北欧が「責任あるAI」の先進国になれそうな理由
生成AIというと、米国が率先し、欧州・EUはDGPRという個人情報保護法や、AI規制法などによるルール統一で中心的な役割を担っている。DXは進んでいても、北欧諸国はAI分野では「動きを後追いする立場」なのだと筆者は思っていた。デジタル基盤は強い国だが、世界的なAI企業を生み出す土壌ではない。
だが、どうやら「AI倫理」「倫理的で責任あるAIの運用」という分野では、北欧は北欧モデルを提供するリーダーシップをとれそうだと感じている。
というのも、筆者は最近、AI倫理に興味を持ち、勉強を始めていた。なぜ関心があるかというと、ChatGPTなどを使用していると、日本女性や北欧諸国の先住民に対する描写などにあまりにも西洋のバイアスがそのまま反映・再生産されているのが気になったからだ。
そこでアメリカ、英国、フィンランド、スウェーデンなどの複数の国々のAI倫理のオンラインコースを受講しているのだが、あることに気が付いた。国によって、講師たちの話す内容に大きな文化差があるのだ。
民主主義が大好きな北欧が語るAIは、なんだか違う
特に、北欧は言論空間の特異性が顕著だ。話者が男性ばかりの日本とは対照的に、講師に圧倒的に女性が多く(白人ばかりだけど)、「民主主義」という言葉をとにかく連発する。
アメリカなどの他国の講師がAIを語るときに、「民主主義」という言葉は、登場しないか、さっと触れるだけだ。しかし、北欧の人はAIと民主主義だけで30分以上も延々と語ったりする。
北欧諸国を取材していると、分野に限らず北欧市民が「民主主義」を呪文のように唱える傾向は前からあるのだが、「AIと民主主義がいかに切っても切り離せない存在か」で北欧は話を始める。
筆者の頭には、北欧の講師の言葉のほうが浸透してくる。それはどうしても、北欧の人たちの話し方や価値観に慣れているからだろう。
北欧諸国はジェンダー平等や幸福度ランキングなど、様々な世界的ランキングでトップ常連となっているが、それには北欧ならではの平等や透明性という価値観が大きく関係している。AI倫理にも各国の文化背景や価値観が大きく反映されているのだ。
そのようなことを考えていたら、北欧閣僚会議が9月2日に発表した『北欧のAI倫理ガイドライン』に似たような指摘があったので、紹介したい。
北欧諸国は、倫理的AIエコシステムを構築するのに適した位置にある
- 北欧の民主主義制度は、透明性を基本原則としている。個人番号、人口登録、所得税など、個人に関するデータや情報が高度に透明化されている
- 北欧の企業は、AIの導入を拡大する際に、民主主義と透明性という伝統を土台とする
- 透明性を重視することで、AIにおける競争優位性を生み出すことができる
- 信頼、企業責任、持続可能を基盤とする国々だからこそ、倫理的で責任あるAIに強いこだわりを持って運用ができる
- 説明責任を求め、批判を受け止め、間違いから学ぼうとする姿勢がある
「北欧」という垣根や国境を越えたチームプレイ
- 北欧各国は同じ成熟度レベルにあり、協同が得意
- ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークの4カ国は、AIへの投資、イノベーション、導入において、世界トップ25にランクインしている
- 北欧は、革新的なAI製品やAIに特化した責任あるソリューションを提供する
- 倫理的で責任あるAIのためのスケーラブルな運営モデルを構築する
「もしかして、北欧はAI倫理で独自の発展を遂げるのかな」という、筆者が最近感じていたことが、報告書でも裏付けされているようで、「おお」と思った。
「スモールネス」だからできること
今回、ノルウェーやデンマークなど、国ごとに語らずに、主語を大きめの「北欧」で語ることにも理由がある。
北欧はそもそも人口が少ない、規模が小さい「スモールネス」の特徴を持つ。
だからこそ、「自分たちだけでは世界で存在をアピールできない」という認識が非常に強い。他者(他社)と比較・競争させられがちな日本や米国と違い、北欧は競争をあまり好まず、互いを警戒せず、情報を開示し、相手を競合と見なすよりも協力することを好む。この傾向は、欧州全体の中でも独特な北欧モデルだ。
その競合・協同・協力というような「コーポレーション精神」が柱となっているため、官民連携や国境を越えての協働作業が実は得意だったりする。
さらに、民主主義、人権、権利、平和、ジェンダー平等、透明性といった、ライト・バリューともいわれる価値観に強い。その傾向が、責任あるAIの運用において、独自の北欧モデルを発展させそうなのだ。
北欧ももちろん完璧ではなく、本音と建て前が目立ち、矛盾も多く抱えている。それでも、ジェンダー平等やウェルビーイングなどの領域では、「北欧モデル」として世界的に特殊な地位を確立してきた。
人間世界のバイアスが再生産されるAIだからこそ、責任あるAIの運用において、北欧ならではの解決策を今後は提示してくれるのではと期待している。