廃業相談から売上はV字回復へ!70代姉妹写真館の起死回生の一手
苦境に立たされる街の写真館
「家族の節目の行事など、大切な思い出をカタチに残すならやっぱり街の写真館」というのはもう昔のこと。デジタルカメラの普及やスマホカメラの高画質化などで、誰でも手軽にそれなりの写真が撮れるようになったことで、昔ながらの写真館は苦しい経営環境に追い込まれています。
70代の姉妹カメラマンが切り盛りする有限会社ホタルヤも、一時は廃業を考えるほど業績が悪化した写真館でした。しかし、岡崎ビジネスサポートセンター(通称オカビズ)の提案を受け、思い切ってターゲットを変えてみたことで、遠方からも撮影依頼が舞い込む人気店として復活。歳を重ねた2人だからこそできた新たな挑戦をピックアップします。
顧客との広がる年齢差に苦心
有限会社ホタルヤは、愛知県岡崎市に店を構える街の写真館です。創業は昭和26年。初代のお父様の意志を継ぐため、長女・大須賀予偲子(よしこ)さんは高校卒業後の昭和36年に同社へ入社。その数年後には次女・宏子(ひろこ)さんも社員となり、以来50年以上に渡って姉妹でカメラマンを続けてきました。しかし、街の写真館をとりまく環境が変わったことで、次第に売り上げが減少。2人が初めてオカビズへお見えになったのは、今からおよそ6年前。
予偲子さん78歳、宏子さん72歳の時。この時点ではすでに経営改善の相談を超えて、もう廃業したいからその手続き方法を教えてほしいと言うほどに追い込まれていました。
写真館で記念撮影するタイミングは主に3つ。我が子の誕生を神様に報告し、健やかな成長を祈願するお宮参りと、七五三、成人式の前撮りです。お宮参りや七五三の撮影を検討する親御さんはだいたい20代~30代、成人式の前撮りでも40代~50代と、自分たちよりもずっと若い世代です。バンバン広告を出しているような大手フランチャイズチェーンのフォトスタジオへ行けば、若いカメラマンがお手頃価格で撮影してくれます。そうした状況で、70代の高齢カメラマンにわざわざ撮影してほしいと考える親御さんはいない、というのが本人たちの弁でした。。
なんと女流カメラマンの旗手だった
撮影から補正、ホームページの管理まで自分たちでこなせるほどまだまだ元気だし、写真も大好きだし、腕も衰えてはいないけれど、需要がないから仕方ないと廃業を検討していた大須賀さん姉妹。もう少しお話を聞かせてもらうと、実は2人とも凄腕だということが分かってきました。
妹の宏子さんは今から50年以上前、東京工芸大学写真学科を卒業した才媛。戦後間もない時代に、女性で写真の道を志し、東京の大学で学んだ経験のある人は希少でしょう。いわば、三河地域の女流カメラマンの草分けともいえる人物でした。
一方、姉の予偲子さんは家業を継ぐため大学にこそ行かなかったものの、お父様の下で腕を磨き、高い撮影技術を習得。戦後を代表するカメラマンの1人である秋山庄太郎氏をはじめ、藤井秀樹氏、水越武氏ら著名作家と合同写真展を開催するなど、華々しい経歴をお持ちでした。また、50年を超えるキャリアの中で撮影した人物は数万人。その中には歴代の岡崎信用金庫の理事長や商工会議所の会頭など、地域の大物も複数含まれていたのです。有限会社ホタルヤがあるのは岡崎市の中心部から離れた郊外。決して好立地とはいえない個人経営の写真館でありながら、それだけ大きな仕事を長年任せられてきたのは、ハイレベルな撮影技術に裏打ちされた確かな信頼があるからにほかなりません。これほどの実力があれば、まだまだ再起は可能だと直感しました。
高齢であることを逆手にとった新ビジネス
ここまでのお話を聞いて腕は確かだということは分かったものの、お宮参りや七五三、成人式の前撮りではオファーがないのも事実。では、70代のカメラマンに撮影してもらいたいのは一体どんな人なのか。そう考えた時に思い至ったのが、同世代のお年寄りでした。
