、藤井七段が、大きな大きな一勝をつかみとりました。

 こうして2019年度もこれで終わりました。この1年間、観戦者の私たちは何度も、藤井七段の名局を目の当たりにしてきました。

 2020年度。藤井七段にとってはさらなる飛躍の一年となることは間違いなさそうです。そして私たちはこれからも、藤井七段の天才ぶりを見続けることができそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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