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「リベンジポルノ」と刑法

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士

■はじめに

「リベンジポルノ」とは、離婚した元配偶者や別れた元恋人が、フラれた腹いせに、相手の裸の写真や動画などを無断でネットの掲示板などに公開する行為です。「恨(うら)み」に突き動かされた行為であることが特徴で、「復讐ポルノ」と呼ばれることもあります。ネットに一度アップされ、拡散した画像を消すことは不可能ですし、それは、被害者はもちろんのこと、家族、友人らを半永久的に苦しめることになります。

「リベンジポルノ」は、少し前から欧米では社会問題になっていましたが、日本では、2013年10月に東京で女子高校生が元恋人に刺殺された事件で、加害者が被害者のプライベートな写真や動画などをネットにアップロードしていたことでその深刻さが認識されるようになりました。この事件は国会でも議論されましたが、谷垣法務大臣は、「(リベンジポルノについては)現行法で対応できる」として、新たな刑事立法については慎重な考えを示しました。しかし、この「恨み」の拡散については、現行法では不十分だとして、何らかの新たな立法を求める動きもあります。

そこで、この「リベンジポルノ」について、現行法ではどのように処罰されるのかを見てみたいと思います。

■現行法と「リベンジポルノ」

(1) まず考えられるのは、名誉毀損罪刑法第230条)です。これは、ある程度具体的な事実をあげて、その人の社会的評価(評判)を落とす犯罪です。たとえば、「Aは教師として日頃偉そうなことを言っているが、裏では同僚のBと愛人関係にあり、女性関係は乱れている」などと言いふらしたり、書いたりする行為が典型的な名誉毀損行為です。真実を暴露した場合であっても、内容が公共の利害(社会全体の利益)に関係しない限り、犯罪が成立します。

「リベンジポルノ」の場合はどうでしょうか。たとえば、被害者みずからがデジカメの前に積極的に裸体(極端な場合は局部)をさらして撮影させていたような場合、無断で公開されたその画像がその人の社会的評価に悪影響を与えないはずはありません(たとえば、「性的にルーズな人間だ」といったような)。判例は、このような場合、広く名誉毀損罪の成立を認める傾向にあります。

問題は、入浴や睡眠中などの全裸あるいは半裸の姿を知らない間に撮影されたような場合です。実務では、このような場合も名誉毀損罪で処罰する傾向にあります。確かに、この場合も、その人の性的羞恥(しゅうち)心や性的尊厳についての思いは深く傷つき、社会的な活動も制約される場合もあるでしょう。また、何よりも日々の生活において精神的に萎縮してしまうかもしれません。しかし、そのような感情的なことと客観的な社会的評価そのものはやはり別だと考えられます。たとえば、政治家が入浴中に盗撮された写真を公開されたからといって、その人の政治家としての評価には影響しないのではないでしょうか。ただ、判例では、入浴中の女性の盗撮ビデオを販売する行為は、被害者がみずから進んでそのようなビデオに出演したとの印象をあたえかねず、周囲から被害者が否定的に見られるおそれがあるとして、名誉毀損罪を認めたものがあります。公開の態様によっては、このような画像であっても、名誉毀損罪が成立する場合はあるでしょう。

(2) 無断で公開された画像に性器が写っていた場合、それが「わいせつ」と判断されれば、さらにわいせつ図画公然陳列罪刑法第175条)が成立します。しかし、それにしても、公開をみずから望んだわけでもない自分の画像が、わいせつ、つまり卑猥(ひわい)なものだと裁判所によって判断されることは、セカンドレイプと同じく、被害者にとって二重の辱(はずかし)めを受けるようなものではないでしょうか。

なお、この場合、性器部分にモザイクがかかっていた場合には、市販されているアダルトビデオと同じで、わいせつとは判断されません。

(3) 被害者が18歳未満の場合、その画像は「児童ポルノ」になる可能性があります。この場合は、性器等が写っていなくとも、下着姿であるとか、半裸あるいは全裸の画像であれば、「児童ポルノ」となります(児童ポルノ禁止法第2条3項1~3号)。ただし、その場合、法律はその画像に「(一般人の)性欲を興奮させ又は刺激するもの」であることを要求していますので、裸の画像すべてが「児童ポルノ」となるわけではありません。ただ、裁判所は、たとえば、6歳の女児の裸の写真であっても一般の大人は性的に興奮するものだとして、この要件を無視していると言っていいほど、かなり緩く解釈していますので、「児童ポルノ」は認定されやすくなっています。

■処罰の方向性について

以上のように、現行法の枠内では、「リベンジポルノ」に対して既存の条文を活用して、ほとんどのケースが処罰されているといえます。しかし、このような法の適用に問題がないかといえば必ずしもそうではありません。

「リベンジポルノ」の最大の特徴は、(もちろん男性が被害者となることも考えられますが)被害者は圧倒的に女性であって、男性の加害者が、被害者である女性の恥ずかしい姿を不特定多数の男性の好奇の目にさらすことを目的としている点です。その意味で、これはまさに男性の女性に対する性暴力という文脈でとらえられるべき問題だと思います。名誉毀損罪では、「リベンジポルノ」のこういった問題の核心を十分に捉えることはできませんし、まして、刑法175条は、(個人を守るのではなく)善良な性的秩序という社会的な利益を守る規定ですから、これらの条文で「リベンジポルノ」を処罰することには方向違いの感じがします。したがって、正面から「リベンジポルノ」に対する処罰規定を設ける意義はあると思います。

「リベンジポルノ」行為を行う者は、自己中心的な恨みに突き動かされて、処罰覚悟の確信犯的に画像をばらまくケースも多いと思いますので、処罰規定を設けることによる事前の犯罪抑制効果はそれほど期待できないかもしれません。しかし、2000年にストーカー規制法ができて、警察がストーカーに対してさまざまな取組を制度的に行うことが可能になりましたが、「リベンジポルノ」に対しても、処罰規定を作ることによってそのような効果が期待できますし、何よりも掲示板やサイトの運営者にその画像を削除しないことの責任を追求しやすくなるのではないかと思います。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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