昨今、「終活」という言葉に代表されるように、自分らしい葬儀を望む人は着実に増えています。「終活」ではエンディングノートを活用して、自分の葬儀や墓石などをどうするのか決めていきます。その一環として、遺影の生前撮影を行ってはどうかと考えたのです。
というのも従来の遺影といえば、亡くなった後に遺族がバタバタと手配することが多く、本人の意志があまり反映されていなかったり、画質が悪いことも珍しくなかったから。過去に町内会で行ったバス旅行などの写真を引っ張り出してきて、良さそうな表情のものを引き延ばして遺影にしてみたけれど、これで本当に良かったのだろうか…と感じたことがある遺族もいるかもしれません。
少しでも若々しく元気なうちにプロカメラマンに撮影してもらって、お気に入りの1枚を遺影にしたい人は必ずいるはず。それも撮ってもらうなら、大手スタジオの若いカメラマンより、自分と同世代のカメラマンに寄り添ってもらいながら丁寧に撮影してもらえるほうが嬉しいはず。少々値が張ってもお願いしたい顧客はいるだろうと踏んで、60代~70代のアクティブシニア層をターゲットに「生前遺影撮影サービス」をスタートすることに。オカビズのITアドバイザーやデザインアドバイザーも加わり、ウェブ集客のためのホームページ告知やチラシの作成などをサポートしました。
取材が殺到し、県外からも依頼が舞い込む人気店に
遺影の生前撮影サービスを始めて約1ヶ月。その後の状況を確認したいから一度オカビズまで来てもらえないかとお電話してみたところ、返事は、、、
「忙しすぎてとても行けない」
というものでした。なんとわずか1ヶ月で撮影依頼が殺到していたのです。いきさつを整理してみると、まず2人は出来上がったチラシを同窓会などで配布。すると友人たちから、せっかくならお願いしたいと声がかかりました。
そして瞬く間に口コミで評判が広まり、地元の中日新聞で取り上げられることに。記事では、70代の姉妹カメラマンが遺影の生前撮影をしてくれることだけでなく、2人の学歴や手がけてきた仕事の数々もクローズアップされており、これがより大きな反響を呼び込む一因となりました。
その後も東海テレビ、NHK、CBC、中京テレビ、名古屋テレビ、テレビ愛知などが夕方のニュースで特集。特にテレビ愛知ではニュースとは別に30分のドキュメンタリー番組も放送されるほどで、注目度の高いトピックとして扱われました。
こうした結果、地元・岡崎市のみならず愛知県全域、さらには静岡県や三重県など県外からもお客さんがやってくる大人気写真館となったのです。新規事業の立ち上げにかかった費用はごくわずかだったのに対し、得られた効果は期待以上のものでした。
積み重ねてきた研鑽を正しく生かす
有限会社ホタルヤがビジネスチャンスをものにできたのには、2つの理由があります。まずは何と言っても、輝かしい経歴をきちんと見えるようにした点。戦後間もない時代に、女性でありながら東京工芸大学で写真を学んだこと。名だたるカメラマンと写真展を開いてきたこと。地元の名士を長年撮影してきたこと。
実はこれらの情報は、オカビズに相談に来るまで一切宣伝に使われていませんでした。なぜなら本人たちからしてみれば、当たり前のことになり過ぎていて、わざわざ言うほどの情報だと思っていなかったから。第三者であるオカビズが情報を引き出し、その価値に注目してしっかり見える化したことで、中日新聞でも学歴や経歴が紹介されることに繋がりました。
もう1つが、弱みを強みに変えたこと。顧客を安心へ導き、その人らしい魅力が光る遺影を撮影できるのは、相手の気持ちが理解できる同世代カメラマンだからこそ。当初、高齢であることは弱みだと思われていましたが、見方を変えることでそれこそが強みであることが証明されたのです。
最後に、有限会社ホタルヤは昨年惜しまれつつも廃業しました。姉の予偲子さんが亡くなったためです。報せは妹の宏子さんから手紙で届きました。そこには、世を去る直前まで現役のカメラマンとして活躍したこと。最初相談に足を運んだ時には廃業を考えていたのに、ここまでやってこられて本当に幸せだったことが記されていました。