英ロイヤル・メールが株式上場 -職員によるストもアリ?
赤いポストでおなじみの英国の郵便サービス、ロイヤル・メールの元々の発祥は、16世紀、ヘンリー8世の時代にまでさかのぼる。1980年代以降、サッチャー、メージャー政権が国営企業の民営化を次々と行なったが、国民の愛着が格別に深いロイヤル・メールは対象にはならず、政府が株式を100%所有する郵便事業会社として生き延びてきた。
しかし、インターネットの普及で手紙需要が激減。市場の自由化で競争が激化した上に巨額の年金債務を抱え、一時は存続の危機が叫ばれた。
その後、作業の効率化、郵便局の大幅閉鎖、切手の値上げ、監督規制機関の変更など、さまざまな業務構造の改善を実行して、現在に至る。約15万人がロイヤル・メールで働き、年間約5800万個の手紙や小包を届けている。
今月、新たな歴史の幕が開いた。11日、ロンドン証券取引所に上場し、民営化を果たしたのだ。
政府はロイヤル・メールの公開価格を1株3.3ポンド(約518円)に設定していた。初日の取引が始まるや否や株価は上昇し続け、初値は36%高の4.5ポンドを付けた。
この日の取引は、機関投資家に限定され、個人投資家は15日から売買が可能になる。公開株のうち、33%が個人投資家向け、残りが機関投資家向けに提供されている。
全株の中で政府は37・8%を所有中。株価の推移によってはこれを30%まで減少させる見込みだ。
―職員のストもあり?
政府がロイヤル・メールの民営化に踏み切った理由として、事業のさらなる成長のために民間資金を必要としていた点があげられる。2006年に自由化された郵便事業市場の中で、競合他社とたたかっていくための投資だ。手紙事業は縮小気味だが、ネットショッピングで買った物品の配達事業が重要な位置を占めるようになっている。
緊縮財政を実施中の政府にとって、国営企業の上場で懐にお金が入ってくるという利点もある。
民営化への準備は何年も前から続いてきたが、民営化反対派の意見が強く、なかなか実行にいたらなかった。
反対の声をあげ続けてきたのが、ロイヤル・メールの職員の多くが加入している通信業の労組(CWU)だ。民営化されれば、サービスの質が落ち、労働条件も悪化すると主張してきた。
16日に民営化への抗議ストを開始するかどうかの投票が行われることになっており、仮に決行することになった場合、早ければ23日にもスト開始となる見込みだ。
ロイヤル・メールで働く職員には、株式公開前、政府所有株の10%に相当する分が無償貸与された。受け取りを辞退した人は368人のみだった。上場初日の好取引の状況も踏まえ、スト決行にどれほどの票が集まるか、注目となる。
ちなみに、全国にある約1万1800の郵便局を運営する「ポスト・オフィス」社(職員8000人)はロイヤル・メールとは別組織だ。年金や公共料金の支払いなどを扱う、英国最大規模の現金処理機関で、現在も国営企業だ。
―ロイヤル・メールのこれまで
1516年:イングランド国王ヘンリー8世が郵便サービスを創設
1635年:チャールズ1世が一般市民がロイヤル・メールを初めて使えるようにする。この時が、英国の郵便制度の事実上の始まりとされる。郵便代は受け取り手が払った。
1657年:郵便料金が定額制になる。
1660年:チャールズ2世が郵政省(GENERAL POST OFFICE)設立。
1661年:日付印の使用開始。
18世紀:郵便を運ぶ専用馬車ができ、配達員は制服を着用するようになる。
1852年―53年:郵便ポストが英国全土に設置される。
1870年:電報サービスを開始。
1912年:電話サービスを開始。
1969年:国営企業になる。
1981年:通信業務がブリティッシュ・テレコムとして分離・独立し、残された事業は「ポスト・オフィス」と名づけられる。
1990年:小包配達部門が「パーセルフォース」と名づけられる。
2000年:ポスト・オフィスが「コンシグニア」に改名。
2001年:政府の全額出資で株式会社化される。通信監督団体ポストコム、郵便に関する利用者からの不満を処理するポストウォッチが発足。
2002年:「ロイヤル・メール・グループ」として組織化され、グループ内はロイヤル・メール、パーセルフォース、ポスト・オフィス(コンシグニアから再改名)に分かれた。
2004年:配達が一日に一回に減少する。
2006年:郵便事業が完全自由化される。
2012年:ポスト・オフィスがロイヤル・メール・グループを抜け、持ち株会社ロイヤル・メール・ホールディングズの子会社になる。
2013年10月:ロイヤル・メールが株式上場。