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女子プロサッカー「WEリーグ」開幕まで7カ月。大型移籍が続々、勢力図は塗り替えられるか?

松原渓スポーツジャーナリスト
浦和は昨季得点王の菅澤優衣香(9番)ら、主力のほどんどが契約を更新(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 今年9月に開幕が予定されている女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」の各チームが、いよいよ活動を始めた。WEリーグは、これまで国内最高峰だったなでしこリーグの上位に位置するトップリーグとなった。各チームはプロA契約選手5名以上およびプロB・C契約選手(最低年俸270万円)10名以上との契約というリーグの基準を満たさなければならないが、それ以外は一部アマチュア契約も可能となる。

 リーグは9月開幕、5月閉幕の秋春制で、初年度は次の11チームが参加する。

(東北から地域順に)マイナビ仙台レディース/大宮アルディージャVENTUS/ちふれASエルフェン埼玉/浦和レッズレディース/ジェフユナイテッド市原・千葉レディース/日テレ・東京ヴェルディベレーザ/ノジマステラ神奈川相模原/AC長野パルセイロ・レディース/アルビレックス新潟レディース/ INAC神戸レオネッサ/サンフレッチェ広島F.C

 1月末までの移籍期間を経て、2月1日、多くの選手がプロとしての新たなキャリアをスタートさせた。

 今回のオフシーズン中、各チームの移籍の動きが活性化し、選手が目まぐるしく動いた。代表選手を含む、各チームの主力級も大きく動いたため、勢力図も変化しそうだ。また、WEリーグを指揮するためにはS級、もしくは女性指導者育成のために時限的に創設された「Associate-Pro(A-Pro)ライセンス」が必要になるため、いくつかのチームが新体制を発表している。

【ビッグネームの移籍も】

 11チーム中、ビッグネームを多く獲得したのは、新たに女子チームを立ち上げた大宮だ。2011年ドイツW杯大会優勝メンバーから、MF阪口夢穂、DF有吉佐織をベレーザから獲得し、同じくW杯優勝メンバーのDF鮫島彩、18年U-20W杯優勝メンバーのGKスタンボー華、2012年の同大会3位のMF仲田歩夢をINACから獲得した。他にも、千葉からFW山崎円美、エルフェンからMF上辻佑実とMF田嶋みのり、昨年2部のFC十文字VENTUSからFW鳥海由佳、早稲田大からMF村上真帆など、各チームの有力選手を獲得。経験豊富な阪口、有吉、鮫島、上辻の1987年生まれのカルテットはプレーでも精神面でも主軸となりそうだ。選手たちの獲得に動いたのは、元日本女子代表監督で、チームの総監督となった佐々木則夫氏。厳しい競争の中で、開幕戦のスターティングメンバーがどのような布陣になるのか楽しみだ。新監督には、Jリーグの大宮でGKコーチ、ユース監督、GM、育成普及本部長などを務めた岡本武行氏を迎えた。

2月6日の新体制発表会見では、新加入選手を代表して(左から)小島ひかる、仲田歩夢、鮫島彩、阪口夢穂、村上真帆の5名が登壇した(写真提供:大宮アルディージャ)
2月6日の新体制発表会見では、新加入選手を代表して(左から)小島ひかる、仲田歩夢、鮫島彩、阪口夢穂、村上真帆の5名が登壇した(写真提供:大宮アルディージャ)

 同じく、新たに女子チームを立ち上げた広島も、積極的に選手獲得に動いた。2011年ドイツW杯優勝メンバーのDF近賀ゆかり(←オルカ鴨川FCから)とGK福元美穂(←エルフェン)、対人に強いDF中村楓(←新潟)やDF左山桃子(←静岡SSUアスレジーナ)、ゲームメイクに長けたMF川島はるな(←ノジマ)ら、経験のある選手たちが顔を揃えた。また、年代別代表歴のあるDF木崎あおい(←エルフェン)、DF松原志歩(←新潟/C大阪堺から期限付き移籍)&優菜(←C大阪堺)姉妹ら、テクニックのある若手選手たちがサイドをカバーする。攻撃陣は、代表候補のFW上野真実(←愛媛)、FW山口千尋(←愛媛)、FW増矢理花(←INAC)、FW島袋奈美恵(←INAC)、MF柳瀬楓菜(←藤枝順心高校)ら、スピードやテクニックなどの武器を持った個性派が揃う。Jリーグでも指折りの育成型クラブであるサンフレッチェ広島のノウハウを女子チームでも生かせば、新たな才能の発掘も期待できそうだ。指揮官には、Jリーグの広島や仙台のユースコーチやトップチームコーチなどを歴任した中村伸監督を迎えた。

