中国で“ニセ札”を受け取り続けた優しい店主の話
中国の麺の販売店には、一風変わった常連客がいた。その客とは知的障害がある60代の男性。男性が支払いに使うのはいつも紙片に色鉛筆で金額や模様を描いた自作の“お金”。店のオーナーは当然、“ニセ札”と知りつつもそれを受け取り、10年近くに亘り男性に麺を売り続けたという。いったい何故なのか?
父親から言い聞かせられたのは...
中国メディア彭湃新聞などが報じた。
35歳の李国色さんは、沿海部浙江省の蒼南県の市場で麺の販売店を営む。李さんは、およそ10年前、この店を父親から引き継いだ。その時、父親からこう言い含められた。いつも手書きの“お札”を持って来る知的障害者の高齢男性がいる。そうしたら必ずそれを受け取って、麺を売ってあげなさい、と。
李さんは後に店にやって来た一人の男性がポケットから手書きの“お札”を取り出した時、父親が何を言っていたか全てを悟ったという。
その男性は幼少の頃に頭の怪我をして、障害が残ったという。男性が店に来るのは1年のうち200日ほど。4キロ近い道のりを約1時間かけて麺を買いに来るのだった。
男性が持ってくる“お札”は10元(約190円)、20元(約380円)、100元(約1900円)と本モノと同じように額面は様々。それぞれ模様も違う。李さんは、毎回、それを有難く受け取り、1日の食事として十分な量の麺を売ってあげた。
「彼は障害者で収入もないでしょ。ちょうどウチは食べ物を売る店だし、そんなにたいしたものではないけど、麺ならお腹が一杯になるじゃないですか」
李さんによれば、男性はいつも店の入り口の隅に立ち、店の中に入ることはなかったという。
「多分、お店の営業に影響が出ないようにしてくれていたのだと思います」
十数年に亘った交流
李さんの目には男性が、ただの物乞いには映らなかった。空腹をしのげればいいだけで、果物などを渡そうとしても受けとらなかった。だから、李さんは、男性の自尊心を尊重して、麺を包んで渡す時にザーサイやソーセージをおまけした。
「お札を一枚描くのに少なくとも2時間はかかります。2時間かけてやっと麺に変わるのです。一画一画すごく丁寧に描いているのですよ」
父親の時代を加えれば、李さんの店とこの男性の交流は十数年に亘った。しかし今年1月、それは突然終わりを告げた。
男性は、朝早く飲酒運転の車にひかれ亡くなったという。
中国でも紙幣の偽造や使用は犯罪だが、もちろんそこは不問で、この話は美談として受け入れられている。
李さんは、この男性との交流の様子を3年前から動画サイトなどにアップしていた。すると全国のネット民から、洋服や日用品、地元の特産品などが寄せられたという。李さんはそうした品が届くたび、男性の元に運んだ。何度か幼い息子を連れて男性を訪ねたこともある。男性は、いつも手製の“お札”で息子に小遣いをくれた。
李さんは、12月1日、孝行ぶりが評価され浙江省から表彰を受けた。
「ここ数年間は、おじいさんとは親戚のような感じでした」
店にたまった“お札”は今となってはかけがえのない思い出だ。
最近は、日本では中国を安全保障上の脅威とみなす議論が多い。もちろん国として備える必要はあるし、その責務を負う人たちもいる。それは中国にしても同じだろう。だが「脅威の国」にも、そして当然ながら日本にも、多くのこのような優しく善良な人たちが生活していることを、大前提として決して忘れないで欲しい。