広告塔? 元タカラジェンヌのホテル支配人、その実力やいかに
ファンに愛されてきたホテル
クラシックホテルには独特の空気が流れている。長き時間に渡り熟成されたヴィンテージワインのような芳醇さをもってゲストを迎える。1926年の開業から宝塚のシンボルとして愛され続けてきた「宝塚ホテル」がクローズしたのは2020年3月。阪急宝塚南口駅前の敷地約1万1000平方mに本館、東館、西館、新館で構成されてホテルであったが、建物の老朽化に加え、耐震面の課題もあり移転が決定した。
宝塚といえば真っ先にイメージするのは宝塚歌劇団。宝塚ホテルは、2009年より宝塚大劇場のオフィシャルホテルとしてもファンに愛されてきたホテルでもある。他方、ダイニングやバンケットルームといったパブリックスペースの充実度は、地域のコミニュニティホテルとしての格をあらわす。宝塚ホテルの特筆すべき提供サービスの充実度をみるに、宝塚歌劇のファンのみならず、地域からも長きにわたり愛されてきたホテルということがうかがえる。
想像を絶するプレッシャー
新たな移転先は宝塚大劇場の西隣、すなわち阪急宝塚駅と大劇場の間という最高の立地。宝塚歌劇団、宝塚ホテルともに阪急阪神ホールディングスということから協働による一大プロジェクトでホテル移設が実現した。プロジェクト最大のテーマは“デザインと伝統の継承”であったという。外観からディテールのひとつひとつまでどうしたら宝塚ホテルを承継できるのか。90余年の伝統はプロジェクトスタッフにとって想像を絶するプレッシャーであったことは想像に難くない。
一般的にホテルにかかわらず、何らかのブランディングにとってカラースキームは重要。あのホテルが、新ホテルではメインロビーの階段の赤で承継された。純白のホテルには赤がよく映える。
宝塚歌劇といえばイメージするのは華やかさだろうか。一方、宝塚の街の魅力は落ち着いた静けさという面もある。ステイするホテルには落ち着いた静けさは前提条件だが、新しいホテルは、そうした雰囲気の中にあってどのように華やかさを演出するのかにも細やかな配慮がなされている。
ロビーやバンケットルーム、レストランのカーペットや大理石の模様に注目してみると、すみれや薔薇、椿など様々な花がモチーフとなっている。ほんの一例であるが、クラシックホテルの落ち着いたイメージの中にあって包み込まれるような優雅な華やかさは、移転プロジェクトの裏側にある細やかな努力の積み重ねによって実現された。
前述の深紅のロビー階段では手すりの一部が復原されたが、デザインと伝統の承継はまだまだ続く。以前の宝塚ホテルを知る者が訪れたらまず嬉しくなるのが、ロビーの壁面に大きく飾られた「緞帳」だ。1976年(昭和51年)から1981年(昭和56年5月)に宝塚大劇場で使用されていたもので、宝塚ホテルのシンボル的存在でもあった。新ホテルへの移設に際しては、壁面のサイズから設置方法まで熟考された。緞帳の移設だけでも苦労話は絶えない。
そして伝統承継の象徴たるものが「シャンデリア」だ。宴会場やレストランにあったシャンデリアがそのまま移設されたがその数なんと54。単に移設というのは簡単であるが、長年にわたりホテルを照らし続けた設えは、取り外しから移動、設置まで細心の注意をもって行われた。一方、電球はLEDに変えられるなど、歴史を積み重ねてきた建物から最新の器との整合という点においても、おいそれと移設プロジェクトを完結させてくれなかった。
何ごとにも裏方には多くのドラマがある。満点がない答えを導き出そうとするプロジェクトの最前線は壮絶な現場だ。特にホテルとなれば人々が集い身を置く場所だけに間違いは許されない。プロジェクトチームにとってはまさに血と汗と涙の結晶である新しい宝塚ホテルは、旧宝塚ホテルの開業日であった1926年5月14日に合わせた2020年5月14日を移転開業日とした。まさに伝統継承の完結でもあったが6月21日に変更。コロナ禍はそんな思いやドラマをいとも簡単に打ち砕く。
新・宝塚ホテル支配人に就任したのは元タカラジェンヌ!?
ところで、新・宝塚ホテル支配人に就任したのは元宝塚歌劇団の憧花 ゆりのさん。2000年に宝塚歌劇団に入団、2016年からは月組組長を務めた実力派。1日○○という名誉的な役柄はよく見かけるが、やはり広告塔的な“役どころ”なのかと邪推しつつ取材をしてみると、運営会社との雇用契約による就業規則の諸条件に則った“本物の”支配人だった。もちろん有名人だけに広告塔的な狙いもあるのだろうが、他の社員同様に現場の第一線で日々奮闘しているという。
とはいえホテルの支配人ともなればさすがに経験などは気になるところだ。一方で現場スタッフへの取材の中で特に印象的だったのは、「お辞儀ひとつにはじまりその立ち居振る舞いはホテリエの模範になっている」という話だった。技術や知識はサポートもできるし後からついてくるが、スタッフを惹きつける華麗なるオーラは作れるものではない。憧花 ゆりのさんが宝塚歌劇団の舞台に立ち続けたことで大切にしていたのは「夢の世界をお客様にお届けすること」だったという。その話を聞いて真っ先に浮かんだのはまさにホテルの非日常感とホスピタリティだ。
日々ホテル取材を続けていると、魅力的な支配人に出会うことがある。ゲストへ夢を与えるような支配人のスター性やオーラはホテルを活き活きとさせる。宝塚ホテルは宝塚大劇場のオフィシャルホテル。宝塚ホテル100年目へのバトンを託されたのは、ホテルと宝塚歌劇を“繋ぐ”元タカラジェンヌ支配人だ。今日も華麗なる立ち振る舞いでゲストを迎える。