 また、プロ化でこれまでとは異なる勢いを感じさせるのがマイナビだ。代表候補のDF西澤日菜乃(←エルフェン)、MF長野風花(←エルフェン)、FW宮澤ひなた(←ベレーザ)を獲得。GK福田まい(←日体大FIELDS横浜)を含め、18年のU-20W杯優勝メンバーが6名揃った。加えて、同年代で年代別代表歴のあるFW矢形海優(←C大阪堺)、DF原衣吹(←ベレーザ)が加わり、各ポジションにポテンシャルと伸びしろのある有力選手が揃った印象だ。WEリーグはプロ契約15名以上という基準があるが、マイナビは26名全員とプロ契約を締結。新指揮官には、男女の指導歴があり、女子では多くの代表選手を育てた松田岳夫監督を迎えており、上位進出を狙える布陣が整った。 

 一方、INAC(昨季2位)、千葉(同6位)、ノジマ(同8位)、エルフェン(昨季2部2位)は、主力の入れ替わりもあり、チーム構成に大きな変化が見られる。

 INACはこれまでのリーグでは唯一、プロに近い環境だった。クラブハウスや自前の練習場など、環境面でも他クラブより上回っていたが、今後はそうした面でも他クラブと競うことになる。攻撃陣では屋台骨であったFW岩渕真奈がイングランドのアストン・ヴィラに完全移籍したほか、守備陣は鮫島彩、スタンボー華ら昨年のレギュラーが移籍。一方、A代表の守護神であるGK山下杏也加(←ベレーザ)と、新加入のMF成宮唯(←千葉)の2選手は強力な補強だ。FW田中美南はバイエル・レバークーゼン(ドイツ)に6月までの期限つき移籍が発表されており、ドイツでパワーアップしてWEリーグに臨むことが期待される。現時点で21名だが、今後、外国籍選手の加入も可能性がある。昨年に続き、ゲルト・エンゲルス監督が指揮を執ることが濃厚だ。

INACは代表GK山下杏也加を獲得
INACは代表GK山下杏也加を獲得写真:ムツ・カワモリ/アフロ

 千葉は経験のあるGK山根恵里奈とDF千野晶子が引退。攻撃の軸だった成宮唯や山崎円美の移籍に加え、MF瀬戸口梢とGK船田麻友(ともにエルフェンに移籍)など、長くチームを支えてきた選手たちが退団した。一方、得点感覚に優れたFW南野亜里沙(←ノジマ)が加入し、ドリブル突破が魅力のFW安齋結花(←伊賀FCくノ一三重)が3年ぶりに復帰。ブラジルからMF藤尾きらら、大学日本一の帝京平成大からDF石田菜々海も加わっている。育成力のあるチームだけに、下から新たなタレントが頭角を現すサイクルを継続したいところだ。昨年に続き、猿澤真治監督がチームを率いる。

 ノジマは、長くチームを支えてきた幹である南野亜里沙と川島はるなの他に、リーグ300試合を達成したMF中野真奈美(スペランツァ大阪高槻へ移籍)、DF櫻本尚子とMF田中萌(ともに水原WFC/韓国に移籍)、GK森田有加里(引退)、DF大隅沙耶(引退)など、加入して2〜3年目の選手たちが移籍や引退を発表。一方、新加入が発表されたMF脇阪麗奈、MF井上陽菜、MF野島咲良の3名は、昨季4位のセレッソ大阪堺レディースの躍進を支えた選手たちで、ボール保持率を上げるための強力なピースとなる。早稲田大から新加入のFW松本茉奈加には、新たな得点源としての期待がかかる。昨年に続き、北野誠監督が指揮を執る。

