中国が台湾に仕掛ける“内政干渉”の手口
台湾で今月20日に新たな総統が就任する。中国は新政権の発足を前にした台湾に露骨な“内政干渉”を仕掛けている。そこには、台湾内の政治勢力を手駒のように使い、自らに利するように対立を煽る中国の下心が見え隠れする。
新総統は今の副総統
今月20日に台湾の新総統に就任するのは、現在の蔡英文総統の下で副総統を務める頼清徳氏。対中国政策に関しては、現政権の路線を引き継ぎ、日本やアメリカとの連携を一層強化して中国の圧力に対抗していくものとみられる。
中国はその頼氏の政権運営に圧力をかける布石をすでに打ち始めている。
中国が台湾の野党議員に用意した“土産”
台湾の野党、国民党の国会議員に相当する立法委員17人が4月26日から28日まで中国を訪問した。現総統と次期総統を擁する与党の民進党からは「売国行為」などと非難の声が上がったが、実際に中国はこの野党の訪中団を大いに利用した。
中国は最高指導部の一人で習近平国家主席の思想やスローガンの考案に関わったとされる王滬寧氏や台湾担当部門のトップ宋涛氏らを会談に応じさせ、滞在最終日には訪中団に大きな“土産”も持たせた。
28日に訪中団と会談した中国文化旅行省の饒権副大臣は、中国福建省の住民による台湾の離島、馬祖へ旅行を再開させると表明した。
白ける台湾政府
中国は2019年8月から自国民に対し台湾への個人旅行の許可証の発行を停止している。ちなみに団体旅行についてもコロナ禍以降、禁止したままだが、饒副大臣は、福建住民の馬祖への旅行再開の次に、台湾と福建省の平潭とをつなぐフェリーの運航が再開すれば、同省住民の台湾への団体旅行を解禁するとも述べた。
訪中団としては、中国側から台湾への旅行再開の約束を取り付けたわけで鼻高々だったが、台湾政府としては白けた。
台湾政府の対中政策担当機関である大陸委員会は、台湾側では中国観光客の受け入れ再開の準備はすでに整えており、後は中国側の解禁を待つだけだと表明。同時に、台湾側の全面再開の要求に対し、中国側が再開対象を極めて小規模にしたことや、団体旅行の解禁に対し平潭航路の再開という条件をつけたことなどにむしろ不信感を滲ませた。
中国側が条件として言及した福建省の一地方である平潭に関して、台湾側には中国が台湾統一の手段として言及する一国二制度の実験場にしようとしているのではないかという警戒感もある。
ペロシ氏訪台以来の禁輸措置の解禁も
中国側が台湾野党の訪中団に用意した“土産”はこれだけではなかった。それは中国が2年近く禁止していた台湾農作物の輸入再開だ。
中国の税関当局、海関総署の趙増連副署長が会談に応じ、訪中団に「科学的評価に基づき法規に従った上で、大陸の検疫条件を満たした台湾のブンタンなどの農、海産物を大陸に輸入することを承認する」と伝えた。
中国の海関総署が、台湾からのブンタンを含む柑橘類などの輸入禁止を発表、実施したのは2022年8月3日。同時に冷凍太刀魚などの海産物の輸入も禁止した。
そのタイミングはアメリカのペロシ下院議長が中国側の猛反発を押し切って台湾を訪問した時に合わせていた。禁輸の理由は、その前年から度々検出された害虫や残留薬品の基準値超えなどとしていたが、実態は、中国が政治的な理由によって台湾に経済的圧力をかけたと言っていいだろう。中国の常套手段でもある。
踏み絵を踏ませる中国のやり方
輸入再開を通告するに至って中国側は本心を隠そうともしなかった。海関総署の発表によれば、趙副署長は輸入再開の前提として、「『九二コンセンサス』を堅持し、台湾独立には反対するという共同の政治的な基礎の上で、国民党と台湾の関係方面との意思疎通を強化する」と念押しした。踏み絵である。
「九二コンセンサス」とは、明文化されていないものの、一つの中国を前提とすることを中台双方が合意したされるものだが、台湾の与党民進党は有効性を認めていない。
そもそも中国と台湾の間に生じた問題は政府同士の交渉で解決するのが筋だが、中国側は、あえて台湾政府の頭越しに野党の国民党を対話の相手に選び、「同党となら経済問題を解決でき友好関係も保たれる」と示すかのような露骨なメッセージを送ったわけだ。一方、次期総統の擁立で敗れた国民党側にしてみれば「自分たちなら中国との交渉が可能」という台湾社会にアピールできる成果を得た。
中国の狙いは台湾内の混乱?
だだ、台湾政府側は冷静だ。
台湾の新聞「聯合報」によれば、台湾政府の大陸委員会は、農産物の検疫は公権力と技術的な問題で、双方の主管部門がコミュニケーションを取ってこそ、実務的に解決できるという立場だ。また、経済貿易措置を統一工作の道具として使わないように「先ず押さえ、次に恩恵を与える」というやり方では、双方の農業漁業の長期的な発展と良好な交流に役立たないと非難している。
台湾の新総統を擁するのは民進党だが、国会にあたる立法院の議席数では国民党が民進党をしのぐ。新政権の運営は平坦ではないだろうが、台湾内で政治的な対立や混乱が起き、政治への不信や社会の分断が生じれば、得をするのは中国だ。
中国は“善意”を示した直後に...
国民党の訪中団は意気揚々と凱旋し、今回の訪中を「氷解の旅」などと称賛した。台湾では訪中団が持ち帰った成果を、中国側が示した“善意”と受け取った向きもあるが、中国の真意は台湾を統一するための手段に過ぎない。その本音は、中国の行動に素直に表れている。
中国はその“善意”を示した直後の29日、台湾が実効支配する金門島の近海で、「常態化させたパトロールを実施した」と宣言し、中国の艦艇が活動する動画を公開した。中国の海事当局、海警局は「関連海域の管理をさらに強化し、台湾地区を含む中国の漁民の合法的な正当な権利と生命財産の安全を守るため」と主張している。
金門島を巡っては、つばぜり合いが続いていた。今年2月、台湾側が設定する禁止制限水域で漁をしていたとされる中国の漁船が台湾側の海事当局の艦船の追跡を受けて転覆し、乗っていた中国人2人が死亡する事故が起きた。中国側は、禁止制限水域はそもそも存在していないと主張し、自国の海警局が周辺海域のパトロールを常態化させると宣言していた。
中国が規制事実を積み重ね現状変更しようとする試みは、近年の日本の尖閣諸島を巡る状況を彷彿とさせる。
中国は続く5月1日、3隻目の空母「福建」の試験航行を開始し、台湾に対する軍事的な威圧を更に強化した。