女性差別を女性差別と認めない社会のままでいいのか
東京医科大学で入試時の得点操作が明らかになったことを受け、8月21日、文部科学省の記者クラブで、有志の弁護士らが「医学部入試における女性差別対策弁護団」の結成を報告した。今月25日には緊急ホットラインを設け、東京医大の過去の受験生や家族からの相談を受け付ける。
■「さまざまな女性差別が、この社会では女性差別と認識されることがなく」
弁護団は全国の弁護士57人(8月21日現在)。女性弁護士だけでなく男性弁護士も参加している。
共同代表の一人、角田由紀子弁護士は、会見の冒頭で、「(今回の得点操作発覚は)別の事件の調査の副産物。これでわかっていなければ、来年も再来年も同じようなことが起こっていたのでは」と話した。また、明確な女性差別であることを指摘した。
「私どもが関心を持ったのは、これが東京医科大学の問題に限らないこと。この日本社会では、女性差別が脈々と行われている。差別をなくそうとしてさまざまな活動をしてきた人々の努力をあざ笑うかのように続いてきていることが、とても重大だと思っています。それがいかに深刻であるか」
「さまざまな女性差別が、この社会では女性差別と認識されることがなく、従ってそれが是正されることもなく続いてきていることに私は言葉を失います。日本社会の根底に、度し難い女性差別があることは、日本社会が問われている問題。差別する側に位置している方々、申し訳ないですが主として男性、そのことをしっかりと認識していただきたいと思っています」
■8月25日、電話とメールで相談を受付
同じく共同代表の一人、打越さく良弁護士は、「報道を受けていまだにこんな女性差別があるのかと驚いた」と話した。
また、今月25日に開設する緊急ホットラインについて、「(現時点で)自分が差別を受けたということをわかっている人はいらっしゃらないと思う。得点操作を受けたかどうかはわからないが、何があったか知りたい、もやもやしている、そういうことでも電話していただきたい」と呼びかけた。
「医大に対して裁判を起こすとか、アクションを起こしたいとかそういう決意をしている段階ではないと思う。もやもやしている段階でもいいので、ご連絡いただけたらと思っています。匿名でもいいので、あるいは受験生だった子どもがもしかしたらそういう得点操作を受けたかもしれないという疑念を抱いている保護者の方からも相談を受けたい」
また、メールアドレスでも相談を受け付ける。匿名での相談可。多浪の男子受験生にも得点操作が行われたと明らかになっていることから、受け付ける相談は女子に限らない。今後、個別の希望に沿いながら情報開示請求や受験料返還などの相談に乗る。
【医学部入試における女性差別のための緊急ホットライン】
日時:8月25日(土) 13:00~16:00
電話番号:044-431-3541 ※この日のみの特設電話
【相談用メールアドレス】
igakubu.sabetsu@gmail.com
■「名前を明らかにしたら、これからどんな不利益になるだろう」
弁護団の事務局長を務める山崎新弁護士は、個別相談を受けたという、東京医科大の女子受験生からのコメントを読み上げた。この受験生は今年の入試を受け、二次試験で不合格に。予備校の合否判定ではA判定が出ていたため、「どこで失敗したのか」と思っていたところ、報道で得点操作を知ったという。
「もしかして自分もそのせいで不合格になったのではと思うと、本当に悲しく悔しく勉強も手に付かない状態となっています。努力を重ね頑張っていれば公正公平に判断してくれるのだと当たり前のように思い、それが不正な得点操作によって不合格になってしまったのかもしれない。その精神的ショックはとても大きいです」
「さらに入学が1年伸びたことで、予備校代やその他の費用で100万円以上お金がかかっています。今回の事件を受けて私も名前を出して開示請求できたらどんなにいいかと思います。ただ一方で、これからまた医学部を受験する身としては、東京医大に名前を明らかにすることで、これからどんな不利益になるだろうと思うと、不安でできませんでした。名前を出せないけれど真実を知りたい、その上できちんとした対応をしてほしいと思っている受験生が大勢いることを、ぜひ忘れないでほしいと思います」
■不正はおかしいし、被害者を萎縮させる世の中もおかしい
受験生のコメントについて、弁護団の一人は「医学会は狭い世界なので情報が流れること、有形無形の不利益を心配されているのではないか」「漠然とした不安があるのは当然なのではないか」と補足した。
このニュースについて、タレント活動も行う女性医師が、テレビ番組に生出演した際に「当たり前です」「(東京医大に)限らないです。全部がそうです」などと語ったという 。逆張りを狙ったのかもしれないとはいえ現役の医師が不正について堂々と「当たり前」とテレビで話す世の中なのだから、受験生が不安を感じるのは弁護団の言う通り至極まっとうだ。
差別を受けた受験生が、被害者だと名乗り出ることでさらなる被害を招くことを恐れている。差別を受けた側に、「沈黙したほうが良いのかもしれない」と躊躇させている、この事実を大人は何よりも重く受け止めなければならないのではないか。
■男女平等はタテマエで、ホンネは「女性差別は必要悪」
日本に関することを英語と日本語で発信しているYoutuberのレイチェル&ジェンは、この件に関して「What Japanese women are saying about discrimination in Japan」というタイトルで動画を公開。ツイッター上のハッシュタグ「#私たちは女性差別に怒っていい」に寄せられたコメントも紹介している。
ハッシュタグに寄せられたのはたとえば、職場や就職活動の面接で「子どもを産んでも結婚してもいない女は教員以前に人間として半人前」「うちは男社会、女性の仕事は男を立てること」と言われたというようなエピソード。
このようなエピソードはもちろんあまりにもひどい差別だが、相手がはっきりと差別的な態度を取ることには利点もある。もし録音などの記録があれば、差別を訴えやすいからだ。しかし表向きでは男女平等を装い、影でこっそりと差をつけられていたら、差別された側は怒ることもできない。表に見えている差別と、見えていない差別。現代はどちらのほうが多いだろうか。
東京医大に関する報道の中で、関係者が「(女性を合格しづらくするための得点操作は)必要悪だった」と話したというものがあった。さすが建前と本音の国と言われるだけある。男女平等はタテマエで、ホンネは「女性差別は必要悪」。
今回の場合は「必要悪」だが、女性差別は「差別ではなく区別」「差別ではなく伝統」とすり替えられてきた。差別にNOと声を上げたくとも、「女性差別」と口にすれば、ネット上で匿名実名のユーザーからどんなことを書かれるかわからないから(あるいはどんなレッテルを貼られるかわかっているから)、その言葉を避けたい心理も働く。「#私たちは女性差別に怒っていい」というハッシュタグは、これまで容易に怒ることができなかった人たちの気持ちが込められている。
女性差別に限らず、LGBTでも障害者でも、差別を訴えれば「それは差別ではない」という反発が繰り返されてきた。東京医大の件が女性差別ではないなら、確かにこの社会に女性差別はないだろう。差別の解消は、差別の存在や差別があった過去を認めることから始まる。「さまざまな女性差別が、この社会では女性差別と認識されることがない」ままでいいわけがない。