ポイントカードの利用履歴までも 令状なしで捜査当局に提供される様々な個人情報
ポイントカードの捜査に関する報道が話題だ。この機会に、捜査当局が個人情報をどのようにして手に入れているのか、その実態や問題点などについて取り上げてみたい。
報道によれば、次のとおり、「Tカード」に関する個人情報が裁判官の令状なしに捜査当局に提供されているという。
【使い勝手のよい「捜査関係事項照会」】
しかし、こうした捜査方法は、必ずしも違法ではない。
捜査や裁判の手続について規定した「刑事訴訟法」という法律に、捜査当局にとって実に使い勝手のよい、次のような規定があるからだ。
「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」(197条2項)
裁判官の令状を取ることなく、ポイントカード発行会社を含めた様々な「団体」に対して知りたい事項を問い合わせ、その報告を求めることができるというものだ。
「捜査関係事項照会」とか「捜査照会」などと呼ばれている。
対象となる犯罪には何ら制限がないので、捜査のために必要であれば、事件の軽重を問わず、オールマイティーに使うことができる。
必ずしも文書で行う必要はないが、「捜査関係事項照会書」と呼ばれる書面を作成し、照会先に送付して回答を求めるのが通常だ(ひな形の一例はコチラ)。
この「捜査関係事項照会書」には、「保秘の徹底を願いたい」といった一文を記載をすることも多い。
誰に対して捜査中か、照会先から捜査対象者に対して漏らされると、証拠隠滅に及ばれたり、逃走されたりするおそれが大だからだ。
先ほどの刑事訴訟法にも次のような規定があるから、こうした要請も違法ではない。
「必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる」(197条5項)
【ポイントカードや交通系カードも対象】
クレジットカード払いや口座引落しだと、カード会社や銀行などに捜査照会をすることで、カードや預金口座の利用情報が簡単に得られる。
これに対し、現金払いでレシートを廃棄している場合などには、支払った日時や場所、内容などに関する解明ができないという問題があった。
これの解決につながったのが、ポイントカードや交通系カードの普及だ。
すなわち、「Tカード」に限らず、ポイントカードや交通系カードの発行会社に捜査照会を行うことで、次のような情報を得ることができるようになった。
(1) 登録時の個人情報
氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレス、登録クレジットカードや預金口座など
(2) 登録後の利用情報
交通、コンビニ、 ファストフード、銀行、新聞、航空会社、レンタルビデオ、ネット通販、ガソリンスタンド、ホテルなど
ポイントカードを提示していれば、利用日時や場所、内容などが把握できるし、コンビニへの立ち寄り状況などを分析することで、通勤経路や行動範囲などが分かる。
そこから防犯カメラの映像を入手し、アリバイ確認などにつなげることもできるわけだ。
【企業側の対応】
捜査照会を受けた企業などが回答を拒否しても罰則はないが、現実には数日~2週間程度で関連する資料のコピーを添付する形で任意に回答が返ってくる場合が多い。
犯罪捜査という公的な目的によるものである上、断っても令状で事務所を捜索され、差押えをされるばかりか、その対応に社員が割かれ、事務もストップさせられるのが関の山だからだ。
もちろん、中には令状がないと協力できないという企業もあるが、捜査当局からすれば情報入手の必要性や協力拒否の状況を記した捜査報告書を作成し、裁判所に令状を請求すればいいだけだし、身柄を拘束する逮捕などと比べると、裁判官もごくアッサリと令状を発付してくれるから、これで強制的に捜索や差し押さえを行えば済む。
それでも、2005年に全面施行された個人情報保護法の影響は大きかった。
この法律の登場前は、いちいち捜査照会の文書を送らなくても、電話で内々に個人情報を教えてくれる企業もあった。
しかし、全面施行後は、プライバシー保護の意識が高まり、この法律を盾に難色を示す企業が出てきた。
犯罪捜査という公益目的であれば、本人の同意がなくても個人情報を提供できるといった官公庁のガイドラインが浸透し、捜査当局も説得を重ねる中で、少しずつ元の状態に戻っていった形だ。
ただ、個人情報保護法以前の時代との大きな違いとして、照会先が「なぜ必要なのか」といったことを事細かに尋ねてくる機会が増えたし、電話だけでは駄目で、照会文書を求める企業がほとんどになった。
