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ネット保守からの「小保方擁護論」とは?

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

ネット保守からの「小保方擁護論」

いま、世間を絶賛お騒がせ中の小保方晴子博士(理化学研究所。以下、小保方さん)。4月9日には本人が「涙の会見」を行い、続く4月16日には同じ理研でSTAP論文の責任編者である笹井芳樹氏が釈明会見を行った。

4月1日に理研は『研究を主導した小保方晴子・研究ユニットリーダーが「捏造にあたる研究不正行為を行ったと判断した」との最終調査報告を発表』(2014.4.1 毎日新聞)として、小保方さんの研究不正行為を認定。9日の本人会見はこれと真っ向から対峙するものとなったが、「限りなく黒に近いグレー」の感は拭えない中、テレビ、新聞、週刊誌等各種メディアによる報道熱は冷める気配すら感じない。

この様な情勢の中、意外な(?)クラスタから、小保方さんへの援護射撃が始まっている。彼女宛に届いた多数のファンレター、の話ではない。一連の「STAP疑惑」が持ち上がり、「リケジョの星」と持ち上げられた小保方さんが、「疑惑」発覚後、一転して批判の対象になり、「大きな力が動いている」(4月10日付 週刊新潮)との小保方さんの言葉が伝わると、にわかに小保方さんを擁護する声が、あるクラスタから聞こえてくるようになった。

インターネット保守(以下、ネット保守)とされる、ネット上で保守的、右派的な言説を良とする界隈から、熱心な「小保方擁護」の鬨の声が上がり始めたのである。では具体的に、ネット保守界隈では、どの様な「小保方擁護」の声があるのだろうか。ネット保守の中でもとりわけ著名とされ、大人気となっている或るブロガーの記事を以下に引用したい。

小保方晴子さんの問題が最初に報道されたとき、それからしばらくして、支那の学者がSTAP細胞の生成に成功したというニュースが流れました。ところがいつの間にか、この報道はウヤムヤになり、結局は実験に成功していなかったようだ、ということになりました。小保方さんノート(ママ)があれば、他の学者でもSTAP細胞を作ることができるのです。理研には2冊のノートの提出しかなく、これではSTAP細胞は生成できないから小保方さんは嘘を言っているという報道がありましたが、逆に小保方さんが全てのノートを提出していたら、小保方さんは丸裸です。身を守る術はまったくなくなるし、それこそ下手をしたら殺されかねない。もし、支那がそのデータノートを入手して、実験し、成功していれば、日本の小保方さんは、実験に嘘を言って放逐された人、支那の学者こそが実験を成功させた人となり、数百兆円の将来利権は、支那のものとなります。

出典:[緊急投稿]国は小保方晴子さんを護れ!*()内筆者注

このブロガーの指摘する「支那の学者がSTAP細胞の生成に(一旦)成功したというニュース」というのは、香港中文大の李嘉豪教授(出典*2014.4.3 朝日新聞)と思われるが、これは当たり前の事だがSTAP細胞の再現実験を行おうとして、失敗したというだけの話だ。このブロガーは、この再現実験を「数百兆円の将来利権」を手に入れんがための「支那の策動」である可能性を指摘しており、「他人(国)に盗まれる」から、小保方さんが実験過程を記録したには少なすぎるとマスコミ各社や専門家に指摘された「2冊のノート」は、「機密保持のため当然の措置」と解釈しているようだ。

しかし、錬金術とか黒魔術の世界の話ならともかく、「コツがある」「200回成功した」以上のことを言わない小保方さんの説明が科学的に何の反論にもなっていないことは、誰の目にも明らかであるし、そもそも「機密にしなければならない秘密の精製方法」を、なぜ公器に提起せんがために学術論文にし、それが科学雑誌「ネイチャー」に掲載されたのか、という矛盾も、全く説明されていない。

このブロガーは最後に、

(実験の詳細が書かれたノートが公開されれば)小保方さんの実験成功の利権を狙う者たちからしれみれば、小保方さんの存在価値も、小保方さんの実験のためのこれまでの努力も、全部なくなるだけでなく、小保方さんの身の安全さえも保証されなくなるのです。ノートなど、肝心のところは出さないのがあたりまです。

国は小保方晴子さんを護れ!国益を考えれば、それがいちばん大切なこと

出典:[緊急投稿]国は小保方晴子さんを護れ!*()内筆者注

と結んでいるのだが、このネット保守界隈でかなりの影響力がある有名ブロガーの記事に、少なくない数のフォロワーや読者が賛同しているという現実を垣間見た時、私は大変なショックを感じずには居られなかったのである。

国益を害する?はずが…

2012年に森口尚史氏によって行われたとされるIPS細胞を使用した心筋移植手術が捏造であると判明した際、多くの日本人が、「日本の科学界の信用失墜」を嘆いたのと同様、普段は国威発揚を殊更重要視するネット保守クラスタの人々こそが、「科学立国日本の信用失墜」を認識し、少なくとも「限りなく黒に近いグレー」であり、学術論文や科学研究の根幹を蔑ろにしたと思われる小保方氏に対し、批判の声を向けるのが当然と思っていた。

ところが、ネット保守の中の、もちろん全部ではないにせよ、少なくない人々が、逆に小保方氏を擁護し、その理論を外国勢力とかに結びつけ「擁護論」を展開している。この「擁護論」の展開は、上記のブロガーだけに留まらない。ネット保守に親和性が高いと思われる知識人や要人の中にも同じような論調は散見されるし、中には「華奢な女性がマスコミに攻撃されているから可哀想である」「若い人が頑張っているんだから(応援するべき)」という感情の話に変換されている事例も、見受けられるのである。

