サスペンスの神様の知られざる一面を探して。全作品を見直して発見した新たに語るべきこととは?
アルフレッド・ヒッチコック。彼の名は映画ファンならずとも、耳にしたことがあるだろう。
「サスペンス映画の神様」と称される彼は、「サイコ」「裏窓」「鳥」など映画史に刻まれる名作を数多く残した。
映画『ヒッチコックの映画術』は、2022年に監督デビューから10年が経ったヒッチコックの映画を再考察。
ヒッチコック本人が自身の監督作の語り明かすというユニークな手法で、彼の映画の魅力に迫るとともに、名作の舞台裏を紐解く。
そこからは、ヒッチコック映画の新たな魅力や発見が浮かびあがる。
手掛けたのは日本でも話題となった「ストーリー・オブ・フィルム 111の時間旅行」で6年の歳月をかけ、約1000本の映画を考察しながら映画史を紐解いたマーク・カズンズ監督。
今度は映画史に残る巨匠と向き合った彼に話を訊く。全六回。
ヒッチコックについて新たに語るべきことがないか
前回(第一回はこちら)、ヒッチコックを主体とした映画を作ることに乗り気ではなかったが、ヒッチコックが幼少時代の憧れの人でもあったことを語ってくれたマーク・カズンズ監督。
そこで「ヒッチコックがわたしたちに直接語り掛ける形にしたら、彼の映画についてなにか表現できることができるかもしれない』と思ったとのことだが、そこからまずリサーチを始めたという。
「ヒッチコックがわたしたちに直接語りかける形にしたら、新たに彼のことを自由に表現できるかもしれないと思ったけれども、やはり語るべきことがなければそれは可能にはならない。
そこで、ヒッチコックについて新たに語るべきことがないか今一度自分でリサーチして確認することにしました。
日本もそうでしたでしょうけど、その当時はコロナ禍で世界中の街がロックダウン状態になっていた時期でした。
僕が活動拠点としているスコットランドもそうだったので、外には出れない。
これ幸いというわけではないのですがいい機会と思って、ヒッチコックの全作品を年代順に見直すことにしました。
並行するようにして、ヒッチコックの映画テクニックやこだわりを分析した本や、ヒッチコックの実の娘であるパトリシアが父について書いた著書や、『鳥』や『マーニー』などに出演した女優、ティッピ・ヘドレンの本などにも目を通していきました。
そのリサーチの過程で、どのような視点で語ればヒッチコックに新たな光を当てられるのか考えていきました。
そこで不思議なんですけど、今回の映画の章立てとなるキーワード、『孤独(Loneliness)』『充実(Fulfilment)』『高さ(Height)』といった言葉が浮かんだんです。
なぜかわからないですけど、ランダムにキーワードが浮かんで、これに沿って本のように章立てで描いていったらヒッチコックについて新たな発見ができる映画が作れるのではないかと思ったんです。
これを見てください(※今回の作品のベースとなったノートに書かれたメモをみせてくれる)。
あとで写真を撮ってもらって構わないのですが、たとえば最初にメモで『孤独』と書いていて、このワードに関することがほかの作品や本に出てきたら、そこに『L』というワードを書いた付箋を貼る。
こういう作業をしていきました。
で、設定したテーマで映画をみていくと、符号することが出てくる。
たとえば『充実』を意識してみると、『下宿人』と『バルカン超特急』では、その充実に微妙な差があることに気づく。
それはヒッチコックのいままであまり語られていない面や着目されていない点でもありました。
そういったことを続けて、キーワードをもとに書き溜めたメモをコピーして。
そのコピーしたメモを切って、キーワードごとにまとめて1つの箱を作りました。
その箱に集まったメモを今度はつなげていった。こうしてできたのが脚本らしきもので。
ほんとうにアナログな作業なんですけど、このような形でひとつのストーリーが出来上がっていきました。
たぶんみなさんあまりにローテク過ぎて、もっとうまいやり方があるだろうと言われるかもしれません。
でも、僕にとっては大変だけど苦ではない。子どもが落書きするような感覚で、自由に創作している感覚があるので、すごくこういった作業は気持ちが解放されるんです」
映画人・ヒッチコックというよりは、人間・ヒッチコックに迫れたかなと
本作はこのキーワードをテーマにした6つの章からなる。
このキーワードというのがユニーク。
通常、ヒッチコックといえば「サスペンス」や「演出」といった言葉が並びそうだが、先ほど記したように「充実」「孤独」といったあまり予想できない言葉が選ばれている。でも、このことでヒッチコックの新たな一面が見えてくる。
「自身の映画作りで一番大切にしているのは、見てくださった方に楽しんでいただくこと。
観客のみなさんから貴重な2時間ぐらいの時間をいただくわけですから、作り手としてはオリジナルでほかとはまったく違う、新たな発見のあるフレッシュな作品を届けたい。
で、ある意味、僕の中に浮かんだキーワードというのはヒッチコックに似つかわしくないものだった。
でも、そのテーマで見てみると、ヒッチコック及び彼の作品のまったく違う表情が見えてきた。
それから、振り返ると、コロナ禍の影響もあった気がします。
パンデミックの時期というのは、みんな孤独を感じていたし、なにか心を満たしてくれるものを求めていた。
僕自身もそうだった。
そのときに、改めてヒッチコックの映画をみてみたからこそ、彼の映画にある『孤独』であったり、彼の人生の『充実』であったりといったことに目がいった気がします。
また、こういうキーワードだったからこそ、新たなヒッチコック像を見せられたというか。
ヒッチコックについて語られた作品は多いけれど、やはり映画人・ヒッチコックに焦点を当てたものがほとんど。
サスペンスの神様と言われる人ですから、それは仕方ないと思います。
でも、今回の僕の作品に関しては、映画人・ヒッチコックというよりは、人間・ヒッチコックに迫れたかなと考えています」
(※第三回に続く)
【「ヒッチコックの映画術」マーク・カズンズ監督インタビュー第一回はこちら】
「ヒッチコックの映画術」
監督:マーク・カズンズ
公式サイト https://synca.jp/hitchcock/
全国順次公開中
筆者撮影の写真以外はすべて(C) Hitchcock Ltd 2022