提供する情報の中身によっては、令状まで要求する企業も増えた。
情報提供に伴う民事的な責任を回避するため、そうした対応をすべしといったマニュアルを企業側が作成し、担当者もそのマニュアルに従って回答するようになってきたからだ。
とはいえ、捜査に支障が生ずるので、何か聞かれても、捜査当局としては「捜査中だから答えられない」としか返答できないのが基本だ。
せいぜい金融機関などに限り、犯罪収益ではないかと疑われる取引であれば金融庁に報告する義務が生じるので、「暴力団関係とか、振り込め詐欺とか、そういったたぐいの事件ではないですよ」といったことを教える程度だ。
【個人情報保護法もお墨付き】
このほか、ユーザーに対する関係でも、捜査当局から照会があった場合には個人情報を提供するといった条項を会員規約の中に盛り込み、ユーザーの事前の同意を得る企業が増えてきた。
ただ、そうした条項が整備されていない企業もあり、それでも知らぬ間に個人情報が捜査当局に伝えられていると知り、憤慨するユーザーも多いだろう。
企業側が捜査照会に対して回答を行う際、捜査当局から問合せがあったことをいちいちユーザーに伝え、その同意を得ることなどないからだ。
しかし、大もととなる個人情報保護法や総務省の個人情報保護に関するガイドラインは、次のように規定している。
「個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」
「法令に基づく場合」
「国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」
逆に言えば、規約が整備されているか否かにかかわりなく、法令に基づく場合などには、あらかじめ本人の同意を得なくても、その者の個人情報を第三者に提供できるというのが個人情報保護法の趣旨だ。
刑事訴訟法の規定に基づく捜査当局の捜査照会も、まさしくこれらに当たる。
捜査当局が捜査照会を行うのは、何らかの犯罪に関係した疑いのある人物やその周辺関係者であり、もし捜査の手が自分たちに伸びていることを知れば、証拠を隠滅したり、逃走して身を隠したりする可能性が高まる。
本人に捜査照会の事実を伝えないのは、まさしくこうした事態を未然に防止するためにほかならない。
確かに規約に明記しておく方がベターだが、規約の中に条項がないからといって、個人情報保護法に反するわけではないので、注意を要する。
【捜査当局の考え】
では、個人情報の取扱いに関する捜査当局の考えは、どのようなものか。
この点、先ほどの刑事訴訟法は、その目的について、次のように規定している。
「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(1条)
令状主義があるので、一定の強制処分には裁判官が発付する令状が必要ではあるものの、個人情報の保護よりも、犯罪捜査の必要性の方が優先する、というのが捜査当局の基本的な姿勢だ。
他方で、同じく刑事訴訟法には、次のような規定もある。
「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない」(47条)
「訴訟に関する書類及び押収物については、行政機関の保有する情報の公開に関する法律…及び独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律…の規定は、適用しない」(53条の2第1項)
すなわち、捜査によって知り得た個人情報を公開せず、その限度ではプライバシーを保護しようというのが捜査当局の基本姿勢だ。
様々な動機からマスコミに対して情報をリークし、広く報道させている現実があるのも確かだが、捜査当局が個人情報を入手しようとするのは、何らかの犯罪に関係した疑いのある人物やその周辺関係者にほかならない。
捜査照会や個人情報が適正に利用されているか否かの監視は不可欠だが、犯罪とは全く無縁の一般ユーザーの行動が捜査当局に筒抜けになるようなことはないので、過度に不安になる必要はないだろう。
むしろ、会員規約があってもろくに確認しないまま同意し、個人情報の提供に関する包括的な事前承認がなされたとされ、捜査当局への情報提供など比較にならないほど犯罪と関わりのないユーザーの個人情報がユーザーの知らないところで提携企業に日々提供され、セールスなどに利用されている実態の方が問題だ。
企業側も、ユーザーに対して規約の内容をより分かりやすい形で説明し、十分な納得を得ておく必要がある。(了)