 エルフェンは、スタメンの約半数が移籍や引退を発表。クラブ一筋14年で、第一線で活躍を続けてきたMF薊理絵と、10番のDF高野紗希が引退を発表しており、チームの骨格から変わりそうだ。新加入選手にはMF加藤千佳(←浦和)、GK船田麻友とMF瀬戸口梢(←ともに千葉)、DF小島美玖(←新潟)、MF瀬野有希(←スフィーダ世田谷FC)、MF山本絵美(←ニッパツ横浜FCシーガルズ)、DF松久保明梨(←伊賀)ら、1部でのプレーを経験した選手が多い。新たな指揮官には往年の代表レジェンドである半田悦子監督の就任が発表されており、リーグ初年度は唯一の女性監督となる可能性もある。

 これまで他クラブへの移籍が少なかったベレーザ(昨季3位)も、今年は例年になく移籍市場を賑わせた。攻守の要であるMF長谷川唯がACミラン(イタリア)に移籍。同じく、長年チームを支えたMF阪口夢穂やDF有吉佐織(→ともに大宮)、19年まで5連覇の原動力となったGK山下杏也加(INACに移籍)やFW宮澤ひなた(仙台に移籍)が抜けた穴は大きいが、MF木下桃香、FW山本柚月、MF岩崎心南ら、下部組織メニーナから昇格する選手たちは例外なく即戦力となる。また、メニーナ出身でU-20代表のGK田中桃子が期限付き移籍(大和シルフィード)から復帰し、新加入で18年U−20W杯優勝メンバーのDF北村菜々美(←C大阪堺)も強力な戦力となりそうだ。そして、ベレーザ一筋20年目のDF岩清水梓が産休を終えて復帰。スタメン争いは激しくなりそうだ。昨季まで3シーズンチームを率いてきた永田雅人監督がA級ライセンスのためヘッドコーチになり、新監督にはGMだった竹本一彦氏が就任。永田コーチが中心で指揮を執る形になる。

スピードとスキルを備えた北村菜々美はブレイクが期待される選手の一人
スピードとスキルを備えた北村菜々美はブレイクが期待される選手の一人写真:西村尚己/アフロスポーツ

 昨季優勝の浦和と、新潟(同5位)、長野(同2部5位)の3チームは、他に比べて今オフの動きが少なかった。

 浦和は昨季ベストイレブンに選ばれた8名を含む主力のほとんどが残留し、結束の固さが窺える。連係も成熟しており、間違いなく、WEリーグ初年度優勝の最有力候補だ。選手同士の古巣対決もある大宮、エルフェンとの埼玉ダービーは白熱するだろう。昨年、チームを優勝に導いた森栄次監督(A級ライセンス)が総監督になり、ユースを率いていた楠瀬直木氏が新監督に就任。森総監督が実質的に指揮を執る形になりそうだ。

 新潟は、昨季全試合フル出場したDF松原志歩、代表歴のあるDF中村楓(→ともに広島)など6選手がチームを離れたが、主軸の多くが残ったのは明るいニュース。昨季は新戦力がフィットして攻守にパワーアップ。今季はFW道上彩花(←伊賀)、MF茨木美都葉(←日体大)の加入で攻撃の層は厚くなる。監督には新たに、静岡産業大学などで指揮を執った村松大介氏が就任。前任の奥山達之監督はGMとして引き続きチームを支える。

 長野は、2016年の1部昇格を経験したDF野口美也が引退。一方、MF瀧澤莉央(←新潟)、MF八坂芽依(←INAC)、MF伊藤めぐみ(←JFAアカデミー福島)ら前線のタレントを獲得し、戦力はアップしそうだ。現時点では他チームに比べると1部で長くプレーした経験豊富な選手が少なく、苦戦が予想されるが、チームの一体感は大きな魅力。前年度の順位的にも最後方からのスタートで、どれだけ上に食い込んでいけるかに注目したい。昨季までチームを率いた佐野佑樹監督はA級ライセンスだが、新体制はまだ発表されていない。

地域密着型クラブとして発展してきた長野は、スタジアムやサポーターの声援も大きな魅力
地域密着型クラブとして発展してきた長野は、スタジアムやサポーターの声援も大きな魅力写真:松尾/アフロスポーツ

【プレシーズンマッチとリーグ開幕への準備】

 各チームで多くの選手がプロとなったことで、これまで夕方や夜に行われていた練習時間が繰り上げられ、午前・午後の2部練習も可能になることが予想される。コンディション管理も含めた選手個々のプレーレベルの向上に期待したい。

