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歴史的なミャンマーの総選挙。メディアでは伝わらない舞台裏の人々の姿に触れた(下)

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
投票終了後、NLD本部前に集まる人の波

■ 開票作業が始まる

ミャンマー総選挙は投票が順調に進み、開票に向かっていく。

慣れない選挙事務と長蛇の列で、私たちが監視に行ったどの選挙区も、投票が終る時間である4時までに投票が終らないのではないか、と大変危惧された。しかし、だんだん効率が上がったのか、私たちが確認した投票所では、4時頃には投票は終了、ほどなく開票作業に進んだ。

このとき驚いたのは、それまでの選管の人たちとバトンタッチして、女性の学校の先生たちが開票作業にあたるスタッフとして登場したことである。

女性の学校の先生たちは、白いブラウスに緑のスカートのお揃いの制服姿。全員女性である。投票の時点では、男性のスタッフもいたのだが、開票作業には男性は全く関わらず、女性の学校の先生たちだけで開票を行っていったのだ。

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(写真 選挙当日、開票に当たる学校の先生たち。黄色い紙が投票用紙)

これは私たちが見た地域だけなのか全国的なのかはわからないが、ある程度確立したルールのように思われた。女性の学校の先生は不正を許さず、きちんと間違いなく数を数えるという信頼があるのだろうか。非常に興味深かった。

事前に言われたとおり、私たち国際監視団はずっと開票に立ち会うことが出来た。私たちだけでなく、各政党からも監視員が開票に立ち会っており、オープンな開票作業となっていた。

■ 手間取る開票作業

しかし、開票作業についてのやり方については特段マニュアルもないらしい。それぞれの投票所ごとの創意工夫にゆだねられていたため、とても効率的に作業を進めるところでは比較的早く結果が出るのに対し、あまり効率的でない作業を進めたところでは、いつまでたっても集計が終らない、夜を徹して集計し、倒れてしまうのではないか、と心配になるような投票所もあった。

また、無効票の評価についても細かいガイドラインがないまま、問題が生じるといちいち上に電話で確認しており、時間がかかっていた。

このあたり、今後改善できるのではないだろうか。

日本政府は、電気の届かない投票所でも開票作業が夜に出来るように(暗闇では不正が起きやすいという問題もあるのだろう)、太陽光によるソーランタンというものを、電気の通っていない投票所に寄贈する支援を行った。

この支援はよい支援として肯定的に評価されていた。ただ、実際には、事前に充電しなかった投票所もあるらしく、これも今後改善できるとよいのかもしれない。そして電気の通っている投票所でも、ミャンマーでは停電が多いため、同様にソーランタンの支援があるとありがたい、という声もきかれた。

ちなみに私が監視をしていた投票所は電気が通っているためソーランタンは配布されなかったが、あかりが少ししかなく、大変暗い中での作業となった。

しかし、この暗い中で、ぎこちなく、時間がかかり、それでも責任感をもって投票用紙を数える女性たちの姿には心を打たれるものがあった。

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国際メディアでは今回の民主化の流れや選挙において、必ずアウンサンスーチー氏一人にスポットライトが当たる。

彼女が民主化の立役者であり偉大な貢献をしていることは明らかな事実だ。不屈の精神で民主化をもたらした、彼女なくしてこのプロセスがとうていあり得なかったことは疑いようものない。しかし、民主化は彼女だけで成り立つものではない。

開票という作業に真剣にあたる無数の学校の先生たち、責任感をもって、民主主義を下支えしようとして投票用紙と格闘する彼女たちの真摯で懸命な姿勢を目の当たりにして、無数の国民によって、今の民主化、そして選挙は支えられているのだ、と私は深く感動した。

私たちが見た個々の投票所での開票結果はNLDの圧倒的強さを見せつけるものだった。例えば1900票くらいがある投票所で、約1400をNLD、約300を与党という票差である。

