台湾を震撼させた中国人の侵入事件
中国人の男が小型船を操縦し台湾の川に侵入する事件がおきた。男が逮捕されたのは、台湾政府の中枢が集中する台北のすぐ近く。台湾では海の守りに対する不安が生じ、警備と防衛体制の見直しを迫られている。
中国人の男は元軍人
海上保安庁に当たる台湾の海洋委員会海巡署の発表によれば、事件がおきたのは9日午前。台北から近い淡水河の埠頭近くで当該の小型船が民間船と衝突し、通報を受けた海巡署の職員が船を操縦していた中国人の男を逮捕した。
発生から数日経ち、台湾メディアが詳細を報じている。
男は60歳で中国海軍の元少佐、艦艇の艦長だった。台湾海峡を挟んで台湾と向かい合う中国福建省の港から前日に出発したという。調べに対し、台湾への亡命を希望しており、SNSで中国共産党を批判する言論を発表したために、出国を制限されていたなどと供述しているという。
男の真の目的は謎
台湾当局は、男の主張を丸呑みしているわけではない。船に水や食料の備えが無いことや男がそれほど日焼けをしていないことから、母船の支援があった可能性を疑った。男は、台湾側にサポートしてくれる友人はおらず、上陸したら通行人に通報してもらい「自首」するつもりだったなどと話しているという。だが、台湾当局は、男が上陸前に機器の記録を消去していることや中国のパスポートと東南アジアの数か国の貨幣を所持していたことなどから、台湾に上陸後、別の国に行くつもりだったのではないかと疑って調べている。
もちろん男が本当に亡命を求めていることもありうるが、台湾の国家安全局の蔡明彦局長は12日、立法院(国会に相当)での答弁で、中国が武力以外の手段を用いる「グレーゾーンの作戦」の可能性もあるとの認識を示している。だとするならば、中国側が台湾側の対応能力を試していたというシナリオも十分に考えられる。
斬首作戦を防げるのか...
台湾社会が驚愕したのは男の目的よりも結果だった。
男が侵入した淡水河は、台湾の総統府や行政機構がある台北市街地まで流れる。逮捕された埠頭の位置は、淡水河を海から陸側に3.4kmほど遡った辺り。そこから総統府までの距離は20数km、車なら1時間弱で到達できる。中国が台湾指導者の排除を狙う、いわゆる斬首作戦を実行した場合への守りに不安を抱かせる。
海巡署がレーダーで捕捉した時は、当該の船はすでに淡水河の河口まで約11kmの距離に迫っていた。レーダーが捉えたにもかかわらず、淡水河への侵入を許したのは、レーダーの担当者が「密航船なら港には向かわない」という思い込みから台湾の漁船と誤認したからだという。レーダーはその後も当該の船を捕捉していたが、特別な対応は取らなかった。
そもそも海からの侵入者に対して、もっと早く気付けなかったのか?
本来は陸から約22km(12海里)離れた領海が始まる海域で、レーダーが捉えながらも目標の実態を判断できない場合は、巡視船が向かって臨検などで確認するという手順があるという。だが、今回は船が小型だったためか、張り巡らしていたはずの監視の網が突破されてしまった。
事件に対し海巡署はミスを認め、関係者10人を戒告処分などにした。また、首相に相当する卓栄泰行政院長は「今回の事件は市民に心配と不安を抱かせた」として謝罪するに至った。台湾政府としては警備と防衛体制の再考を迫られる苦い教訓となってしまった。