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米国産大豆に打ち勝つ能力を獲得したブラジルの期待と不安

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

南半球にある南米の穀倉地帯では、今まさに穀物収穫の本番を迎えようとしている。昨年は、米国が半世紀ぶりとも言われる歴史に残る異常干ばつの被害を受けたことで、北半球の穀物生産は壊滅的な被害を受けた。そのショックをこれから開始される南米産の供給でどこまで吸収可能なのかというのが、2012/13年度後半の世界穀物需給のテーマになる。

トウモロコシの場合だと、12/13年度のイールド(単収)は1エーカー当たりで123.4Bu(ブッシェル、1Bu=25.4kg)となっており、これは1995/96年度以来の低水準となる。また大豆だと、同じく1エーカー当たりで39.6Bu(こちらは1Bu=27.2kg)であり、03/04年度以来の低水準となる。大豆はトウモロコシよりも生産ステージが遅行する関係で、生育期後半の降雨の恩恵を受けることが可能だった。しかし、それを考慮に入れても極めて厳しい生産環境だったと総括せざるを得ない。

近年は遺伝子組み換え技術の進歩で、もはや穀倉地帯の気象環境に一喜一憂する時代は終わったとの指摘も聞かれ始めていた。穀物市場では、作付け期から収穫期にかけてを「天候相場」を呼び、この時期は産地の気象情報・予報に一喜一憂するのが伝統だったが、もはや「天候相場」は過去の概念との指摘もみられた。実際に、過去の常識と比較すると、天候障害の影響は緩和される傾向にある。だが、記録的な干ばつ被害に直面する中、穀物生産高は依然として天候次第という太古から続く基本フレームが確認された1年だった。

さて、こうした12/13年度の世界穀物市場であるが、今年度は大豆市場で歴史に残る大きな動きが見られた。すなわち、穀物史で初めて「ブラジル産大豆が米国産大豆の生産高を上回った」のである。米農務省(USDA)が3月8日に発表した最新の需給報告によると、米国産大豆生産高が8,206万トン(前年度は6,650万トン)だったのに対して、ブラジル産の生産高は8,350万トン(同8,419万トン)に達している。

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もちろん、米国産大豆が記録的な不作となった影響も大きいが、従来から米国産の優位性は後退する流れにあったため、いずれにしても世界最大の大豆生産国の地位が米国からブラジルに移行するのは時間の問題だった。13/14年度に関しては、米国産大豆生産高が過去最高の9,267万トンと回復する見通しになっているため、再び米国とブラジルの地位は逆転する可能性も低くはない。しかし、1990年代までは概ね世界の大豆生産の半分程度をカバーしていた米国産が、今や30%前後までシェアを落としている。米国産大豆の生産規模は過去10年で23%増加しているが、ブラジル産は同じ期間に64%もの増産に成功しているのだ。

■大豆増産と輸出との間の距離

しかし、シカゴ先物市場の大豆相場(期近物)は、概ね1Bu=1,400~1,500セントの高値圏を維持しており、特に大きな値崩れを起こす兆候は確認できない。これから米国産とブラジル産との競合激化が確実視される中、天候相場期でもないこの時期としては異例とも言える高値水準を維持している。

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その理由の一つに、ブラジルが過去最大の生産規模を達成し、世界1位の大豆生産国となるも、実際に十分な輸出を行うことができるのかという疑問がある。統計上では、これからブラジルの新穀大豆が市場に出回れば、相対的に米国産大豆に対する需要は落ち込むことで、シカゴ相場は下落するというロジックを構築することが可能である。しかし、マーケットはこうした机上の計算を疑問視しているのだ。

具体的には、ブラジルの輸送インフラが穀物大増産に見合った能力を有していないのではないかとの疑問がある。スローガン的には、「増産はしたものの輸出はできない」となるだろう。

ブラジル経済は過去10年で年平均3.8%という高いレベルの成長率を実現しており、それに伴いモノの輸出入も急増している。国際通貨基金(IMF)によると、今後5年で輸入は年平均+6.5%、輸出は同+7.7%の拡大が見込まれており、当然に港湾設備の拡充・近代化が必要とされている。

しかし、港湾労働者の多くは失業や待遇悪化に対する警戒感から設備の近代化に強く反対しており、多くの主要港で設備の老朽化、倉庫保管能力の不足、荷捌きの遅れといった障害が報告されている。特に、ここ2~3年は農作物輸出、産業機械の輸入などが深刻な問題と化しており、早期の対応が求められている。

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■抵抗勢力との闘いは始まっている

シカゴの調査会社AgResourceによると、Paranagua港の輸出船舶は2月に平均51日の待機を迫られており、これは前年同月の3倍の期間とされている。現地のブラジル食用油産業協会も、過去最高の輸出が見込まれているにしては「ロジスティックス(物流)が不安だらけで、チャンスでもあり、試練でもある」との厳しい見方・不安を示している。

ブラジル政府は、昨年12月に14年からの4年間で港湾設備の改良に542億レアル(約2兆6,400万円)を投資すると発表している。これは、同国の国内総生産(GDP)の1%に相当する規模であり、いかに輸送インフラ問題が深刻化しているのかを明確に物語っている。もちろん、財政出動の拡大による国内経済を刺激するという目的もあるが、物流機構の改革で経済体質を強化したいとの強い意図が窺える。

ただ、2月には港湾設備の近代化目的で輸入されたクレーン10基を乗せた中国船籍が港湾労働者に不法占拠されるなど、改革の道筋は平坦ではない。今回の港湾改革では、港湾労働者の管理を中央機関から民間倉庫会社に移管することも含まれており、例えるならは日本の郵政民営化とも同じような激しい抵抗が報告されている。

そして、トラック業界では運転手の労働時間管理を強化する新たな規制が導入されており、ストライキも含めた強硬な反対運動が展開されている最中である。仮にストライキといった直接的な輸送障害が本格化しなくても輸送コストの上昇は避けられず、ブラジル産大豆の輸出環境は厳しい状態が続くことになる。港湾設備での輸送が滞るのみならず、穀倉地帯から輸出港への輸送にも黄信号が灯っているのである。

当面は、鉄道輸送網の強化、アマゾン河など水上輸送能力の強化が模索されているが、その効果が出てくるのは数年後である。穀倉地帯には過去に未経験の膨大な大豆が存在するが、それが輸出入市場で米国産を打ち負かすことができるのか、これから極めて興味深い闘いが展開されようとしている。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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