集計に時間がかかっているのは想像に難くないが、それでも、NLDが圧勝という報道や集計は開票を見た私の実感からして自然なものである。

■  最終集計に時間がかかる理由と懸念

ヤンゴンに関していえば、多くの投票所において、即日開票が済んだ投票所が多いと認識している。

それでは、なぜ時間がかかっているかと言えば、それぞれの投票所の投票を合計し、かつ、不在者投票や在外投票も合算して最終的な票を確定しなければならないからである。慣れない場合、大変な作業であることは想像に難くない。

ひとつ懸念があるとすれば、事前投票である。事前投票については、選挙監視団としてすべてきちんとチェックをできるものでもなく、不正が起きやすい可能性が指摘されてきた。

事前投票が多く、不正に操作された票が、それまでの集計を覆すほどの数に及べば、選挙結果に影響を与えることにもなりかねない。

開票がすべて終わるまでは、未だにその懸念は払しょくされない。 

事前投票も含めたすべての票が確定して初めて、選挙結果が確定する。この段階で、不正の混入や、不正な集計がないことを、既に監視団の任務を終えて帰国した私としては願うばかりである。

投票が終ると人々は続々とNLD本部前に向かい、一緒に投票結果を見て、喜びを分かち合おうと、騒然とした状況になった。

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ここは、つい数年前まで、集会が禁止されていた国、集会をすれば軍が来て弾圧にかかった国である。すべてが急速に、しかし確実に変化している。

■ 今後どうなるのか

報道ではNLDが圧勝する勢いと伝えられている。

こうした状況をつくりだしたのは、民主主義を求め、支える国民の献身的な力の発揮、そして国際監視団受け入れにより透明性を高めオープンな選挙、国際的な監視に晒される選挙が実施されたことによるところが大きいだろう。

NLDがもし圧勝した場合、気になるのは、軍や与党の動向である。この点、報道では、与党は敗北を認め、NLD政権を容認する姿勢を示しているという。

USDPのテイウー副議長はこの日、記者団に「私たちは負けた」と敗北を宣言。自身についても「国民の選択だ」と落選を認めた。

NLDは前々回総選挙(1990年)で約8割の議席を獲得し圧勝したが、当時の軍政は政権に居座り続けた。前回総選挙(10年)はボイコットしており、政権獲得のチャンスが再び巡ってきた形だ。

テインセイン大統領(71)は8日、首都ネピドーで記者団に「(与党が敗北すれば)私は有権者の意思を受け入れる。誰がこの国を率いようと、最も重要なのは国家を安定させ、発展させることだ」と述べた。国軍のミンアウンフライン最高司令官も「NLDの勝利が国民の意思なら、私はそれを受け入れる」と語り、大統領と同様、NLD政権を容認する姿勢を改めて示した。

出典:毎日新聞11月10日付記事

このニュースを聞いて正直安心する気持ちを持った。何といっても、1990年、同じようなNLDの圧勝にもかかわらず、軍は選挙結果を認めずに、軍政をしき、当選された国家議員を投獄したりして弾圧し、民主化を抑圧したのだ。こんなことが繰り返されてはならない。

しかし、ミャンマーは権力の間隙をぬって突然新たな権力が登場するといったことや、突然のクーデターも繰り返されてきたので、国際社会がこれからも状況を監視していく必要かある。

現行憲法下は軍の優位を基本とし、軍が非常事態宣言を出して国の全権を掌握することも可能とされている。また、議会の25%は選挙で選ばれない軍人議員枠が温存されている。そして、外国籍の者を家族に持つ者は大統領の資格がないとされ、スーチー氏は現状では大統領になれない。

こうした障害をひとつひとつ取り除いていくことが、今後の民主化の次の行程になってくる。

今回、日本は選挙監視団派遣などのかたちで、ミャンマーの民主化を欧米とともに側面支援してきた。

今後、来春の新大統領が決まるまでは、民主化の正念場と言える。

しばらくは不安定な時期が続くと思うが、日本も国際社会の一員として、政府も、NGOも、今後もこのひたむきな人々の長い長い願いである民主化への本格的歩みを側面からしっかりサポートしていくことが求められている。

私たちも全力を尽くしたいと思ってヤンゴンを後にした。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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