【JAZZ】ジャズが模索する両義性を具現する井上陽介『グッド・タイム』
日本のジャズ・シーンの最前線を走り続けているベーシスト井上陽介の、5年ぶり7枚目のリーダー作だ。
リリースされた2014年は、彼が10数年を過ごしたニューヨークのジャズ・シーンに別れを告げ、帰国して10年目という節目の年でもあった。
彼が滞在した1991年から2004年という期間は、ジャズにとって重要な“転機”といえる時期だ。
マイルス・デイヴィスというイコンをジャズ・シーンが失ってしまったのが1991年9月28日。その出来事は、ジャズが停滞せざるを得ないアクシデントとしてとらえられるのではなく、逆に“ジャズであるべきとはなにか”を、継承する立場にいた若手たちに考えさせるきっかけを与えることになった。
マイルスに頼っていたシーンが寄る辺を失い、結果的に自立せざるをえなかったのかもしれない。
しかし、そのバイアスは功を奏し、“ジャズ的なルネサンス”が自発的に発生した。ルネサンスとは、古代ギリシア文化やローマ文化を復興しようという14〜16世紀のヨーロッパに広まった文化運動を指すが、ここではジャズの本質を問い直して、古典とされるスタイルを再評価しようとしたジャズ・シーンでの動きになぞらえている。
日本の“ルネサンス”を主導した当事者の“確信”
1980年代後半からニューヨークを中心に広がり始めていたこの“ジャズ・ルネサンス”は日本にも波及し、21世紀を迎えるポピュラー音楽シーンに大きな影響を与えることになる。
そうした渦中、拠点となったニューヨークに滞在し、しかも同世代の“ジャズ・ルネサンス”に関係したミュージシャンたちと交流をもっていたのが井上陽介だった。
こうした経験は彼の栄養となって、帰国後の日本のジャズ・シーンが発展する大きな原動力にもなったわけだが、井上陽介は技術を吸収して日本に持ち帰り、それを広める役に徹していたわけではない。
ジャズの本質に触れることで自らに芽生えた“確信”を音に託すというチャレンジを具現化しようとしていた。
その結晶といえるのが、彼の5年前のリーダー作『ライフ』であり、この『グッド・タイム』である。
選曲は平易にして明朗。ジャズを必要以上に意識させるスタンダード曲を排した経緯を感じるのも“井上陽介らしい”と言える部分だろう。
なのに、そのサウンドを耳にすると、誰もが“まぎれもなくジャズだ”と感じる。
そのアンビヴァレント(両義性)なアプローチのうえにジャズを成り立たせていることこそ、彼が得た“確信”のひとつの結論であり、21世紀にジャズが存在する意味でもあることを、本作が教えてくれる。