 また、リーグ全体の競争力を飛躍させる大きなカギとなりそうなのが、外国籍選手の加入だ。外国人選手獲得にはリーグからの補助金が出ると聞いているが、予算規模はまだ発表されていない。1月28日のWEリーグによる記者向けのブリーフィングによると、現状、外国籍選手の獲得や登録の制度設計を進めている最中であり、ASEANからの移籍にも力を入れるそうだ。秋春制の欧州各国リーグはシーズン後の夏に選手が動くが、強豪国の代表選手を一人でも多く獲得したい。そのためには有望な選手たちに、まだ始まっていないWEリーグの魅力を伝える努力が必要になる。

 これからの展開としては、リーグの開幕までにはまだ7カ月あるため、4月24日から6月5日までの期間にプレシーズンマッチを行うことが決定している(*)。

 目的は、「(9月の)開幕(に向けた)気運の醸成」、「実戦経験を通した選手のコンディション維持」、「開幕に向けたチームづくりの場、運営面での(各チームの)準備期間」、「WEクラブ、WEリーグの認知向上」の4つ。各クラブがホーム2試合、アウェイ2試合の計4試合を戦い、計22試合が行われる。順位の決定は行わないという。

(*)この日程以外に、クラブ間の合意をもって、プレシーズンマッチの開催が可能となる期間も併せて発表された。

 対戦カードや、試合観戦が有料になるか無料になるか(ホームチームに委ねられる)、放映、有観客になるかどうか(新型コロナウイルス感染拡大の状況次第)などは、2月7日現在、まだ決まっていない。

 開幕に向けて世の中の認知度を上げ、期待を高めるためにも、プロモーションをはじめ、スタジアムで、あるいはテレビ画面を通した観戦体験を通じてWEリーグの魅力を印象づけるような仕掛けに期待したい。ハーフタイムショーや華やかな入場シーンなど、プレシーズンマッチでもこれまでとの“違い”を見せてほしいところだ。

 もちろん、そうしたことには予算が必要になる。各チームの予算とは別に、リーグ全体の予算については、昨年6月のプロリーグ概要発表の際に、JFAの田嶋幸三会長から次のような話があった。

「日本サッカー協会は昨年来、女子のプロ化に関して理事会で多くの時間をかけて議論してきました。そして、5年間で10億円以上を女子サッカーに投資していこうと議論したところです。ただ、今年(2020年)3月からのコロナ禍で多くのことを変更せざるを得なくなりましたが、コロナウイルスの対策費として7億円、女子サッカーに対して3億円の予算を残しました」

 5年間で3億円がJFAからの投資の形で確保されると理解したが、その後の岡島喜久子WEリーグ初代チェアの会見で、「開幕までに3億円、2年目以降の4年間でJFAから8億円の補助金が約束されている」という話もあった。

 リーグの協賛スポンサーはまだ発表されていないが、岡島チェアによると、スポンサーは数社が内定しており、契約内容など引き続き交渉中だという。コロナ禍で多くの企業が厳しい状況におかれているが、外国人選手の獲得や、リーグのプロモーションなども含め、貴重な原資となるスポンサー企業の支えが欠かせない。

 WEリーグでは毎試合平均5,000人の集客目標が掲げられているため、各チームのフロントだけでなく、リーグのOGや現役選手、サポーターからも様々な集客のアイデアを積極的に募り、それを行動に移していくことが求められていくだろう。

 個人的には、走行距離やデュエル勝率などのトラッキングデータが、Jリーグのように公式サイトなどで見られるようになることを期待している(これまではシュート数などの公式データのみだった)。ちなみに、アメリカのNWSL(National Women's Soccer League)ではそうした各チーム、各個人のスタッツが見られるようになっている。毎節のベストゴールやベストセーブ、ベストイレブンなども、目を惹きつけられるような映像や印象的なBGMを使って配信すれば、新規ファン層の拡大にもつながるだろう。

 新メンバーでいよいよ始動する各チームの様子や、リーグ開幕に向けた進捗状況なども、引き続き注目していきたい。

強豪国の選手と普段から切磋琢磨できるリーグが理想だ
強豪国の選手と普段から切磋琢磨できるリーグが理想だ写真:ロイター/アフロ

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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