私は、小保方さんの言っていることが嘘だとか、STAP細胞は実在するのか否か、という事を問うているわけではない。それは今後の科学的検証で明らかになることだ。問題は、「既知の事実」であり本人も認めた画像の張替え、博士論文のコピペ等々、到底「学問」とは相反する「反知性」的な行為を平然とやってのけた小保方さんに対し(これだけでも日本科学界の赤っ恥ではないだろうか)、何故「国の体面」や「国益」を重視するはずの保守派(ネット保守)から擁護の声があがったのか、その根本にある背景を分析してみたくなっただけだ。

マスコミ不信と小保方さん

上記のブロガーの記事に同調するか、少なくとも微温的に「小保方さん支持」を標榜するネット保守の多くには、ある共通項目があることがわかった。それは「マスコミが小保方さんを叩いているから、その報道が信用ができない」というものであった。驚いたことに「朝日、NHK、毎日の反日メディアが叩くということは、小保方さんは逆説的に正義」という見解が、かなりの数を占めているのである。実際、小保方さんを「叩いている」というメディアの中には、中道、保守系メディアも入っているのだが、それは兎に角として、

「既成の大手マスメディアが叩く=その対象者は善」

という図式が強固に存在していることは間違いない。もちろん、小保方さんが小奇麗で可愛らしい女性、という事も、「小保方擁護」の一つの要因であることは間違いはない。しかし、「科学立国日本の信用失墜」という重大事案に対し、それを最も重視してきたはずのネット保守・クラスタが「メディア憎し」で小保方さんを擁護する、という図式は、強烈なまでに違和感を感じるが、一方で事実なのである。

「メディアで叩かれている人は、逆説的に正義」

という発想は、確かに「松本サリン事件」(1994年)での河野義行さんの事例が代表的なように、ここ数十年、無視出来るものではない。「報道被害」という新しい言葉がすっかり定着した今、「メディア的な悪者」が「=本当の悪者」とは認知されない風潮が出来上がりつつある。「マスコミはああ言っているけど、本当は違うはずだ」という、この国の既成の大手マスメディアに対する言い知れぬ不信感や不満感のはけ口、逃避先としての空間が、ゼロ年代後半からのインターネット空間であったことは否定することはできないだろう。

ネット保守=アンチ・マスコミ

よく「ネット保守(否定的な意味でのネット右翼)」は、「インターネットで保守的・右派的な言説をする人々(冒頭でもそう書いた)」と言われがちだが、突き詰めていけばそれは「アンチ・マスコミ」と同義なのである。電波法と各種規制によって、既成の大手マスメディアによる「寡占体制」がとりわけ強い日本のメディアへ不信を持った人々が、とりわけ「2ちゃんねる」を中心とした「サロン」に集積し、それが現在の「ネット保守」を形成した根幹である。「ネット保守」は「アンチ・マスコミ、アンチ・メディア」(発展形としての”マスゴミ”呼称)とほとんど同じであることを押えなければならない。(このあたりの話は、拙著『反日メディアの正体』『ネット右翼の逆襲』に詳しく書いた)

この方程式に沿えば、「マスコミに叩かれ、涙まで流している小保方さんは、正義の存在である、擁護するべきだ」という思考が、自然とネット保守側から巻き起こるのは、実は何ら不思議な現象ではなかったのである。

逆に言えば、小保方さんが「疑惑」発覚後もマスコミから「リケジョの星」と持ち上げ続けられていたら、ネット保守クラスタの反応はどうであったのだろうか。無論、前述した「小奇麗で可愛らしい女性」補正があるから、完全にそうとまでは言えないものの、「小保方さんを擁護しよう」という声は、より、小さかったに違いない。理由は、「マスコミが持ち上げているから、信用できない」になる。

つまりネット保守の中から沸き起こる、「誰かを批判する」或いは「誰かを擁護する」といった声の多くは、科学的な正統性や、学問的誠実性とは関係がなく、この国の既成の大手マスメディアの反応の「反射」、つまり「アンチ・マスコミ」としての逆説反応が主流になっている、と言わなければならないのである。

もっとも、客観的な事実に基づく批判や擁護といった審美眼を持っているネット保守クラスタも、前提的に多く存在していることは書かなければならない。ただし、そのような「真っ当な」人々は、マスコミの反応を置いておくとして、小保方さんの科学的な反証の余りの乏しさに呆れてしまい、声を上げる元気も無いから、自然と「サイレント・マジョリティー」となっている可能性が高い。ネット保守も決して、一枚岩ではなく、その思考や主張の濃淡が、グラデーションのように広がっている世界なのだ。

ともあれ、繰り返すように、「小保方擁護」の声の多くは、その科学的根拠とは関係のない「マスコミ不信」を源泉としたものであり、それが結果、前に引用したような「陰謀論」に安直な形で結び付けられ、流布されている。

確かに、「疑惑」発覚以前の大手マスコミの「総賛美」の姿勢から「総批判」に転換した姿勢は不誠実と言われても致し方ないであろう。しかし、今回の小保方さんを巡る問題の判断基準は「マスコミがどう報じているか、どう論じているか(その反射としての結論)」ではなく、科学的根拠があるのか無いのか、一点に尽きるのは言うまでもない(うん、そりゃそーだ)。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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